滅亡させる力があったら

 ある時、それは唐突に渡された。


『地球を滅亡させるボタン』


 これを押したら、地球は滅亡するらしい。

 本当に、このボタンで出来るのか?

 試しようがない。だって、押したら終わるんだし。

 ボタンを渡してきた人物、そもそも人物だったのか分からないが、黒いローブを身に纏っていた。フードは目深く被っていて、顔までは見えなかった。大きい鎌みたいな物を背負っていたけど。


 周りの人には見えていないみたいだった。


 僕の身長は180cmある。その僕より頭二つ分も大きくて、鎌みたいな物を背負っているのに誰ひとり、見向きもしていなかった。


「もし、地球を滅ぼしたかったら、そのボタンを押せ」


 死神みたいに見えたから、僕はそいつを死神と呼ぶことにしている。死神の声は、ボイスチェンジャーを使ったみたいな声だった。


 どうして僕に渡すのか?そう死神に尋ねたけど、なんの返事もなかった。


 微かに笑っている、いや、笑いを堪えているような声が聞こえた気がした。


「お前の好きな時に」


 そう言って、死神は足元から徐々に消えていった。


 家に帰り、ボタンを眺めながら考える。


 僕の人生は決して楽しいものじゃなかった。


 友達と呼べる人はいるのか自信はないけど、話をしていても、僕の話の時だけ、みんな興味が無さそうだった。


 会話が下手なのかも知れない。


 疑問に思うことがいっぱいあって、色んなことを考えてしまう。


 あーそれかわいいねとか、あれが面白かったとか、そんな感じの会話で良かったのかも知れないのに…


 僕は、なんでこれが面白いと思ったのかを疑問に感じて、答えのない会話を始めてしまう。


 周りからしたら面倒らしい。どうしてそんなこと考えるの?なんてよく言われたもんだ。


 取り留めもないかも知れないけど、ああだこうだって考えを言ったり聞いたりするのが、僕は楽しい。


 今まで生きてきて、そんな会話が出来る人に出会えなかった。家族ですら、そんな面倒なこと考えて疲れないのか?という始末だ。


 だから僕は、1人であれこれ考えるようになった。


 このボタンを貰ってからだって、ずっと考えている。


 あの死神は何だったのか?

 どうして僕に渡したのか?

 なんでボタンなのか?

 分解したらどうなっているのか?


 挙げ出したらキリがない、でもそれが楽しい。


 人生がつまんなかった。


 大人になっても、子供の時より窮屈に感じる。

 自分は頭が良くない、と思う。

 だから、あれこれ色々考えちゃうんだ。

 みんな、頭が、要領がいいから、周りと上手くやれているんだ。


 人生が退屈だった。


 でも、死神と出会って、ボタンを貰った日から、僕の人生は少し楽しくなった。


 ボタンのことを考えることも、そのうちのひとつなんだけど、他にもあって…


 嫌な思い、嫌な人にあったら、いつでも滅ぼせるんだから気にしなくてもいいや、という考えになって気持ちが楽になったのだ。


 人生が楽しい。


 僕は、いつ、どんな時に、このボタンを押すのだろうか。


 もしかすると押さないかもしれない。


 だって、今は楽しいから。

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