観測ログ30:双律と創立

──その夜、クランハウスにて


 ささやかながら、歓迎会が開かれていた。


用意されたのは街で仕入れた酒と、買い集めた簡単なつまみ。


だが、それでも賑やかであたたかな空気に包まれているのは、そこに集う仲間たちの存在があってこそだった。


「ま、今日は歓迎会ってことで、堅苦しい話は抜きにしようぜ!」


 カイルが杯を掲げると、場の空気が一気に和らぐ。


あちこちから「乾杯!」と声が上がり、素焼きの器が触れ合う音が小さく響いた。


 グラディオもそこにいた。

末席とはいえ一応は貴族であり、ここからそう遠くない場所に屋敷を構えている。

既婚者でもある彼は、普段は夜になると自宅へ戻るのが常だったが、今夜ばかりは残ってくれていた。


貴族とはいえ、肩肘張らずに振る舞うその姿勢は、この場をより居心地のよいものにしていた。


「よく来てくれた…」


 そう言って盃を傾けるグラディオの横で、ミアが唐揚げにかぶりついていた。


「んー! やっぱりお肉は正義だね! この辛いやつも美味しいよ、ライガ!」


「おう。食べすぎんなよ、明日動けなくなるぞ」


 ライガが苦笑しつつ皿を勧める。その姿はまるで年の離れた兄妹のようだった。


「さて、紹介がまだだったな」


 カイルが腰を上げ、後ろで控えていた小柄な獣人の少女を前に呼び出す。


「経理とか事務仕事を担当してくれてる子だ。キャシー、こっち」


「ひゃっ……は、はい!」


びくりと肩を跳ねさせて前に出てきたのは、灰色の毛並みと大きな耳を持つネズミの獣人だった。

緊張からか耳はぴんと立ち、目が合うたびにおずおずとお辞儀を繰り返している。


「ど、どうも……キャシーです。あの、よろしくお願いします……」


 その足元を、黒い影がぬるりと通り過ぎた。


「にゃあ」


「ひいっ!?」


 思わず跳び上がるキャシー。原因は猫のシュレイだ。人の言葉を解する異種族であり、ヴォイドの同行者でもあるが──どうやらネズミにとっては天敵らしい。


「た、食べられる……絶対食べられる……!」


「いや、たぶんあいつ興味ないと思うけどな……?」


 カイルが困ったように笑うが、シュレイは一瞥したきりそっぽを向き、暖炉の前で丸くなった。


「……むう」


 キャシーはそっと距離をとり、テーブルの反対側に身を潜める。ミアがそれを見て「かわいー!」と笑っている。


「猫ってそんな怖いか? 俺だってネコだぜ?」


ライガが半ば冗談めかして言うと、キャシーはきょとんとして──すぐにふるふると首を振った。


「ら、ライガさんは……ライオンですから……その……ミアさんも食べられてませんし……っ」


「そりゃまあ、ミアは硬そうだからな」


「誰がよ!?」



◆ ◆ ◆



 ひとしきりの笑いが落ち着いた頃、エリシアが立ち上がった。


「それでね。クランの名前なんだけど……考えてみたの」


 皆の視線が一斉に彼女に向かう。


 彼女は一枚の布を広げた。その中央には、手描きとは思えないほど整った文様が描かれている。交差した二本の剣。その背後には半分ずつの月と太陽があしらわれていた。


「《双律の剣》……って、どうかな?」


 一瞬の静寂。


 そして──


「いいな」

「うん、すごくいい名前だと思う!」

「静なる剣と、咆哮の剣。静と動が共にあるって感じか?」


 皆が頷き、声を上げる中で、エリシアはそっと視線を横にやった。


 ヴォイドは、黙ってその紋章を見つめていた。表情に驚きも疑問もない。ただ、理解したように目を細め──小さく、口元を緩めた。


(……やっぱり、気づいたわね)


 他の誰も気づいていない“本当の意味”。それに思い至っているのは、エリシアと、そしてヴォイドだけだった。


 けれど、それは特に口にすべきではない。


「方針としては、それぞれ自由に依頼を受けて、大きな案件やダンジョン攻略なんかでは協力するって形にしよう」


 カイルがまとめに入る。


「異議なし」


 ライガが手を挙げた。


「俺たちは咆哮の剣として動く。グラディオたちは静なる剣で。それでいいだろ」


「うん。私達はそのつもりだったし」

 エリシアも頷く。


 ヴォイドは少しだけ考え込んだ末、静かに言った。


「前にも言ったが俺はソロでどちらのパーティーにも属さない。基本的に好きにやりたい。もちろん依頼によってはどちらにも協力する。それでいいか?」


「頼りにしてるよ、ヴォイド!」

 ミアが満面の笑みで言う。


 そんな彼女が、ふとテーブルに肘をついてつぶやいた。


「ねえ、でももう一人くらい、仲間ほしくない?」


「そうだな」

 

ライガも腕を組みながら応じた。


「最低でももう一人は欲しい。魔術師か、ヒーラーが理想だ」


「じゃあ、ギルドで募集かけるか?」


「ヒーラーか……ミニーは?」


 カイルが軽口を叩くように言うと──


「……あれはちょっと」


「うん、あれはやめとこう」


 即座に却下するライガとミア。


 だがカイルは悪びれもせず肩をすくめた。


「いや、違うって。本人を入れるんじゃなくて、誰か紹介してもらうんだよ。ミニー、教会じゃそこそこ顔が効くんだ。コネは使える」


「そういうことか……なら、一度話を聞いてみるのもいいかもな」


「明日、教会に行ってみよーよ!」

 ミアの声に全員が頷く。


 夜は更け、笑い声と灯りが揺れる中で、新たな仲間たちの第一歩は静かに、確かに始まった。


 《双律の剣》という名のもとに──。

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