杉村編

第13話 危ない誘い(松島)

「松島。今日、教育実習生来るんだって」

「あー、めんどくさい人じゃなきゃ良いんだけどね」

「なんの教科か。当てない?」

「んーと…国語?」

「現代文か古文かどっちよ」

「現代文かな…何となくね」

「じゃ俺古文で。今日のお昼代な」

「それはデカイ。頑張るか…」

「何を頑張んだよ」

 瞬間移動の能力を得た僕は登下校にちゃっかり使い倒し、朝の起きる時間が1時間程遅くなった。母はすぐに学校に通わせてくれたが、能力は絶対に見つからないようにと言われた。使っても良いんかいとは思った。あれから、出雲とはさらに仲良くなった気がする。

 学校ってやっぱり良いなと思ったのは少しの間で、結局今では普通に憂鬱だ。それと、沢山休んだことで宿題も溜まっていて、てんやわんやしている。能力を持っていても持っていなくても結局日常は揺るがない。

「皆知ってると思うけど、教育実習生がうちのクラスにも来ました。杉村凛先生です。拍手ー」

 訳も分からず拍手をさせられ、訳の分からない顔で杉村先生は入ってきた。

「結婚式?これ」

「確かに結婚式みたいだわ、これは」

 教壇の前に立ち、杉村先生は口を開いた。

「えーと、杉村凛です。僕は皆さんと仲良くなれるようにしたいので、是非話しかけて下さい。何か質問があれば…」

 誰かが手を挙げた。その方に皆が振り向く。

「担当教科は…?」

 松本さんだった。あんまりこういう場で手を挙げたりしないものだから、少し教室がザワついた。

「古文です。前川先生のサポートをします。他ー…はないかな。もう1限も近いので、これで終わります。少しの間ですがよろしくお願いします!」

「松島、お昼代あざす」

「パン1個な」

「流石に2個で」

「しゃーないか」

 松本さん…なんであんなこと聞いたんだろう。担当教科なんて…僕らの会話を聞いてたわけはないし。変な人だな。

 そのまま普通に4限まで終わった。古文は正直いつもと同じような感じで、眠い授業だった。杉村先生は横で立ってるだけ。少しはマシになるかなと思っていたのにな。腹減ったとか言いながら財布を持って購買に行こうとした時、松本さんに呼び止められた。

「前川先生に呼ばれてるから、来て」

「2人とも?」

 松本さんは小さく頷いた。女子に声をかけられるなんて慣れてないし、一緒に歩くのも気まずいから、少し離れて歩いた。

「何かしたっけ?」

「さぁ…何か怖いなぁ」

 一生懸命頭の中を探るのだけれど、全く心当たりが無い。もしかしたら能力がバレたのか?バレるはずはないのだが、確証が中々持てず、不安しか残らなかった。

「連れてきました。瞬間移動の…」

 立ち止まり、声をかけた相手は教育実習の杉村先生だった。瞬間移動という言葉が聞こえた時、空気が凍るような感覚があった。

「ごめん。前川先生が呼んでるってのは嘘で、怒ったりするわけじゃなくて、力を貸して欲しいんだけど」

「瞬間移動って何のことですか?」

 僕が口を開くより先に出雲がとぼけた振りをした。能力は誰かにバラしたらダメと母に言われている。

「屋上で見たの。休んでるはずの松島君と出雲君が一瞬来て、すぐ居なくなった。屋上に行きたいの。私たちを連れて行けたりする?」

 沈黙の中、耐えきれなくなった僕はいつの間にか口を開いていた。

「誰にも言いませんよね」

「もちろん」

「確かに僕は瞬間移動できます」

「言っていいのか?お前」

 2人に聞こえないように出雲が口を挟んできた。

「誰にも言わないって言ってるし」

「瞬間移動が必要なんてロクなことじゃないだろ。入っちゃいけない所に入ろうとしてんじゃねえか?」

「ロクなことって…失礼な…」

 どうやら聞こえてたらしく、松本さんは少し怒ったような口調でボソッと喋った。

「じゃ、何するのか教えて」

「もういいから…とりあえず力になろうよ」

 ずっと喧嘩腰な出雲が嫌で、僕は協力すると言った。

「…分かった。こっちはいつでも逃げれるしな」

「えーと…じゃあ、松島君。屋上に行ける?」

 少し気まずそうに杉村先生が割って入ってきた。

「やってみます」

 念じると同時に強く放り投げられるような感覚とともに疲労感が襲ってきた。

「咲希!」

 意識が朦朧としているなか目を開けると、虚空に怒鳴る松本さんがいた。

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