哀れな終焉
宮世 漱一
飼育係
不幸まみれで恥だらけで穢れた人生だったと語るには、あまりにも若すぎる。
そして人生というには無地すぎて、汚れも綺麗な部分も見つからなかった。
こういった趣旨の話を親友に話したことがある。
そうしたら彼は「もし穢れを知っていたら人はそんな綺麗な目をしないさ」と僕の目をじっと見つめてきた。そこで自分は性根が腐っていても表では案外潤っている、まるで草花のようだと思いました。
僕は僕の日常が嫌いだ。どこかの著名人が言っていた。「何も無い普通の日常を感じられるのが一番幸せで、この自分の生き方が好きだ。」
僕はそう思わない。理不尽な事が沢山あるこの日常は生きる価値もない。
人生はタスクのようにこなしてきたつもりだった。程よく適度に、事は起こさぬように。当たり障りのないように人生を歩んできたつもりで、しかしまぁ、それがお行儀の良いことだと思い、それが正しい生き方だと信じていたのだが、それが誰かの癪に障る生き様だと、予測していなかった。
非日常的な事が起きた。
今日は凄い猛暑だ。もう夏休みは終わったというのに。
苦痛な朝を乗越え、頭を起こし、早いところ、日常であるそのタスクを片付けようとしたところだった。
教室のドアを開けるとクラスの女子が泣いている。
そして飼育係が世話をしていたハムスターがケージから取り出さていて、学級委員の手の上で眠っていた。
すると視線は手の上からやがて僕へと変わり、僕を中心にして囲われる形になった。
「お前、飼育係だったよな。」
「そうだけど、なんで?」
突然詰め寄ったかと思えばお前と呼んだ。それだけでない。日常という名の積み木をぶち壊された気分になり腹が立った。
「ハムスターのハム子が死んだんだよ。こんなにやせ細って、きっと餌をあげなかったからだ。」
「それと僕になんの関係があるのさ。第一、僕は餌をやったし、皆がやらないケージ掃除もしているさ。飼育係に『なって』しまったからね。」
「香織があんなに可愛がって育ててたのに!」
僕は知っている。目線の先、目を擦り泣いている彼女は自分から飼育係に立候補したのにも関わらず「めんどくさい」といって餌をあげず責任を全うしなかった人間だということを。
そして彼女は僕に言い放った。
「アンタこの前餌やりサボったでしょ!だからこの子は死んだのよ!」
僕には反論できる要素がいくつもあった。だから僕がこんなに悪の縁に立つ理由が無い。すかさず「大きくことを広めぬように」冷静に発言した。
「僕があげ忘れたのは一度だけさ。それに、僕は先生に用があったから忘れただけ。君はめんどくさいと言ってサボったことあるだろう。僕は知っているよ。」
「うるさい!!!アンタが殺したのよ!!!」
他の飼育係を見てみると、黙りこくっているだけだ。よく考えてみろ。自ら率先して餌をあげた人は居たか?言われたからやるような人間ばっかだったじゃないか。
何かあると威圧したり泣き叫ぶタイプの女子、彼女、佐々木香織はいかにも女子、という印象がある。そして一軍というものだと思う。だから一部除き、女子は彼女を慕っており、男子にモテる。
大して僕は目立たぬ様で、彼女に比べたらいくら正論でも歯が立たないだろう。そした多くの人間のヘイトを買うだろう。
なりたくなかった飼育係。ただ興味がなく、生き物を育てたいとも思わなかったし、育てられる覚悟もなかったから。無関心なだけな人間が育てるのならその生き物が可哀想なだけだ。いや、無関心ならまだいい。世話ができない人間に任せてしまうのは良くないというのが正しい。でもじゃんけんという公平な判断で決まったからしょうがない。なってしまった以上、仕事を全うする他ない。
しばらくすると先生がやって来た。
「なんの騒ぎだ。全く、朝から騒がないでくれよ。」
僕は負けを確信した。これは先生が怖いから、そんな訳ではなかった。
うちの担任、清水先生は物事に関して全く無関心だ。クラス内で揉め事があっても、支持率の多い方を援護する。そっちが悪い場合でも。理不尽極まりない。今の場合、僕に味方は居ない。居たとしても、僕と同じで距離を置かれることを恐れ、何も言えないだろう。言わずにあたかも香織を支持するように見せかけるのだ。
「先生!ハム子が死んだのに、コイツ、飼育係としての意識がなく、それどころか、私の責任にしてくるんです!」
「あーそうかそうか。それは佐々木が正しいな。ほら解散。ホームルームを始めるぞ。ハム子は後で埋めておいてやれ。」
彼女は自分の言いように言って、全く。
それからクラスで孤立間を感じながら業間休みを迎えた。
そして僕が校庭の端の方に埋めてやった。棒を立てて、『ハム子』と書いて手を合わせた。うちのクラスは一番端なので、廊下の窓から下を見下ろすと墓が見える。僕はそこから見る景色が好きだから、ちょうど良かった。一応、ハム子の様態に気付かなかった僕にも多少責任があると思う。
そして給食時を迎えた。机を六人で合わせるも、僕の机は親友の石崎優太としか付いていない。やはり避けられているみたいだ。
昼休みになり、墓の様子を見るも、誰かが来る様子はなかった。
ほらみろ。墓に埋めても手を合わせているのは僕だけ。結局アイツらは何もしない。
「可哀想に。」
帰りのホームルーム、少しハム子の話題が上がった。ほとんどの人の目線は僕に向いた。残念だった。とか、可哀想。だとか。
そして僕は放課後、帰る前、再び墓の前で手を合わせた。そしてハム子の好きだった特別なおやつのウエハースを置いておいた。
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