栄光を超える②

脳裏に浮かぶのは、過去の自分――何もできず、誰かに守られることしかできなかった、あの頃の自分。


だが、違う。


今の自分は――


「……そうだよ。俺は影だった。力もなく、ずっと……誰かの後ろにいた」


静かに、燐が語り出す。


「でも今は違う。俺は、この手に“光”を掴んだ」


その瞬間、燐の両手の剣が光の粒子となって舞い、一本の剣へと収束し始める。きらめく粒子が剣の核となり、輝きを帯びていく。


「俺はもう、逃げない。誰かの陰に隠れたり、諦めたりしない」


《叛逆ノ煌刃(はんぎゃくのこうじん)》


白銀の閃光が、燐の手に握られる。


「光があれば――影は生まれない」


次の瞬間、燐が地を蹴った。


風を裂くほどの加速。空気が引き裂かれる音。


夜風の影が、再び彼に襲いかかる――が、その瞬間、燐の剣が眩い光の波を巻き起こしながら横一閃!


「――斬る」


闇を裂くように、影が焼かれ、断ち切られる。夜風の“影”の具現が、眩い閃光に焼かれながら消え去っていく。


「……な、に……」


夜風の瞳に、わずかに怯えが走った。


「君は、決勝の前に俺を潰すつもりだった。光の本質に気づいていたから。影が光に勝てないことを……」


光の剣を構えた燐の声は、静かだが芯のある響きだった。


「影だって、光に向かえば形を変える。俺はもう、過去の影には戻らない。誰かを守るために、何より自分のために――前に出る」


沈黙。


夜風は、影を失った腕を見つめながら――初めて、表情を曇らせた。


夜風の影が、低くうねる音と共に地を這い、再び燐の足元へと迫る。


「さっきよりも動きが鋭い……」

燐は小さく息をつきながらも、目は冷静に影の軌道を追っていた。


「影を断った程度で僕を倒せると思ったなら、それは浅いよ」


夜風が手を広げると、周囲の床と壁に新たな影が走り、そこからさらに複数の“腕”のような形状が生まれ出る。影の触手たちが、蛇のように空間を撓らせながら燐へ向かって突進する。


「数で押してくるか……!」


燐は《叛逆ノ煌刃》を握りしめたまま、飛び退いて一閃。その軌跡から光の衝撃波が生まれ、影の腕を数本吹き飛ばすが――すべてではない。残る何本かが燐の背後に回り込み、足元を掴む。


