朝の誤解と名門校の新たな名

晴れた朝、いつものようにサイは自分のベッドの上で目を覚ました。彼にとってこのベッドは、喧騒に満ちた魔法学園の中で唯一の静寂な島のような存在だった。


だが、今日の朝は違っていた。彼の隣に、誰かがそっと布団から身を起こした。


それは——ユエだった。


「なっ…ユエ!?」


学院一の美少女であり、誰もが憧れる存在が自分のベッドの中にいるという事実に、サイは心臓が止まりそうになる。


「お、お前は誰だ!?」とサイは叫び声をあげた。


その声に反応して、向かいのベッドで眠っていたルームメイトのマナが目を覚ました。ぼんやりと目を開けた彼女は、ユエの姿を確認すると一気に目を見開いた。


「ちょ、ちょっと待って…なんでユエがここに!?」


サイは手振りでユエに退避を指示。ユエはすぐにその意図を理解し、布団を抱えながらバスルームへと駆け出した——が、肝心なことを忘れていた。


彼女は何も着ていなかったのだ。


「ユエッッッ!!何やってんだよおおおおおッ!!」


サイの絶叫が寮全体に響き渡り、マナはその声を聞いてさらに慌ててバスルームへ駆け込んだ。だがその瞬間——


カシャッ!


カメラのシャッター音が響く。


マナは実は学園新聞部のメンバーで、常にカメラを持ち歩いていたのだ。


「おい!マナ、それは誤解だ!消せ!!」


サイが必死にカメラを奪おうとするも、マナはニヤニヤしながら逃げ出し、制服をつかむと新聞部の部室へと全力で走って行った。


「終わった……俺の学園生活……」


肩を落とすサイの背中を、ユエがそっと叩いた。


「だいじょうぶよ。誤解なんて、あとでちゃんと説明すれば済むことよ。」


そう言って微笑むユエに、サイはただうなずくしかなかった。


二人は並んで登校するが、校内ではすでに噂が広まっていた。


「え、あれが今朝のスクープの二人?」


「同じベッドで寝てたってマジ!?しかも……裸!?」


サイの顔はどんどん青ざめていくが、ユエは涼しい顔をしていた。


「大丈夫。新しい記事で訂正すれば、すぐに収まるわ。」


「……こんなとき、伝説の勇者がなぜ姿を消したのか少し分かる気がする。きっと、魔族の噂話に耐えられなかったんだな。」


そんな皮肉めいたサイのつぶやきに、ユエはくすっと笑う。彼女だけは知っている。サイこそが、かつての勇者の生まれ変わりなのだということを——


ようやく教室前に着くと、クラスメイトたちが取り囲んできた。


「ちょっと待って!全部誤解なんだ!」とサイは言い訳をする。


しかし、ユエは可愛らしく笑って言う。


「え〜?さっきは全部私に捧げるって言ってくれたじゃない、サイ?」


クラス中が大騒ぎになった。


「ち、ちがう!!お、俺たちはただの幼なじみだぁぁぁ!!」


その叫び声が隣の教室まで響く頃、新聞部のマナはすでに記事を印刷して校内にばら撒いていた。記事のタイトルはこうだった:


「成績トップの美女と謎の少年、裸で同じベッドに!?学園史上最大のスキャンダル!」


サイはうなだれ、ユエは楽しそうに笑っていた。


授業が始まり、美しい女性教師が教室に入ってきた。彼女の名は——ヤマイ先生。魔法理論を教えるベテラン教師である。


出席をとるヤマイ先生がマナの名前を呼ぶが返事はない。


「マナは…欠席ですね?」


そこでユエが口を開く。「先生、マナはズル休みです!」


クラスに爆笑が起きた。ユエのささやかな復讐が果たされたのだ。


そして実技の魔法授業が始まると、サイは突然手を挙げた。


「先生、トイレ行ってもいいですか?」


ヤマイ先生は快く許可したが、サイはそのまま授業が終わるまで戻らなかった。


屋上に逃げていたのだ。


そこへ、ユエが現れた。


「なに落ち込んでるの?」


「な、なんでここに…」


ユエはおどけて校長先生の声真似をする。


「サイ・アルタイル!ここで何をしているのですか!」


「す、すいません、校長先生っ!!」


驚いたサイが振り返ると、そこには笑っているユエがいた。


「ふふっ、久しぶりだね、サイ。会いたかったよ。」


風が吹き、ユエの銀色の髪がなびいた。


その日の午後、学園から正式な発表があった。


「清龍学府(Qinglong Institute)は本日をもって、新たな名を『アルタイル学園』へと改名します。」


国際魔法連盟への加盟と、新世代育成の象徴としての名前変更だったが、サイの胸には、もっと深い意味が刺さっていた。


「アルタイル」——その名前は、どこか懐かしく、遠い記憶を揺り起こす響きだった。


そして、波乱に満ちた朝の出来事は、彼とユエの関係が再び動き始めるきっかけになったのであった。

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