絶望の果てに交わした約束

夕暮れの光が戦場をやさしく包み込む。呪術の炎で焦げた土と砂埃の中、一人の少女が動かず横たわっていた。無数の傷口から流れる鮮血が、かれた大地に静かに滴っている。その向こうには、一人の女性が凛として立ち、最後の敵――"魔王"の姿を睨みつけていた。


「お前が最後の勇者か……堕ちた英雄よ」

魔王の声は低く、嘲るように響いた。


しかし、絶望が目前に広がったその瞬間、勇者の瞳に封じられていた何かが覚醒した。金色の光が瞳孔から溢れ出し、かつて神々がその身に宿した古の魔力が目覚めたのだ。火・水・風・土、そして漆黒――五つの元素が一つにまとまり、彼を取り巻く。


魔王が凍りついた。


だがそのときだった――魔王は冷酷にも、一撃を放った。少女――彼の"愛"――は宙に舞い上がり、重力に引かれ地に叩きつけられる。呪いの闇に貫かれ、既に息絶えた姿で。


静寂が支配する。

世界が息を止めたように見えた。


勇者の瞳からは、愛しい少女の冷たい姿が映る。戦いの疲れと痛み、そして失意が彼の中で爆発し、小さな叫びとなって胸に響く。身体から溢れる魔力が、大地を揺るがし、空気を裂いた。


「……決めた」

か細い声が、しかし確かな意志を帯びて吐き出される。


彼は少女を抱き締め、頬を伝う涙が血まみれの頬を濡らす。


「世界がお前をこの手から奪ったなら、俺が消す。すべてを――そして、またお前を探す。どんな生にだって――」


五元素が空に輝く円形を描く。伝説にもない禁断の祭壇呪文――

彼は呪文に名を与えた。


「終わりの刻印」


それは魔王を一閃で貫き、存在を完全に消し去った。再誕の余地も残さず。だがその代償に――

勇者はすべてを捧げた。名前も、記憶も、命さえも。


魔力に体が焼かれ崩れ落ちる直前、彼は囁いた。


「許してくれ……でも、心だけはお前を探し続ける。どの世界のどの命だって……」



---


千年後――


古代の魔王を倒したという伝説が語り継がれる王国。魔術は近代的技術として受け継がれ、科学と融合して発展していた。そんな世界に、一人の少年が現れる。**サイ(Sai)**と名付けられた彼は、引退した騎士の伯父に育てられ、母は幼い頃に不思議な火災で亡くなっていた。


サイは魔法を唱えることはできない。ただ、彼の身体からは暗黒のオーラが放たれる。それはまるで遠い昔の“漆黒の魔術創造者”の残響のようだった――伯父も村人も噂し始める、「あれは……あの伝説の者か?」と。


ある夜、眠りの中で声が囁く――


「目を覚ませ……時が来た。思い出すんだ。」


サイの胸が速く唸る。なぜか、その声が既視感を伴っていた。


翌朝、掃きだし窓の外には、友人のサン(Sun)がニコニコと待っていた。彼らは毎日石材工事で働いているが、この日は違った。サンは言う。


「なあ、サイ。今日はアカデミー受験に行こうぜ。『ユンヨン魔法アカデミー』。聞いたか?あの校長、伝説の魔術師の友人なんだってさ。もしかして――お前かもしれないぞ?」


サイは小さく笑ったまま答える言葉もなく、二人は人でごった返す学院へと向かった。


試験当日、周囲には数百の受験者が集まる。胸を高鳴らせる中、サイはふと見覚えのある影に目を奪われた――

長い髪、静かな瞳、そして囁くような微笑……それは、彼が夢で見続けたあの少女だった。


試験は三段構成。筆記、実技、そして魔力量測定。


サンは真面目にこなした。彼の後、サイの順番が来る。

そのとき――サイが触れた魔力量球が、ぱちんと爆ぜた。


一瞬の静寂。主任――校長が立ち上がる。


「……これは、不可能だ。」


暗黒のオーラがサイを包む。しかしそれは邪悪ではなかった。むしろ――

そこに秘められたのは、「切ない祈り」と「忘れられた約束」だった。


すると、彼の隣の少女が小さく口を開いた。


「やっと、また会えたね……サイ。」


瞳を閉じても開けても浮かぶ、彼女の微笑。

彼女の名前は――ユエ(Yue)。


しんと静まる世界の中——その瞬間、まるで千年前の記憶が再び灯ったようだった。

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