風の檻②

風間 漣にとって、戦いとは誰かを傷つけるためのものではない。


それは、“自由”を証明するための手段――

「自由であっても、強くあれる」

彼は、ただそれだけを信じて拳を振るう。


常識やルールに従うことで評価されるこの学園で。

正しさを守ることが“強さ”とされるこの社会で。


ひょうひょうとして、掴みどころのない自分でも、

型にはまらない“風”のような存在でも――

勝てるんだと。認められるんだと。

そう証明したくて、彼は戦い続ける。


だからこそ、

戦いの最中も、調子を崩さない。

命令や束縛を嫌い、自由な戦術を好む。

辛い時にも「型にはまるなよ」と自分に声をかける。


その根底にあるのは、たったひとつの信念。


――「ルールの中だけが強さじゃない。風だって、嵐になる。」


自由を貫くための戦いが、今終わった。


だが、次の嵐はもう――始まりつつある。


----


風を閉じ込める牢域を一刀のもとに切り裂かれた瞬間、風間の表情が一瞬だけ揺れた。


「へぇー、なかなかやるじゃん!」


だがすぐにニヤリと笑い、前に出る。


「でもさ、僕の“自由”は……邪魔させないよ!」


風が再び渦を巻く。空気が重くなる。


「《纏風穿(てんぷうせん)──エアピアース》!」


風を一点に集束させた螺旋の突き――その鋭さはまるで雷鳴のように鋭く、速い。


「……なら、俺は――!」


燐は咄嗟に剣の一つを消し、もう一方の手に光を集束させる。


「この力で、守りきる!!」


「《煌盾叛鎧(こうじゅん・はんがい)|シャイニング・リベリオン》!」


光が一枚の盾へと変化する。その輝きは意志を宿していた。


風の突きが激突する。


ガァアァンッ!!


鋭い音が響き渡る――が、


「ぐ……っ!!」


盾が砕け、風の突きが燐の肩口をえぐる。


「ちょっと……痛いな……けど、まだ終わんないぞ!」


燐が踏みとどまりながら言い放つ。口元には血が滲んでいるが、瞳は燃えていた。


「僕は……この戦いで強くなる。そう決めたんだ!」


すぐさま風間が連続の風刃を送り込む。切っ先が空を斬り、燐を襲う。


「っく……ッ!!」


一太刀、また一太刀、光の盾を持たない身体に小さな傷が走る。


「これが“自由”の一撃だよ! 束縛なんかクソくらえだッ!!」


だが――燐の足は止まらない。


息を切らしながらも、静かに言う

「……自由ってのは、確かに素晴らしい。誰もが憧れるものだ」


「だったら、止まらずに吹き飛ばされなよ!!」


まっすぐ見つめながら燐

「だけど——流されるだけじゃ、つまらないから」

「自由は、不自由の中でこそより輝くんだ」


静かに剣を構えながら

「俺は、この力で……“俺の選んだ道”を切り拓く」


「……!」

その一言は、風間の胸に鋭く刺さる刃だった。




風間漣は、幼いころから違和感を抱きながら生きていた。


「○○しなさい」「○○でなければならない」


家の中には、そんな“当たり前”の言葉が無数に飛び交っていた。母親は几帳面な人だった。父親は生真面目な人だった。彼らは悪意があったわけではない。ただ、息子を“ちゃんとした人間”に育てたい一心だった。


