交わされた約束と覚醒の影

10年前のあの日、ユエはサイのために決意した。


彼を取り戻すために、強力な記憶操作の闇魔法を極める修行を始めたのだ。年月は流れ、ユエは伝説の冒険者の孫として身分を偽り、有名な魔法学園へと入学する。


その学園の初日──


朝日が差し込む寮の部屋で、サイは寝坊して慌てて飛び起きた。ところが、自分のベッドに見知らぬ少女が一緒に寝ていたのだ。彼は驚いて少女を起こした。


「おい……君は誰なんだ!? ここは男子寮だぞ!」


少女はむすっとした表情で彼の額を軽く叩き、呆れたように言った。


「……まさか、忘れたの?」


その少女──マナは、静かで頭の回転が早いが、なぜかドジを踏みがちな少女だった。


サイの記憶では、相部屋になるはずだったのは幼馴染のスンだった。しかしマナの口から語られたのは、予想外の展開だった。


「昨日のマナ強化試験のとき、君が魔力測定の水晶を触った瞬間、爆発して……気を失ったのよ。そのあと、先輩たちに担がれてこの部屋に運ばれてきた。ここは特別才能寮、男女混合よ。ちなみにその“猿”は、普通の男子寮にいるわ」


動揺したサイは、説明を聞くや否や、頭を抱えながら学園の校長に直接話を聞こうと廊下を駆け出した。


「まったくもう! どこ行くのよ!」


マナはあわてて彼を追いかけ、ようやく手をつかんで止めた。


「……ちょっと待って、落ち着いて。校長先生なら……さっきからずっとここで隠れて私たちの話、聞いてたわよ」


サイは唖然としながらも、マナの真剣な眼差しに心を落ち着けた。


「……まあ、信じるしかないか」


そのまま2人は部屋へと戻った。


道中、彼らは共同生活のルールを決め、シャワーの順番や使い方を話し合いながら、少しずつ距離を縮めていった。


その夜、マナは明日の初登校に向けて持ち物の準備をし、サイはベッドに横になりながら、心のどこかでぼんやりとした既視感を感じていた。


翌朝、2人は連れ立って登校の道を歩いた。


「ねえサイ、最近入学した子の中に、ちょっと変わった子がいるの。すごく可愛いし、魔法も強いって評判で」


「……どんな魔法?」


「私と同じ、闇系だってさ。名前は……ユエ」


その名を聞いた瞬間、サイの胸にかすかな痛みが走った。


「……聞き覚えが、あるような……ないような……」


マナは続けた。


「あとね、昨夜──私、君のベッドの方を見たの。窓の外に誰かが立ってて……長い髪に、真っ黒な影。その人、君の頭を撫でてたの」


「な、なんだって……?」


「『目覚めなさい、愛しい人。もう一度、私たちの記憶を──』って……夢だったのかな。怖かった」


サイは笑い飛ばそうとしたが、なぜか心の奥がざわついていた。


「……それ、ただの幽霊とかじゃないのか?」


「ふふ、それなら良かったけど」


マナが冗談っぽく話すその影には、確かな想いがあった。


その後、教室に着いた2人を待っていたのは、驚くべき再会だった。


黒髪に静かな瞳を持つ少女──ユエが、サイの隣に座ったのだ。


「……ようやく、また会えたね」


その一言で、教室がざわついた。マナは顔を赤らめ、サイは言葉を失う。


何が起きているのか、自分でも分からない。けれど、心の奥底で確信だけはあった。


(この子は……俺の、記憶の中の……)


授業中、断片的な記憶が頭をよぎる。


あの炎の中。


泣きながら自分の名を呼ぶ誰かの声。


──そして、手を握っていた少女。


昼休み、サイはついに我慢できず、屋上へ向かうユエを追った。


「ユエ!」


振り向いた彼女の目には、涙が浮かんでいた。


「……やっと、少し思い出してくれたの?」


「まだ全部は思い出せない。でも……少なくとも、君を“知ってる”ってことだけは、分かる」


ユエはそっと微笑んだ。


「なら、もう一度始めましょう。私たちの物語を」


そうして、2人は静かに手を取り合った。


彼の記憶の封印は、まだ完全には解けていない。


でも、物語は確かに動き始めていた。

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