衝撃
「君はとてつもない小説を書くけれど、連載や応募はした事ないの?」
後日彼と同じ場所で集まり少し立ち話をした。そして彼は早々に、僕にそう聞いた。
僕の場合、両親から「趣味程度」に楽しんで欲しいとの願いの元、大会やコンテストに応募するという事は禁止されている。
両親いわく、それらに没頭して他のものが見えなくなることを防ぐためだそう。
彼が現役で連載していると聞いた時、何となくそうだと思った。そりゃあ、こんな才能を持っておいて、褒められたいと、活かしたいと、僕なら思わないわけがないもの。
彼は「そうか、それは残念だね」と口から息を吐いて言った。
「律君は連載しているんだよね。読者は居る?」
「同士が数名ってところかな。」
なんでも、同年代と作家が身の回りに居ないのだとか。
しかしまぁこのセンスは歳上にも劣らない。馴染んでいるだろう。
「早く叶君もこっちに来てくれると嬉しいな」
「ねぇ律君。良ければアカウントを教えてよ」
「君の小説を読者として追ってみたい」
そしてこのような秀才の生き様を現実だけでは物足りず、じっくり感じてみたい。
彼は、褒められること、身内に知られることに対して「少し恥ずかしい」と言い照れくさそうにして続けた。
「叶君だけ特別だよ」
早歩きで、鞄を投げ捨てた。
彼の源氏名を検索した。彼のもうひとつの人生とも言えるこのアカウントは本名と同じ「律」だった。
……さて、読み始めたのは何時だろう。
深く、ずっと重い。それでいてどこか滑稽で、愛おしい。
窓の外が暗くなり始めても、まだ僕は彼の世界にいた。
雷が光った時のように真っ白に、時が止まったかのように感じた。
彼、律君の顔を思い浮かべると、少し腹立たしい。ずるいじゃないか。悔しいのに、羨ましいのに、ただただその物語のことを考え続けた。読み進める手が止まらない。気付けば日が暮れるくらいの忌々しい空も紫に罹っていた。僕がこの程度なら、死んでしまいたいと願うほど彼の才能が憎くて仕方なかった。
夜、布団に入り目を瞑るが、目が冴えてしまって、まるで脳が、あの小説達、いや、彼に掻き回されているような感覚だった。
完全にやられた。もう、どの読者よりも夢中になってしまって、どうしようもなかった。
そして深夜を周り朝に近づいてきた頃、僕は親に隠れてサイトにログインした。
そして彼が「綺麗な文章褒めてくれたあの小説をデバイス上で書き移した。
源氏名は「叶」とした。オマージュ……リスペクトと言ったところだろうか。
初めて罪を犯した気分だった。自分の規律を破った恐怖と不安。しかし完全に満足だった。
翌日は疲れが取れず、午後は本調子ではなかった。やはり、脳から爪先が極限まで常闇に堕ちた状態でないと眠れたという気にはならない。というか、睡眠とはそういうものだ。
彼に、僕も投稿しようと思う。と伝えた。彼は「昨日の今日だね」と笑ってくれた。
いずれ彼と肩を並べられるようにと、決意したのだった。
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