観測ログ29:静の剣と騒の剣

───夕方。


 昼前にギルドを出た三人は、王都の街を食べ歩き、気になる店に立ち寄っては寄り道を繰り返し、気がつけば日は傾き始めていた。


 そして今──三人は迷子になっていた。


「ライガが肉ばっかり食べて、周り見ないからよ! リーダーでしょ、なんとかしてよ。もう足が疲れたー!」


「ミアだって、あの光石がどうとか言って、ふらふらどっかに行っちまうからだぞ!」


「まあまあ、二人とも……」


「っていうか、元はと言えばヴォイドが猫を見るたびに追いかけるからでしょ!」


「それは、すまん……」


 王都に入ってから、すでに小一時間は歩き回っていた。街は広く、路地も多い。加えて人通りも絶えず、方向感覚を失いやすい。


 ミアはふくれっ面でヴォイドを睨みつけた。


「猫なんて放っておけばいいのよ。私を見るとすぐに追いかけてきて、やな奴!」


「ミア、猫にトラウマでもあるのだろうか……」


 途方に暮れた三人は、誰かにギルドへの道を聞いて、いったん戻ろうかと話し合っていた。すると──


「……シュレイ?」


 ライガが目を細める。ふと通りの先、ひょっこりと姿を現したのは、金と銀のオッドアイに、不思議な毛色の二本の尻尾。見間違えるはずがない。


「またかよ!」


「いや、本物のシュレイだ」


 猫は、ちらりとこちらを振り返ると、「ついてこい」と言わんばかりにひと鳴きして、くるりと踵を返して歩き出す。


「ついてこいってさ」


「……まじかよ? 猫だぞ?」


「シュレイは追いかけて来ないから好きよ♪」


「大丈夫。行ってみよう!」


 シュレイの後を追っていくと、いくつかの角を曲がった先に、三人が辿り着いたのは、王都の一角にひっそりと佇む建物だった。石造りの本体に、最近増築されたらしい木造の棟が継ぎ足されており、全体的に質素ながらも冒険者の拠点らしい力強さを感じさせる。玄関上には、控えめに「静なる剣」の紋章が掲げられていた。


「……本当に、着いちまった……」


「だから大丈夫だって言っただろ?」


「やっぱりシュレイはいい子♪」


◆ ◆ ◆



急にミアが影の中に消えた。

その先を歩いていた男の影から、ミアの頭がぬっと出てきたが、どうやらそこから抜け出せないらしい。


「あー! 後ろ取れたと思ったのにー!」

思わず叫ぶミアに、


「そう簡単に俺の後ろは取れねぇよ☆」

軽口を返したのは、《影狼》の二つ名を持つ静なる剣の斥候、カイルだった。


「遅かったな。王都に着いたって連絡はもらってたけど、なかなか来ないから迷子になってると思って探しに行くところだったぞ」


「実際、さっきまで迷子だったんだけどね。シュレイが連れてきてくれたんだ」


「は? シュレイって猫だろ?」


「この子は賢いんだ!」と、ヴォイドが胸を張る。


「この子も連れてきたのね……」

そう言ったのは銀髪のエルフ、エリシアだ。シュレイを睨みつけるように見つめ、今もシャーッと威嚇されている。


(どうやら、この二人は相性が悪いらしい)


「まあ、この子はいいとして……王都へようこそ」


「ああ、今日からお世話になるよ」


「疲れたでしょう?とにかく中へどうぞ。グラディオも待ってるわ」


エリシアに促され三人は中へ入っていく。



◆ ◆ ◆



扉のきしむ音に続いて、木の床板がわずかに軋んだ。


 石造りの土台の上に、後から増築されたと思しき温かな木の香りが漂う。靴を脱いで上がると、足元から柔らかな感触が伝わった。


「へぇ……こうなってたのか。思ったより落ち着くな」


 ライガがゆっくりと周囲を見渡しながら呟いた。


 玄関から入ってすぐ、共用スペースと思しき広間に出る。中央には丸テーブルと椅子、壁際には本棚とカップボード、奥には石造りのキッチン。簡素ながら、実用的で使い勝手の良さそうな造りだ。


「おー!ちゃんとキッチンある! ねえねえ、火使える?鍋は?スープ作れるかな?」


 ミアが真っ先に駆け寄ってコンロを覗き込む。彼女の耳と尻尾がぴょこぴょこと跳ねる。


「あとでな。荷物置いてからにしろ」


 ヴォイドが肩の袋を床に置きながら冷静に言うが、声に緩みがあった。彼もこの空間に安堵しているようだった。


 そして、右手奥──


 目に入ったのは、まだ新しさの残る木の廊下だった。柱も梁もやや色味が明るく、手すりには削り跡が残っている。


「ここ、増築したのか?」


「ええ。あなたたち《咆哮の剣》が合流するって決まってから、二部屋ぶん増やしたの。古いほうに空きがなかったから」


 エリシアが微笑む。銀髪のエルフは、壁にかかったランタンに魔力を流して灯すと、淡い光が空間を柔らかく包んだ。


 その光に誘われるように、梁の上からシュレイがぴょんと降りてくる。けれどエリシアを見た途端、「シャーッ!」と盛大に威嚇してから再び跳ね上がった。


「……ほんとに相性悪いのな」


「猫に嫌われる理由なんて……大体、猫のほうにあるわ」


「お前ら何でそんな喧嘩腰なんだよ……」


 ライガが苦笑しながら、振り返って声をかける。


「グラディオは中にいるんだよな?」


「うん、部屋で武器の手入れしてる。あの人、外から戻ったら必ずやるの。変わってないわね」


 言葉を聞き終える前に、奥の扉が静かに開いた。


 現れたのは長身の男。短く整えられた漆黒の髪、鋭い視線をたたえた寡黙な戦士、グラディオ。彼は一瞬だけ三人を見渡し──頷くだけで再び無言で奥の椅子へと戻っていった。

一言も発さず、すべてを語るような視線だけを残して。


「……相変わらず無口だな」


「いつもあんな感じよ。喋るの、すごく遅いの」


「喋るのが遅いってなんだ……?」


 ヴォイドが目を細めながら呟く。


 その頃には、ミアはすでに一番近くの部屋の扉を開け、中を確認していた。


「わぁー! ちゃんとベッドもある! クッションふかふか! 今日ここで寝るー!」


「それ、お前の部屋かどうか確かめてからにしろって」


「名前書いてあったもーん♪ ……たぶん、ミアって読めた! 多分!」


「読めてねえな、それ」


 廊下には各部屋の扉に簡易な木札がかけられており、それぞれの名前が彫られていた。荷物を置いて一息つくと、建物の静けさに気づく。


 広くはない。だが、必要なものはすべてある。


 ここが、これからの拠点──


 《咆哮の剣》にとっての、はじまりの「家」となる。

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