第2話

 あれから三日。

 俺の異世界ライフは、想像していたキラキラハーレム展開とは程遠い、路地裏サバイバル生活だった。


 ゴミ箱漁りも三日目となると、さすがに限界だ。

 カビの生えたパンの味にも慣れたくなかったし、何よりこのままでは餓死してしまう。


 街行く人々の会話を必死に盗み聞きして得た情報――この街には「冒険者ギルド」なるものがあり、そこでお金を稼げるらしい。

 

 これだ! これしかない!


 俺は最後の力を振り絞り、街の中央にあるという、一際大きな建物へと向かった。


 ギシッ、と重い木の扉を開けると、むわっとした熱気と喧騒が俺を包み込んだ。

 昼間だというのに薄暗い室内。


 エール(ってたぶん、この世界のビールだろ)の香ばしい匂いと、男たちの汗の匂いが混じり合う。

 屈強な鎧姿の剣士、妖しげなローブを纏った魔法使い、身軽そうな格好の斥候……誰も彼もが、俺とは人種が違うと分かる歴戦の猛者たちだ。

 壁一面に貼られた羊皮紙の依頼書が、ここがファンタジー世界であることを雄弁に物語っている。


 場違い感に気圧されながらも、俺はカウンターを目指した。

 腹の虫が限界を訴えているんだ。

 ここで引き返すわけにはいかない。


「あ、あの……」


 カウンターの向こうにいた受付嬢さんに、蚊の鳴くような声で話しかける。

 そして俺は、自分の人生を呪った。


 なんで、よりにもよって、こんな超絶美人が受付なんだよ!


「はい、こんにちは! 冒険者ギルドへようこそ! ご用件はなんでしょうか?」


 にこやかに微笑む彼女――名札には『ミレイ』と書かれている――は、まさに母性とエロスの集合体だった。


 ふんわりとウェーブのかかった栗色の髪に、優しげな垂れ目。

 ギルドの制服である白いブラウスと紺色のタイトスカートは、彼女の完璧なボディラインを強調している。


 特に、ヤバいのが胸だ。

 ブラウスのボタンが悲鳴を上げているのが見える。

 布地の下で二つの巨大なナニかが自己主張を繰り返している。

 

 Gカップは固い。

 いや、下手すりゃHまであるんじゃないか……?


「あ、あの、その、えーっと……冒険者登録を、し、したいなー、なんて……」


 ダメだ。ミレイさんの顔が美しすぎて、そして胸がデカすぎて、まともに目が見れない。

 俺の視線は、胸元と顔の間をせわしなく往復するだけだ。


「冒険者登録ですね! かしこまりました! こちらの書類にご記入を……」


 俺の声が小さかったせいか、ミレイさんが「ん?」と首を傾げ、ぐいっと身を乗り出してカウンターに覆いかぶさった。


 その瞬間、俺の視界に信じられない光景が飛び込んできた。


 大きく開いたブラウスの襟元から、雪のように白く、柔らかそうな二つの膨らみの渓谷が……!

 深い、深い谷間がそこにはあった。

 

 形良く寄せられた双丘の間に、うっすらと汗が光っている。

 その一滴が、ゆっくりと谷間を伝って、豊かな丘の麓へと吸い込まれていく。


 柔らかそうだ。

 指で押したら、どこまでも沈んでいくんじゃないだろうか。

 顔を埋めたら、どんな匂いがするんだろう……。


「……っ!」


 俺は顔から火が出るかと思うほど赤面し、完全にフリーズしてしまった。


 まさに、その時だった。


「よう! ミレイちゃん、今日もいい乳してんなァ!」


 野蛮な大声と共に、酒臭い息を吐き出す巨漢の男が、ミレイさんの肩に馴れ馴れしく腕を回した。

 全身傷だらけの、いかにも悪役です、みたいな冒険者だ。


「きゃっ! や、やめてください、ギルド内では困り……」

「いいじゃねえかよぉ! 俺のパーティは女がいなくてむさ苦しいんだ。お前、今日から俺の女になれや!」


 男は下卑た笑いを浮かべ、ミレイさんの細い腕をむんずと掴む。

 ミレイさんの顔が、恐怖と嫌悪に歪んだ。


 周りの冒険者たちは、ちらりと見るだけで助けようとしない。

 「またやってるよ」みたいな顔で、自分の酒を飲んでいる。


 クソッ……!


