栄光を超える①

「自由を、否定するのか?」


風間の声は怒気を孕んでいた。風が唸り、ステージの空気が揺れる。


「否定なんかしてない。だけど――」


燐の瞳は真っ直ぐだった。吹き荒れる風の中でも、ブレなかった。


「流されるだけの自由には、意味がない。

選び取るんだ、抗ってでも。俺は……そのために剣を握ってる!」


「だったら、その意地ごと――吹き飛ばしてやる!」


風間が手を広げた瞬間、周囲の空気が一変する。風が唸り、空間が歪んだ。

彼の足元から巻き起こった風が、渦を巻いて上昇していく。


《――突風の破壊者(ゲイル・ブレイカー)!!》


風は暴風と化し、雷鳴すら孕んだ奔流となってステージを飲み込んでいく。

空中に巻き上げられた破片、折れた地形、全てが砕けながら燐を飲み込もうと迫った。


「これが……俺の自由の力だ!」


だが、燐はその中で静かに目を閉じ、光を収束させていく。

剣がひとつに集まり、淡く、しかし力強く輝き始めた。


「俺は……その風を斬る

自由を自分の手で切り開く」


剣を構える。息を整える。


「《叛逆・裂嵐(れつらん)》――ストーム・スプリット!」


振り抜いた剣が光の波動を纏い、暴風の渦へと突き進む。

風と光、嵐と信念。その瞬間、世界が真っ白に染まった。


剣を縦に振り嵐を切り裂く。

激突。衝撃波が観客席まで届き、会場全体が震える。


風と光が絡み合い、相殺し、裂かれ、砕かれ――そして静寂。


煙が晴れたその中央、風間は膝をつき、倒れ込む。


燐はその場に立っていた。瞳は燃えていた。


「……やるじゃん、君……。自由の壁は、案外厚かったな……

俺の自由はまだ本物じゃなかったのか...」


風間は苦笑しながら、空を仰いだ。


燐は静かに、胸の奥で答えた。


――風のような自由もいいけれど、ただ舞っているだけじゃ、守れない時もある。

俺は大切なものを守り抜くそんな自由が欲しい。


「一緒に本当の自由を探そう。

友達として手伝うよ」


風間は照れくさそうにニヤリと笑った。


そして、勝利のアナウンスが響く。


「Aブロック1年生同士の戦いを勝ち抜いたのは--結城燐!!」


会場が熱狂に包まれる中、燐はひとり、傷ついた剣を見つめていた。

その目には確かな強さと、これからも抗う覚悟が宿っていた。


--------


燐はステージ中央、荒れ果てた地形の中で立ち尽くしていた。

傷ついた身体にまだ熱が残っている。呼吸が荒い。

それでも――視線は鋭く、電子パネルに目をやる。


12ポイント。順位は5位。


ギリギリのボーダーライン。

あと一人。もう一人倒せば、4位と並び、突破が見える。


「……まだ、終われない。」


その瞬間、背後から――ぴたり、と風が止まった。


「やれやれ。ここまで残るとは、ちょっと見直したよ。」


聞き覚えのない、だが底冷えするような声。

振り向いた先にいたのは、漆黒の制服と、沈んだ瞳。


夜風伏影――栄光継承世代(グローリー・ヘリテージ)の一角。



電子パネルには33ポイント。文句なしの1位。


「君、名前は燐だったか。ふぅん、なかなかいい目をしてる。

だが、あと一人倒せば並ぶ? ……ふふ、違うな。**“僕を倒さないと突破できない”**って状況だよ。」


そう言って、夜風は肩をすくめた。

その一挙手一投足に、どこか余裕と冷酷さが滲む。


「でもね、君みたいな“雑魚”が、決勝リーグに進むなんて……」


冷ややかな微笑み。


「見苦しすぎるんだよ。」


言葉は静かだが、その声音には確かな敵意があった。

まるで――雑草でも引き抜くように。虫を潰すように。


燐は、その言葉にひと呼吸置いて、ゆっくりと剣を握り直した。


「雑魚か……。そう見えるなら、それでもいい。」


顔を上げる。視線が夜風を捉える。


「でも、俺は……あの風間くんとの戦いで、守りたいものを見つけた。

力を持つ理由も、戦う意味も、手に入れた。」


夜風の目が細まる。


「……何が言いたい?」


燐は一歩、踏み出した。


「俺はもう、“雑魚”なんかじゃない。

ここであんたを超えて――先へ進む。」


言葉は、静かだがまっすぐだった。


張り詰める空気。

闇が揺らめき、夜風の影がにじみ出す。


「面白い。“覚悟”だけは一人前か。」


夜風が手を広げた瞬間、彼の背後から黒い影が立ち上がる。

それは、彼のもう一人の自分――コード《影逢(シャドウ・リンク)》の発動だった。


「ならば――君の“覚悟”、その影ごと塗り潰してやろう。」



-----


「……悪いけど、ここで終わりにさせてもらうよ」


夜風の声が静かに響いた次の瞬間、彼の足元――影が、ぶくりと波打った。


それはまるで“地面に空いた黒い穴”のようだった。そこから、にゅるりと、何かが這い出してくる。


「……っ! それ……!」


燐の目の前に立ち上がったのは、夜風と瓜二つのもう一人の“夜風”。


だが、その肌は黒く濁り、目だけが不気味な赤で輝いていた。


「これが、僕のコード《影逢(シャドウ・リンク)》……

その技の1つ《影写身(えいしゃしん)|シャドウ・ミラー》

影をもう一人の自分として具現化する能力だ」


もう一人の夜風が構えを取る。その動きは、まるで本体と同じように精密で、癖のない“型”を持つ武術のようだった。


(影が、まるで本物みたいに動いてる……!)


