ヒロインを性奴隷にする能力を得た童貞の俺はヘタレすぎて能力を使えない件

暁ノ鳥

第1話

「――まあ、俺の人生なんて、こんなもんか」


 それが、俺――楪 蒼真(ゆずりは そうま)、童貞――の最期の言葉だった。


 青信号を渡っていたはずなのに、猛スピードで突っ込んできたトラックの轟音と衝撃。

 宙を舞う自分の身体をどこか他人事のように眺めながら、俺は妙に冷静だった。

 友達もいなければ彼女もいない。

 

 趣味はエロゲとラノベ。

 そんな非生産的な人生が、呆気なく終わる。

 うん、実に俺らしい。


 次に意識が浮上した時、俺は柔らかな光に満たされた、真っ白な空間にいた。

 上下も左右も分からない。

 ただ、温かいミルクに浸っているような、不思議な安心感だけがあった。


「死んだ……んだよな、俺?」


 呟きは、誰に届くでもなく空間に溶けていく。

 痛みも苦しみもない。


 これが天国ってやつか?


 その時だった。


『――目覚めましたか、異界の魂よ』


 凛として、それでいてどこか少女のような甘さを秘めた、透き通る声が頭の中に直接響き渡った。


 な、なんだ!?


 驚いて周囲を見回すが、誰もいない。

 ただ、声だけが続ける。


『汝は、その短い生涯を終えました。ですが、新たな世界で第二の生を与えましょう』


 第二の生……? まさか、これって……。

 俺が日夜読み漁っていたラノベで、幾度となく目にした黄金パターン……異世界転生!?


 ゴクリ、と喉が鳴る。マジかよ。

 俺みたいなモブ以下の人間に、そんな主人公イベントが発生していいのか?


『そして、新たな世界を生きるあなたに、特別な力を授けます。その力は――』


 なんだ、なんだ!?

 ワクワクとドキドキで心臓が破裂しそうだ。


 どんな最強スキルなんだ!?


『――"絶対支配"の能力』


 ぜったいしはい……?


『その力は、対象となる女性と目を合わせ、命令を下すことで発動します。その間、対象はあなたの命令に決して逆らうことはできません。たとえ、それがどれほど理不尽で、非道な命令であろうともです』


 絶対支配……。

 つまり、俺の命令には絶対に逆らえないってことか?

 ってことは、だ。

 あんなことや、こんなことも……?


 例えば、パーティを組んだ豊満な女魔法使いさんに「ちょっと魔力が乱れてるみたいだから、俺が直接確かめてあげるよ」とか言って胸を揉んだり……。

 清楚可憐なシスターさんに「神への祈りが足りないんじゃないか? 罰として、その法衣を一枚ずつ脱いでごらん」とか命令したり……。


 最高じゃないか……。

 俺の、俺だけの絶対服従ハーレム……!


『――ただし、この力には重大な制約があります。それは……』


(制約? ああ、きっと俺の童貞を卒業しないと真の力が解放されないとか、そういうやつでしょ! ご安心ください!  俺、すぐにでも卒業してみせますから!)


『話を聞いていますか? この制約を知らなければ、あなた確実に……』


「あ、はい! すみません! ちょっと考え事してました! で、なんでしたっけ!?」


 ハッと我に返って聞き返すと、声は心底呆れかえったようなトーンに変わっていた。


『……残念ながら時間切れです』


「え?」


『健闘を祈ります』


「ちょ、え、待って! いま一番いいところ! もう一回、もう一回だけお願いしますって!」


 俺の情けない絶叫も虚しく、足元がぐにゃりと歪む。

 視界が渦を巻き、強烈な浮遊感とともに、温かい光が急速に遠ざかっていく。


「ああああああああああああああッ!?」


 そして――。


 ドンッ、と背中に硬くて冷たい衝撃。

 

「……いってぇ……」

 

 目を開けると、そこはもう真っ白な神界ではなかった。

 

 高い石造りの壁に四方を囲まれた、薄暗く、ジメジメした空間。

 鼻を突くのは、生ゴミが腐ったような酸っぱい匂いと、カビの臭い。

 

 遠くから、知らない言語の喧騒が聞こえてくる。


「……どこだ、ここ?」


 俺はゆっくりと身体を起こした。

 服装は、死んだときと同じヨレヨレのTシャツと色褪せたジーンズ。

 絶望的な状況だ。


「そうだ、能力! 『絶対支配』……だったか?」


 呟いてみるが、身体に何の変化も起きない。

 ステータス画面が開くわけでも、使い方の説明書がポップアップするわけでもない。


「……全然、分かんねぇ……」


 俺の異世界チートライフは、スタート地点からして致命的な情報不足に見舞われていた。


 ぐぅぅううう〜〜〜……。


 その時、腹の虫が盛大に鳴いた。

 そういえば、死ぬ前も腹が減っていたんだった。


 俺は周囲を見渡し――そして、路地の隅に置かれた、汚れた木箱のゴミ箱に目をやった。


「……いやいや、まさか……な?」


 ごくり、と唾を飲む。

 プライドと空腹が天秤の上で激しく揺れ動く。


「俺の異世界ライフ、初手がゴミ漁りとか……マジかよ……」


 ぐぅう〜〜〜〜〜……。


 無情にも、腹は正直だった。

 俺は覚悟を決め、震える手でゴミ箱の蓋に手をかけた。


 普通、転生したら美少女に助けられるイベントが発生するんじゃないのかよ!?

 

 俺の冒険は、まだ始まってもいないのに、どん底からのスタートを切ったのだった。

 

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