あるいは記されていなくとも、きっと。

思い出したのは、ストレスコーピングである。

ストレスコーピングとは、ストレスを感じたときに行う対処法を指す。でもって、このストレスコーピング、数が多ければ多いほどメンタルに良いと考えられている。コーピングのバリエーションがあれば、その分多様なストレスに対処できるのは勿論として「自分はたくさんのストレス対処法を持っている」ことそれ自体が強固な自信に繋がるからだ。

当初、レグレンツィにとって“征湾記”は、先人の言葉を一字一句書き写すだけの「借り物の知恵」に過ぎなかった。
未曾有の危機に直面した際、彼は本の中に答えを探すが、そこに記述がないと知るやパニックに陥ってしまう。

ヴァーランハートの「本を読むより先にやることがある」という一喝から実践を経て──彼は自身の経験した苦難と機知、未来への指針を“征湾記”に書き込むことになる。ほぼすべての頁が真っ黒になって、読めなくなるほどに。

物語の最後、レグレンツィはこう云っている。

「これがないと、なんにもできないのです。これがあるから、なんでもできる気がするのです」

これは、単に情報量が増えたことに安堵しているのではない。
あの未曾有の危機を、この本に記されていないことを書き加えながら乗り越えた事実それ自体が強固な自信に繋がっているのである。

今、この“征湾記”には、すべてが記されている。

レグレンツィにとって真っ黒な“征湾記”は、もはや「借り物の知恵」ではなく確かな自身の武器であり、盤石な心の盾になったのだ。

読み終えて、天にすっかり埃が積もりつつある長年の愛読書につい何かを書き込みたくなった次第。