 俺は、どうしようもなく震えていた。怖い。

 あの男に逆らったら、一発でミンチにされるだろう。


 でも……でも、女の子が困ってるんだぞ!


 ミレイさんの潤んだ瞳が、助けを求めるように俺を捉えた。

 その瞬間、俺の中の何かが弾けた。


「そ、その人を離せ!」


 自分でも驚くような大声が出た。

 そして、ミレイさんと、バッチリ目が合ってしまった。


 ――ズキンッ!


 脳に、直接電気が走ったような衝撃。

 世界が、一瞬だけスローモーションになる。


 ミレイさんの瞳が、妖しく、淡いピンク色の光を放ったように見えた。


「……あら?」


 彼女は掴まれていた腕を、いとも簡単に振り払った。

 絡んでいた男が「な、なんだぁ?」と驚いている。


 ミレイさんは、その男には目もくれず、ゆっくりと俺の方へと歩み寄る。

 その瞳から、さっきまでの恐怖や困惑の色は消え失せ、感情の読めない、どこか虚ろな光だけが宿っていた。


「……はい」


 彼女は俺の目の前で、恭しく頭を下げた。


「なんでも、仰せのままに、ご主人様」

「……へ?」


 ギルド中の視線が、俺とミレイさんに突き刺さる。

 

 なんだ? どういうことだ?


 すると、ミレイさんはおもむろに自分のブラウスの、一番上のボタンに白い指をかけた。


「まずは、この汚れた服を脱ぎましょうか?」


 カチリ、と小さな音を立てて、ボタンが外される。

 白い首筋と、鎖骨のラインが露わになる。


「え、え、えええええええええ!?」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 ミレイさんは、俺の混乱などお構いなしに、二番目のボタンにも手をかける。


 豊満な胸の谷間が、さっきよりも大胆に姿を現す。

 谷間の奥には、繊細なレースがあしらわれた、薄紫色のブラジャーがちらりと見えていた。


「な、な、なにしてんすか!?」

「ご主人様のお望み通りに、と」


 カチリ。三番目のボタンが外れる。

 もう、胸の膨らみの半分以上がこんにちはしている。


 豊満な果実が、今にもその薄い布地を突き破って飛び出してきそうだ。


 ヤバい! ヤバいって!

 このままじゃ、ギルドのど真ん中で、受付嬢さんが全裸になっちまう!

 

「ち、違う! 俺はそんなこと命令してない! だ、ダメです! 服を着て! 普通にしてください!」


 俺は半狂乱で叫んだ。


 その言葉に、ピタリ、とミレイさんの動きが止まる。

 彼女の瞳から、妖しい光がすぅっと消えていった。


「……あれ? 私……なにを……?」


 ハッと我に返ったミレイさんは、自分の胸元がはだけていることに気づき、「ひゃっ!?」と悲鳴を上げて胸を隠した。

 そして、何が起きたのかを思い出したのか、顔を真っ青にしてガタガタと震え始める。


「あ……あ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「わ、私の身体が、勝手に……」


 恐怖に引きつった瞳で俺を見るミレイさん。

 でも、その瞳の奥には、俺が助けようとしてくれたことへの感謝の色も、微かに見えた気がした。


 俺は、自分のやったことの恐ろしさに、ただ立ち尽くすしかなかった。

 俺の正義感が、彼女を恐怖のどん底に突き落としてしまったのだ。


 これが、『絶対支配』。

 なんて、恐ろしい力なんだ……。

 

 俺は、この力を絶対に、二度と使いたくないと、心の底から思った。

 

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