灰色の空の下、君は青い薔薇だった

もし昨日までの平和な日常が、空から降る一粒の雨によって終わりを告げるとしたら、あなたは何を思い、誰のために引き金を引くでしょうか。

粘つく雨が人間を植物の怪物へと変える世界で、警官デビットの視点を通して描かれる、あまりにも痛々しく、そして美しいサバイバルの記録。
物語はデビットが「殺人鬼になった」と独白するところから始まります。
その一言に、彼の背負った絶望の深さが凝縮されています。

デビットはしがない田舎町の警官。
仲間や愛する人と共に退屈ながらも穏やかな日々を過ごしていました。
しかしその日常は突然、雨と共に洗い流されます。

心に刻まれた罪悪感と、それでも「生きたい」と叫ぶ本能との間で引き裂かれるデビット。
彼の内面から溢れ出る後悔や自己嫌悪、そして時折見せる皮肉めいた独白は、壊れた世界に置かれた人間の弱さを生々しく伝えます。

絶望の底で、デビットが出会う一人の「異形」の少女。
彼女は人間を捕食する怪物でありながら、その瞳には無垢な光が宿り、言葉を覚え、感情を取り戻していきます。
人間性を失っていく中で、デビットは人間ではない彼女の中に「人間らしさ」を見出し、守ろうとします。
「人間とは何か」「怪物とは何か」という境界線が、二人の交流を通して静かに溶けていくのです。

雨に濡れたアスファルトの匂いや、肌にまとわりつく湿気、静寂を破る銃声、そして怪物が発する不気味な音。
五感を刺激する緻密な文章が、読む者をこの灰色の世界へと引きずり込みます。
空の青、血の赤、そして少女の胸に咲く薔薇の色。
それらが、荒廃したモノクロームの世界に、残酷なまでに鮮やかな彩りを添えています。

生きることの痛みと、それでも誰かと共にいたいと願う心の尊さ。
絶望的な状況下で、主人公デビットが何を見つけ、何のために再び立ち上がるのか。
読後にはきっと、あなたの心にも忘れがたい一輪の花が咲くはず。
この雨が止んだ先に広がる景色を、ぜひ見届けて欲しいです。

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