失われた記憶と約束の大地

朝の静寂が町を包む中、淡い朝光が小さな宿の窓から差し込んでいた。高嶺拓央(Takage Takuo)は、剣術の稽古に余念がない。彼の一振り一振りには意味があった──全ては過去と向き合うため。汗が額を伝い、その目には執念のようなものが宿っていた。


彼は、ふと体内を駆け巡る痛みとともに、剣を深く地面に突き刺していたことに気づいた。


「ちっ……深すぎるか」

彼は荒い息をしながら剣を引き抜く。


その瞬間、心は幼き日の記憶へ戻る――村人から「悪魔の子」呼ばわりされ、家族にすら拒絶された日々。唯一受け入れてくれたのは、祖父だけだった。「強く生きろ」と教えてくれた存在。その重みが、今の彼を支えている。


剣を引き抜くたびに胸を締め付ける――

それでも、心の奥底には温かい光が残っていた。幼馴染のエルフ、リラを思い出す。―彼女は今、その記憶さえ消してしまった。


「本当に忘れてしまったのか……それとも、奪われたのか?」

拓央の声は震えていた。


幼い頃、一緒に木の上から空を見た日々。狩りを教えてくれた日々。それはすべて絆だった。それを失った今、拓央は自分自身を疑っていた。


稽古後、彼は市場へ向かった。活気と人々の声が交錯する道を行くが、すべてが無意味だった。ただ一人の記憶、リラが頭から離れない。


夜―

彼は眠りに落ち、ついに見知らぬ夢の世界へと誘われる。


そこは巨大な魔法学院「アルタイル・ブロンズ」。彼はリラと結婚式を挙げ、祝福されている。しかし、笑顔はすぐに焼け落ちる。火。破壊。リラの悲鳴。


「嫌だ……!」

拓央は夢の中で叫んでいた。


彼の目が覚めると、一筋の光とともに、神秘的な存在が目の前に立っていた。


「拓央よ、これは近い未来だ」

静かな声。だが圧倒的な存在感があった。


「これは…夢じゃないのか?」

彼の声は震え、額の汗が目に滲んだ。


「夢ではない。お前には力がある。封印された少女を取り戻すため、その力を解放せよ」

その声が響くたび、胸の奥が熱くなった。


神は言葉を続けた。

「お前は6つの元素を扱う力を与えられる。光、火、地、闇、破壊、そして神のエネルギーだ。お前を待つのは、三元元素を操る魔王。お前が勝てば、魔王の力を宿す存在になる――即ち、**悪の神(God of the Devil)**となる。」


拓央の目が揺れる。

「私は…悪になりたくない。でも、この道なら……」


彼は拳を握り、決意を固めた。

「私は、この力で世界を救う。人を拒まぬ魔法の世界を創る。守るために――『魔王との決戦』を受け入れよう。」


神が微笑んだ。

「それでよい。お前は魔法の創造主、人の守護者となるだろう。」


光が彼を包み込み、拓央は深い眠りから目覚めた。右目には魔法陣の紋様が浮かび上がっていた。


翌朝、彼は稽古に戻る。だが今度は剣とともに魔力が絡み合う。振るたび、空気が揺らぎ、人々が変化し始めていた。淡い光、燃え盛る炎、豊かな大地、深い闇……それぞれの願いが力となり、最小の村は魔法の街へと変貌していく。


彼は町中に『六元素の秘密』と題した巻物を配布し、解説をつけた。そして小さな学びの場を建てた――これが“アルタイル・ブロンズ”の始まりだった。


リリンは光と火の元素を得、リラは闇と破壊の元素を得た。拓央はその成長を見守りながら、世界を巡る旅に出た。国から国へ。街から街へ。彼の名前は「魔法創造主」として語り継がれた。


だが彼自身は、「剣の使い手」としての正体を貫く。人々にはただの剣士と語り、妻リラにはただの守り手と振る舞った。夜な夜な辺境の村を回り、貧しい子供たちに魔法を授ける。それは誰にも言わぬ秘密の祈りだった。


半年、彼とリラは三人の魔王配下を倒した。いま、闇の胎動が聞こえ始めている――魔王復活の兆し。


ある日、彼らは古びた大樹の前にたどり着いた。幼き日に二人で逃げ隠れした秘密の場所。


「この場所……覚えてるか?」

拓央は穏やかに呟いた。


リラは優しく頷いた。

「覚えてる……あのとき、小さな男の子が誰からも嫌われ、でも頑張ってた姿。あなたがそうだった――ずっと側にいてくれた人。」


拓央の目が揺れた。

「それが、最も苦しかった。しかし……君のおかげで、俺は笑えた。」


リラはそっと肩を寄せた。

「なら……これから新しい記憶を作ろう?」


息を詰めるほど近くで、拓央は頷いた。

「ずっと考えてた。どんな未来が来ようと、この場所を忘れないでほしい。ここが、二人の原点だから。」


リラの瞳に光が宿る。

「ええ。約束するわ――ここから、私たちの物語が始まるのよ。」


木漏れ日の下、戦禍の世界に二つの心が寄り添い、静かだが熱い誓いを交わす。長い旅路の一歩は、この場所から動き始めた。

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