終焉に咲いた誓い

私のトカ

その夜の森と火事

六歳の才(さい)は、森の中でひとりの美しい少女と出会った。

その少女、ユエは――人間ではなかった。

彼女はエルフの血を引く、古から伝わる種族だった。


森の外では、エルフの美しさを恐れ、彼らを奴隷として捕らえようとする者たちが跋扈していた。

幼いエルフたちは、成長期に森から出ることを禁じられ、恐怖と悲鳴の物語に鮮やかな警告を受けて育てられていた。

だがユエは違った。


「なんで森の外へ出ちゃいけないの?」

指導者の声を振り切り、好奇心にかられて森を飛び出した。


その瞬間、ユエは仲間の追手――人の姿をしたエルフに追われ、走っていた。

同じとき、真逆の存在──人間の少年、才が森の中で彷徨っていた。


「ねぇ、そこの人!」

ユエの声が森に響く。


その声に反応して才は振り返り、怖気(おじけ)ながらも駆け寄る。

ユエは果敢にも才を引っ張り、古い木の太い根の後ろに身を潜めた。


「し――静かにしろ…」

才が囁く。


恐怖と不安に震えるユエを、才はそっと支える。

その瞳は真実を映していた。

この人は…――ただの人間なのか?


追手が去ると、森に静寂が戻った。

ユエは息を整えながら、小さく笑った。


――生まれて初めて見た人間の笑顔だった。



---


「どうしてここに?」

才が聞いた。


ユエは戸惑いながらも、涙を浮かべて言葉を選んだ。

「忘れたの…わたし、何度も何度も言い聞かせて。だから…旅に出たのかも」

優しい嘘に、才は黙って頷いた。


森を抜けて村へ向かう途中、ユエは才に闇の魔法──エルフの特異な力を見せた。

影の花が土に咲き、冷たい光が風を裂く。

才は息を呑み、目を見開いた。


「教えて!わたしもやってみたい!」


ユエは迷いながらも、森で学んだ術を教えた。

そしたら──

「ひぃいぃやっ!」

才の小さな呪文が、予想外に大樹を真っ二つに裂いた。


その瞬間、ユエは固まった。


――書物にあった、“影の王女”の再来か?

才の名は――ロングズ(Long Zu)という伝説の“影の旅人”に酷似していた。


ユエは息を呑み、才は首を振った。


「ぼ、ぼく、違うよ!ただ、面白くて…!」

彼の笑顔は清らかだった。

でもユエにはわかっていた――この子は“普通”ではない、と。



---


やがて森を抜け、二人は村へ到着した。

ユエは才の家に泊めてもらうことを申し出る。

才は大きく頷き、そのまま村の小さな木造の家へと手を引いた。


翌朝、才の顔には—黒い炭がびっしり。

ユエがいたずら書きで“ひげ”を描くと、二人は腹を抱えて大笑いした。


だが、その夕暮れ――切ない笑顔の裏で、村は悲劇に飲み込まれた。


「エルフだ!エルフがいるぞ!」

子どもたちの悲鳴が、乾いた風の中を駆け抜けた。


ユエは才の後ろに隠れ、そして…

そのとき、村人の一人が罵倒した。

「金ならいくらでも出すぞ、あのエルフを売れ!」


才の母親が守ろうと立ち上がる。


「絶対に渡せない!」

しかし怒りと恐怖の群衆は止まらなかった。


その瞬間──才は目を見開き、闇の瞳を煌かせた。

彼の中に眠る“ゴッドスレイヤー”の力が爆発し、

村は炎に包まれる。


三つの村が灰になる夜、

才は倒れ、その胸にユエは飛び込んだ。


「忘れないで…わたし、ずっと君を守るから…!」

ユエは彼にそっと口付けし、

重く冷たい闇の魔法で才の意識を閉じた。



---


その夜、森の住人――エルフたちが村へ降りた。

ユエを抱えたまま、彼らは谷間へと帰る。

エルフの長老はユエを見つめ、言った。


「この人間と共に…次の満月まで、そっと見守りよ。」


ユエは頷き、月光の下で才が目を閉じたまま眠るのを見つめた。

その距離がどれほど離れていても、

彼女の心は決して離れないと誓った。



---


物語は今、ここから始まる。

闇と火の狭間に揺れる二つの魂――

彼らの運命は、まだ終わらない。

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