「……!」


バランスを崩したその隙を突き、夜風自身が間合いを詰める。


「理解しろ。“光があれば影はできる”。ならば、君のその剣が光である限り――僕の力は消えない」


「……なるほど。影を断ったつもりになってたのは、俺の方か」


燐は自嘲気味に笑う。


「でもな――それでも俺は、光で進む」


「その光、すぐに潰してあげるよ」


夜風が距離を詰め、拳に凝縮させた影をまとわせる。《影葬牙》――接触と同時に影を侵食させる一点集中型の崩撃。


だが。


「行くよ。今度こそ、君の影を焼き尽くす」


燐の目に宿るのは、先ほどまでと違う“覚悟”だった。


次の瞬間、彼は自らその一撃に踏み込んだ。


「なに――?」


刹那、夜風の拳が燐に届くより先に、《叛逆ノ煌刃》が大地を穿つ。


「《断光陣》!」


閃光の輪が、燐を中心に爆ぜるように広がった。


その円形の光は、影の動きに干渉するすべてを照らし出し、縫い止めた。


「……!」


夜風の体が、まるで重力に縫い付けられたかのように動きを止める。

影を作り出さない程の強力なひかり。

その光を前に影に干渉できないのだ。


「影に頼ってる限り、君の自由は“光”に支配されるんだよ」


静かに、燐の声が響いた。


「俺は、もう逃げない。誰かの後ろに隠れるだけの存在じゃない。……自分の意志で、立つって決めたんだ!」


叫びと共に、燐が踏み込む。


夜風の目が見開かれる。


光と影。

剣と影葬。

意志と恐怖。


すべてがぶつかる、最後の一閃。


-----

戦いの最中、思い出すかこ

オルディナ学園・演習訓練場。

それは、まだ彼が1年生だった頃の話。


「俺は、ここで一番になる。証明してやるよ……俺こそが、この学園の頂点だってことを」


――夜風伏影は、入学当初から自信に満ちていた。


他人に媚びず、感情を表に出すことも少なかったが、その内には確かな“自負”があった。

誰よりも鍛えた《影逢(シャドウ・リンク)》。

そのコードに、誇りと信頼を持っていた。


だが――


「……な、んだこれ……っ」


演習で相対したのは、当時すでに“怪物”と囁かれていた同級生。

獅堂 獅音。


灼けるような金の鬣(たてがみ)と共に、一振りの“拳”が影を払う。


影を這わせる隙すら与えず、夜風の策を全て叩き潰すような“圧”があった。

力、速さ、技――すべてが桁違いだった。


――完敗だった。


あの時、彼は悟った。


(自分は……この場所では一番にはなれない)


自信が砕け、心が沈みかけた――

そんなあるとき、彼の名前はこう呼ばれるようになる。


「“グローリー・ヘリテージ”の一人、夜風伏影――」


それは、獅堂を筆頭に、同学年の数名が“歴代最高の才能を持つ世代”として認識され始めた時期だった。


その言葉が、彼を救った。


(……そうか。俺は……“選ばれた”んだ)


敗北しても、自分は特別な世代の一員。

あの獅堂に敗れたとしても、その同じ旗のもとに並ぶ存在。

“個”ではなく“世代”として認められる――それは、彼にとって新たな“誇り”となった。


誇りがあったからこそ、折れずにいられた。

そしてその誇りを守るために、彼は己の影を、より緻密に、より強靭に研ぎ澄ましていった。


「俺たちは、選ばれし“栄光”の継承者だ。

それを、無名の一年なんかに――汚させるわけにはいかないんだよ」


誰よりも強く、誰よりも誇り高く。


――それが、夜風伏影という男の、原点だった。


------

眩い光に

「こんな事で俺を封じたつもりか」

夜風はマントを自らに被せる


すると

「消えた……!?」


燐が周囲を見渡す。

夜風伏影の姿が、ふいに視界から消えた。


――その刹那。


ズッ――!


地面から“影”が伸び、燐の足元をすくおうと這い寄る。

その攻撃をとっさに跳躍して避けた燐の眼前に――


「……上かッ!」


影を纏った黒い影法師が、マントをひるがえして真上から急襲する。

その体は濃密な闇を纏い、まるで“夜そのもの”のようだった。


夜風は、影の布をマントのようにまとい、自ら影の中に溶け込んでいたのだ。

それにより、光の差す場所でも“己だけの影”を作り出すことに成功していた。


――まるで影の鎧。


《夜幕纏(やばくてん)|ナイト・クローク》


「これが……僕の切り札だよ」


影を全身に纏いながら、夜風は低く囁く。


「君みたいな“新入り”には、分からないだろうな。

この舞台がどれだけのものか。俺たち――

“栄光継承世代(グローリー・ヘリテージ)”にとって、どれだけの意味を持つかを」


燐は距離を取りながら、警戒を強める。


「俺たちは、選ばれた世代だ。

過去にいくつもの伝説を残した偉大な先輩たち。

その中でも“栄光”を受け継いだ優れた世代の存在。

中途半端な気持ちで名乗っていい名じゃない」


夜風の声には、確かな信念と、かすかな焦燥があった。


「俺は、ここで負けるわけにはいかないんだ。

この“称号”だけが――俺が俺である証なんだよ」


マントをはためかせ、夜風が再び燐へと斬り込む。


――影の鎧は、攻防一体。


動きは俊敏で、斬撃には闇の圧が乗っていた。


燐は苦戦を強いられながらも、その言葉の中に“夜風自身の不安”を感じ取る。


(……栄光にすがってるみたいなその目――

まるで、誇りという名の檻に縛られてるようだ)


だが今は反撃の隙がない。

燐は一度深く息を吸い、光を纏う気配を研ぎ澄ます。


「なら――こっちも覚悟、見せるしかないな」


次の瞬間、燐の身体からかすかに“光の粒子”が零れ始めた。


――戦いは、ここからさらに加速する。




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