――けれど、その“ちゃんとした人間”という型は、息苦しかった。


規則正しい生活、無言で囲む夕食、背筋を伸ばしすぎた家族写真。

友人との会話では空気を読み、学校ではノートの角度すら揃えるように言われる。

笑いたいときに笑うことすら「場をわきまえなさい」と咎められた。


まるで――世界が、檻だった。


「どうして、誰かが決めた“正しさ”の中でしか生きちゃいけないんだろう」


そんな思いが、少年の胸を苦しめていた。


そして中学二年のある日。


その日は、人生で最も“心を殺した日”だった。


「先生、僕、今日だけ休ませてほしいんです」


勇気を振り絞って口にした言葉は、一蹴された。


「なぜ? お前が我慢すればいいだけだろう。変な言い訳をするな」


クラスでの“空気”は、いつも息苦しかった。

些細な言葉のミス、笑い方、立ち位置。全部が正解じゃないと、すぐに白い目が向けられた。


家庭も同じだった。


「なんで成績が下がったの? あの子はもっと上なんだから、あなたもやりなさい」


「テレビなんて見てないで、もっと将来のこと考えなさい」


――風間漣の世界は、いつも“誰かの理想”で塗り固められていた。


心が擦り切れるのを感じながら、それでも表情は笑っていた。

「大丈夫」と、自分をごまかすために。


ある雨上がりの放課後。

職員室で怒られた帰り道、校舎裏でひとり、漣は泣いた。


「……なんで俺ばっかり……」


誰にも聞こえないように、声を押し殺して。


空を見上げながら、彼は無意識に呟いた。


「風みたいに、自由になれたらいいのに」


その瞬間だった。

周囲の空気が揺れ、教室のカーテンが何の前触れもなく大きく翻った。


身体が熱くなる――いや、風が、内側から吹き抜けていくような感覚。

風間漣は、そのときコード《風纏(ふうてん)》に目覚めた。



透明で、縛られず、ただどこまでも駆けていく風。

それはまさに、彼が憧れた“在り方”そのものだった。


何かが、自分の内側から“解放”された感覚。


「これだ…!」



枠に縛られず、誰にも支配されず、ただ“在りたい自分でいられる”。

風間にとって、風は能力ではなく“希望”だった。


指先が勝手に動く。呼吸が浅くなる。

次の瞬間、地面が鳴った。吹き抜ける突風が、校舎の壁に張りついていた落ち葉を一気に舞い上げた。


風が、暴れだしたのだ。


気づけば自分の周りだけ、何か目に見えないものが渦を巻いていた。


風をまとう力を得た彼は、それまでの自分を脱ぎ捨てるように決めた。


自由に喋る。

自由に動く。

自由に戦う。


――そして、風のように、自分の道を切り拓いていく。


風は命令されない。風は誰にも縛られない。

笑いたい時に笑い、どこまでも駆け抜けていく。


その姿に――彼は救われたのだ。


「俺は、風になる」


決意は静かだったが、確かだった。

以降、風間は風のように生き、風のように戦い、風のように笑う人間になっていった。


それが、彼がオルディナ学園を目指した理由だった。


「誰かの期待に応えるためじゃない。俺は、俺のままで強くなる」


その信念は、今でも変わらない。

風間漣は、風のように笑い、風のように戦い、風のように――自由で在り続ける。



風間:

「僕の風を……切り裂かせない」


まるで自らを守るように、風が唸る。

風間の全身にリビドーのオーラが走り、空気が震え始めた。


「僕は……自由に生きると決めたんだッ!」


叫びと同時に、彼の周囲に暴風が巻き起こる。

破片が舞い、風圧が地面を裂き、観客席からどよめきが起こる。


――だが。


燐は、一歩も引かなかった。

まっすぐ、風間の目を見据えて。


燐:

「君は……自由に囚われすぎて、不自由に見えるよ」


その言葉を聞いた瞬間、風間のリビドーが揺らいだ。

まるでその一言が、風の流れを狂わせたかのように。


「……っなに、を……」


燐は歩を進めながら、静かに言葉を重ねる。


燐:

「なら、なんで君は……そんなにつまらなそうな顔をしてる?」


「君が普段、学校に来ない理由はなんだ」


「……なにかに、囚われたままだからじゃないのか?」


風間の拳が震えた。

暴風は渦を乱し、今にも爆発しそうな不安定さを帯び始める。


燐:

「君はまだ……本当の意味で自由じゃない」


その一言は、風間の核心に突き刺さった。

蘇る縛られつまらなかったこれまでの学校での記憶


幼い頃から、どれだけ“自由”に憧れ、どれだけ“縛り”に苦しんできたか。


風間:

「……やめろッ!!」


怒号と同時に、風が爆ぜるように炸裂する。

だがその中で、燐の声は確かに届いていた。


燐の眼差しには、怒りも軽蔑もない。

ただ“理解”と“挑戦”があった。


――俺は、君を倒してでも前に進む。

だからこそ、真っ直ぐにぶつけた。


それに、風間はどう応えるのか。


次の一撃で

観客も息を飲み、ステージは一瞬、静寂に包まれた。


36話-終



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る