燐がそう考える間もなく、二人の夜風が同時に動き出した。


一人が前方から飛びかかり、もう一人が背後へ回り込む。


(速い――!)


燐はすかさず光の剣を展開し、正面の夜風の攻撃を受け止める。だがその瞬間、背後からもう一人の夜風が振るう影の刃が迫る。


「くっ――!」


燐はもう片方の剣で防ぐも、わずかに反応が遅れた。影の刃が肩をかすめ、服を裂いていく。


「言っただろう? これは一対一の勝負じゃない」


夜風本体と影――完璧な連携。読み合う隙もなく、立ち回りを封じてくる。


「君がどれだけ強くても、二対一じゃ分が悪い。特に僕の“もう一人”は、感情も、痛覚も持たない。迷いのない刃は、怖いよ?」


影の夜風が地を這うように滑り、また背後へと回り込もうとする。


燐は歯を食いしばりながら、体を捻って迎撃しようとする。


(正面と背後、同時に相手にするのは……やっぱり厳しい……!)


「君の立ち回りは悪くない。けど、そろそろ終わりにしようか」


夜風本体が距離を詰めながら木々の影に手をかざすと、地面の影が一斉にざわつく。


そこからまた、“複数の腕”のような黒い触手が燐を襲おうとしていた。


そのとき。


「……だったら」


燐が、低く構え直す。


足元の影を一掃する。

(斬ったはずの……影が、消えない?)


正確には1度形は崩れるがすぐに元に戻ってしまう


燐は息を荒げながら、再び迫る“もう一人の夜風”の斬撃を紙一重で躱す。返す刃で影を斬り払うが、黒い体躯は霧のように裂け、すぐに元の形に戻っていった。


「無駄だよ。影は、斬っただけじゃ消えない。」


夜風本体の声が響いた瞬間、影の分身が地面を這い回り、再び背後から襲いかかる。


(この影……“本体に剣が届かない限り、斬っても意味がない”……ってことか)


冷や汗をぬぐう暇もなく、燐は立ち回りながら影の挙動を観察し続ける。


(でも……さっき少し変だった)


目を細めて動きを追う。


(あいつ――“影”の方の動きが、一瞬だけ、ぎこちなかった)


その刹那、燐の目が鋭く光る。


(……わかった。“影”は、本体から離れすぎると制御が甘くなる!)


二人の夜風が交差しながら燐を挟み込もうとする。


燐は一歩踏み込み、あえて影の分身の攻撃をギリギリまで引きつけ――



「狙うのは……こっちだ!」


影の足元を斬り再生までの時間を稼ぐ


瞬時に体を反転、影ではなく夜風“本体”に向けて疾駆する!


「っ!? 見抜いたか!」


予想外の動きに夜風の目がわずかに揺れる。その一瞬の迷い――


光剣が軌跡を描く!


だが夜風も即座に応じる。自らの影を呼び戻し、燐との間に“盾”のように差し込む。


「させないよ――!」


「なら、貫くまでだ!!」


光の剣と影の壁が激突する――!


夜風の影が燐の進路を塞ぎ、ふたたび左右から刃が迫る。燐は盾を展開し、攻撃を受け止めながら反撃の機会を探っていたが、次に投げかけられたのは刃ではなく、言葉だった。


「君も、影だよ。決して光にはなれない。」


燐の動きが一瞬止まる。


「強者の“光”に照らされない。誰にも認められず、存在すら無視されてきた……そんな側の人間だろ?」


夜風は冷たい目で燐を見下ろすように言葉を続けた。


「何を守る? 何を照らせる? 何者にもなれなかった君がさ」


(――やめろ)


心の奥、過去の記憶が浮かぶ。


力がなく、クラスでも空気のような存在だった頃。

誰にも期待されず、自分の無力さをただ噛み締めていた時間。


「“僕は何も持ってない”、そう思ってたろ? ……君は、その程度なんだよ」


影の刃がまた燐に迫る。

しかし、今の燐は……もうかつての彼ではない。


ぐっと剣を握り締め、光が彼の手元に集束する。


「確かに、昔の僕はそうだった。何もできなかったし、誰も守れなかった」


だが、燐の声には、確かな強さがあった。


「でも、違う。今の僕には……託された力がある。背中を押してくれる仲間がいる!」


真田先生、雷堂、氷室、柏木、そして真白……支えてくれた全ての想いが、剣に重なる。


「自分を見下してたら強くなんてなれない。

恵まれなかった者が誰かを照らせないとは限らないだろ!」


刹那、燐の身体が再び前へ踏み込む。


「俺が照らすんだ、この手で!!」


光剣がより強い輝きを放つ――!



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