同士

 新しい登校ルートは硬い土道が足元を不安定にさせる。車は砂利を含んだ道を通り、ガタガタと鳴る。

 そして古びた自販機を通った先、優しそうな顔をマスクで隠す警察官が徘徊している。


 入学初日から一週間ほど経った日。もう新しい授業も始まった日のこと。

 その日の放課後、拓海君の紹介で『遠藤律』という人物と会う待ち合わせをした。

 どうやら拓海君が校門前で待ち合わせというふうに話をつけているそうだ。

 同じ年齢の同じ学校の知らない人間と待ち合わせして会うという行為がいまで初めてで少し緊張しながらも、彼が来るのを待った。

 ジャージに、『遠藤』と書かれている。

「…えっと。君が叶君かな?」

「そうだよ。初めまして。遠藤君。」

「律でいいよ。」

 一言済ませると間に拓海君が入り「二人は気が合うと思うんだよね〜同士だし。」と言った。

 すると会話が始まり早々、拓海君は言った。

「いきなり二人で気まずいかもしれないけど僕この後習い事あるから帰らなきゃなんだ!ごめんまた明日!」

 一瞬変な空気が流れるも、僕は必死に会話を考えた。初対面で共通の趣味がわかっているというのに。

「…あぁ。叶君。君は小説家志望だったかな?」

 すると彼の方から話が振られてきた。

「まぁそんな感じかな。」

「映画とか、物語を創るような仕事に就きたい。そんな感じかな。」

「へぇ。ということは『G.T.S.』はもちろん知っているよね?」


『Grab The Script』通称『G.T.S.』と呼ばれる大規模な創作企画大会。

 創作をするに当たって、知らない人間は居ないと言っていいほどの知名度である。数々の賞を受賞してきた小説家、脚本家がそれぞれ五名。自身が描いた物語を彼らに選ばれると、そのストーリー構成で、優れた彼らの名誉ある賞を肩書きに、映画監督を務めることが出来る。そして、その大会は五年に一度、数万以上の応募者の中で、たった二名が選ばれる。

 ︎︎この大会の特徴としては、地位に知名度、年齢、性別。そんなものは二の次で、ただの素人や、たとえ犯罪者や放浪者でも実力さえあれば、誰でも選ばれることが出来るというところだ。有名な作家は何十人と落ちて、無名だが実力のある新人が選ばれるというケースが多々あるということ。


「僕はそこを目指してるかな。」

「叶君は?」

「僕もいつか挑戦したいと思っているよ。まだ実力不足だけど。」

「…叶君ってなにか小説は投稿しているの?」

 彼は問う。

「いいや。僕は紙にただ殴り書きしているだけだけ。」

「そっか。僕は現役だよ。」

「そうなの?」

「そ。ある小説投稿サイトで執筆中。」

「へぇ。僕には書き続けられる気力がないから向かないな。凄いね。」

 いずれ投稿なりしてそこそこの知名度はあげたいとは思うが、僕にはなかなか難しい。才能があるわけでもない。

 すると彼から提案をしてきた。

「良ければ君の小説を読ませてくれない?」

「面白いものではないけれど…それでいいなら。」

「そうしたら読みあいっこしようよ。律君の作品も読ませてよ。」

 明日の放課後に、学校近くの公園へ各々の作品を持ち出し、簡単な鑑賞会を開く約束をした。


 後日だった。この日、僕の気持ちがこんなに変わるなんて思ってもいなかった。


 彼はスマートフォンを、僕は作文用紙を持って公園に来た。

 お互いにものを交換して、それぞれが読み始めた。

 二、三十分くらい経っただろうか。

 彼が口を開いた。

「いいね。在り来りな展開だけど、文章が綺麗で読みやすくて、惹き込まれる。」

「そりゃどうも。」

 心のどこかで嬉しいという気持ちがきっとあったのだろうけど、僕はそんな事より目の前の文章に興奮を隠せなかった。

 彼のリアルな小説を読んだ。

 世界観に入り込んだ気持ちで読み進める手が震えながらも止まることは無かった。

 そして、短編である物語が終わる頃、彼がスマートフォンの画面を覗いてこう言った。

「どう?」

 ただ一言、特に期待する素振りこそ見せなかった。

「生きている中で一番強烈なものに出会った。」

 その一言に答えた。


 彼は僕と同じ人種。ノベル調の小説ではなく、ドキュメンタリーに近しい小説を書いていた。

 読み進める内に、内容の濃さに惚れた。

 彼の小説の主人公の一言一句は、登場人物の彼女ではなく、こちらへ、僕自身に向かって語りかけたように読めた。

「君は感性が独特で人間らしくて歪んでいるね。面白いよ。」

 気持ちを落ち着かせて、それでいて冷静に彼を賞賛した。

 そして彼は変わらぬ様子で再び話し出した。

「僕は最悪な人間であって、完璧な小説家になりたい。他人から好かれる人になりたいとは思うけれど。」

「でも僕はその人間さが何よりもたまらなく好きなのさ。」

 彼の小説からは中学生特有の自意識過剰や厨二魂に憧れる所謂、痛いが感じ取れないかった。

「もっと君の、律君の作品が読みたいよ。」

「そんなに気に入ったの?こんなのいつでも書けるからさ。」


 今日。春の日は、とてつもない日だった。

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