ちょっと素敵な場所
次の日教室に着くと、ハム子の話は消えたかのように、いつもの騒がしい雰囲気のままで。
…一瞬視線が向いたが、すぐにその視線は消え、各々再び騒ぎ始めた。
すると、クラスの山崎美穂が話しかけてきた。
「おはよう。昨日は休んでたから、ハム子の話、聴いたよ。香織から。」
「…ああ。そっか。…で、どう思った?」
彼女はまともだから、僕の味方をするだろう。
「香織は変わんないね。あたかも自分が正しいかのように言っていたけど、あの子が一番間違ってたと思う」
やはりそうだ。僕の理解者は彼女と優太だけだ。
美穂は僕の好きな人。彼女は比較的周りとは違う考え方をする。周りに流されない、まさに僕と心が通じ合えるような人だ。
優太とは親の仲の良さからもう十数年の仲で、美穂とは一年生の頃からの友達。好きになったのは結構最近。僕に友達と言っていい人は彼らだけだ。
「…えーそれじゃ!一旦委員会の仕事行ってくるからまた後で話そ!」
「わかった。頑張ってね。」
彼女が教室を去ると、今度は親友の優太が話しかけてきた。
「よぉ。叶。」
「優太。おはよう。」
「ああ。おはよう。さっきハム子の墓に手を合わせてきたよ。」
「そうか。」
それから優太は僕が他クラスに僕の変な噂が広まっていることを教えてくれた。「ハム子に虐待してた」とか「すぐ言いがかりをつける奴」だとか。
「まぁ、ハム子には申し訳ないけど日が経てば皆忘れるよ。」
「まぁね。僕元々悪いことしなくても嫌われてるけど。」
「それは周りが…ね?」
優太は頭を人差し指でコンコン叩き、嘲笑うような笑いをし、軽く辺りを見渡して、僕に視線を送った。
それに乗っかり僕も「まぁね。」と笑った。
それから業間休みを迎え、美穂は僕を体育館裏に呼び出した。席が前の彼女が四時間目に手紙を回してきたんだ。『体育館裏でいい景色を見せたげる。』って書かれた紙を。
そして指定された体育館裏へ行くと、彼女は学校の古いベンチに腰掛け、手すりに腕を乗せて、そこに顔を支えるような形で外を見つめていた。
「あ、来た。」
「そりゃ呼ばれたからね。お待たせ。」
僕はその横に腰かけ、彼女を見つめた。
「…叶、あのね。ここさ、最近気づいたんだ。皆気味悪いって近づかないけど、今は緑の森の隙間から差し込む太陽の光が結構綺麗だってこと。」
「…確かに。気にしてきたこと無かった。」
「でしょ?」
彼女は微笑み目を細めた。彼女のその様子はなんとも綺麗だった。
「五時間目の嫌な数学もここでサボりたいなー」
「…一緒に。ね?」
その日初めて授業をサボった。
担任はあんなんだし、バレることはなかった。いや。バレなかったと言うより放置してたんだろう。このまま僕ら二人きりのままで居られたら良かった。
そうして教室に戻ると優太に責められた。「どこに言ってたんだ」そう言うから僕は答えた。「ちょっと素敵な場所に居た」って。
帰りの会を終え、僕は最後にあの景色をもう一度見たくてあの体育館裏に向かった。
しかし、放課後、見てしまった。僕の好きな人、美穂が、僕らのクラスメイトの中野菜月を突き飛ばして罵声を飛ばしている場面を。それも彼女があんなに見える景色が綺麗だと言った体育館裏で。
中野菜月…と言えば優太の好きな人じゃないか。あぁ。修羅場に出くわしてしまったよ。
「この事、言わないでよね。じゃないとアンタの大好きな颯太くんに颯太くんのお気に入りの本を盗んだこと言っちゃうからね。」
ああ。そんなこともあったな。一時期問題になっていたけど、特にそのまま未解決で終わった。…それより、早くこの場から去らないといけない。なのに好奇心で顔が熱くなる。足が動こうとしない。
僕の目線の先では美穂の暴行と罵倒が繰り返された。
僕は中野菜月の泣き声が聞こえ始めてすぐさま走って家に帰った。
僕は今日、好きな人が親友の好きな人をいじめている様子を見てしまった。
…でも僕は彼女が好きだ。だって僕には無害だし、彼女が誰をいじめていたところで僕が好きな気持ちは別に冷めない。そしていじめを辞めるようにとは言わない。こんなところで発動する偽善者は必要ない。
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