ああ!昭和は遠くなりにけり!!第13巻
@dontaku
第13巻
小学生にしてプロヴァイオリニストになった歌穂に様々な道が開けていきます。
ああ、遠くなる昭和の思い出たち
淡い恋心・・・信子そして美穂と里穂そして歌穂
衝撃の告白があった次の日はヴァイオリンのコンクールだ。
会場となる音大ホールには例年と異なり小さな子供連れのお客さんが多く見受けられた。
今、巷で噂の歌穂が出場するとあって会場にはCMでお世話になった楽器メーカーの皆さん方を始めとする会社さんや広告代理店さん、音楽事務所さんなども見受けられた。当然、お世話になっている芸能事務所の副社長さんとスカウト部長さんの姿も見受けられた。控室には優太ママが付き添い、優太君と歌穂のお世話をしてくれていた。2人とも昨日の騒ぎが尾を引くこともなく、逆に歌穂は胸の閊えがとれ晴れ晴れしい気分だった。観客席には信子、美穂、里穂、若菜さん、伊藤さん、美咲さん、瞳さんが歌穂の応援に駆け付け陣取っていた。
小学生の部に2人は出場するのだが、ヴァイオリンとなると低学年の子はそれほど多くは見受けられず、出場者は歌穂をチラ見はするもののどれだけ弾き熟せるのかも未知数でいた。優太君と楽しくお喋りをする姿はとても出場者とは思えない程リラックスしている歌穂だった。お陰で優太君も緊張しすぎることもなく明るく笑ったりしていた。歌穂は今日もまた美穂のお下がりのティンカーベルの衣装に身を包み控室で一人注目を集めていた。身体が冷えないように自分の上掛けを羽織らせる優太ママ。やはり演奏前ということもありなかなか皆さんも声を掛けてはこなかった。
そんな中、優太ママは出場者の出場順に目を遣っていた。それは歌穂が最年少でトップバッターだったからだ。こういうコンテストでのトップバッターはかなりプレッシャーがかかるということを経験上熟知している優太ママだった。しかし当の本人である歌穂は何時もの様に優太君と時折ふざけ合って緊張している素振りは全く見せなかった。それとは逆にトリを務める優太君は若干の緊張感を持って座っていた。
チラッと舞台袖を見て歌穂に外行き用のヴァイオリンと弓を渡す優太ママ。「ありがとう。」何時もの笑顔を見せる歌穂。周りの参加者の皆さんは歌穂の持つヴァイオリンを見て驚く。『うわっ!あの子とんでもないもの持っているんじゃあないのか?』
そしていよいよコンクールの幕が開いた。
学校長さんの主催者挨拶が終わり最初の出場者歌穂の名が告げられる。
「エントリーナンバー1、歌穂ちゃん、小学2年生、7歳、ヴァイオリン歴5年です。」このアナウンスに会場と控室に衝撃が走る。昨日今日始めた女の子ではないことが分かったからだ。
羽織っていた上着を脱ぐと愛らしい羽根の付いたティンカーベル姿が現れた。「うおーっ!」控室からの驚きと喜びの声が会場にまで聞こえたようで会場の皆さんも舞台袖が気になっているようだ。審査員の皆さん方も同様に「何を騒いでいるのだ?」と言わんばかりに舞台袖を注視している。
その中をティンカーベル姿の歌穂が躍り出て、左手にヴァイオリン、右手に弓を持ってステージ中央へスキップして進む。
「きゃあーっ!かわいいーっ!」会場のちびっ子たち、応援団の皆さんから悲鳴に近い声が巻き起こる。
当事者である信子たちも想像以上の歌穂の可愛さに何も言えずただ見惚れるばかりだった。
「課題曲は「カノン」、自由曲は「チゴイネルワイゼン(美穂バージョン)」です。」このアナウンスに再び会場内が騒めく。「なんだ?美穂バージョンって?」そんな渦中の歌穂は落ち着き払って何時もの様にビシッ!とポーズを決める。あっという間に会場に静けさが戻る。演奏前から審査員さんを始め会場の皆さんを自分に集中させる歌穂。
「やだ!なに?この子!」立ち見をしていた響子さんが思わず声をあげる。歌穂の立ち姿があまりにも可愛いく、しかし同時に溢れる荘厳さにギャップがあり過ぎるからだ。そして響子さんはとんでもないものを見せられることになる。
歌穂の「カノン」の演奏が始まる。とても7歳とは思えない演奏に皆さん言葉も出なかった。
そして歌穂の演奏は進んでいく。
「あっ!」会場の隅で響子さんの驚く声が響く。
見事な指捌き、そして超絶な重音(=和音)演奏だ。
『うそっ!何であの年で重音演奏が出来るの?』
この重音演奏に審査員の皆さんだけでなく、控室の全員が驚愕した。
「えっ?歌穂ちゃん?優ちゃん!今、重音弾いていたよね?」
優太ママは何度もそう言って優太君に聞いていた。
「うん。確かに重音だった。あと、重音からの次の音への流し方、響子さんの技法そのものだよ!」優太君も興奮しながら優太ママに返事をした。
真似された当の本人響子さんも驚きのあまり足踏みをしていた。「なぜ真似が出来るの?」そう言って絶句する響子さん。
実はこれには美穂が買ったビデオデッキに理由があった。
当時のHI-FIビデオデッキは上位機種が殆どで、当時としては珍しい“コマ送り”機能が付いていた。歌穂がスロー再生をしていた時にコマ送り機能の使い方を美穂に教えてもらったのだ。そのため響子さんの指使いが完全に理解できたのだった。まあ、それを即実行できる歌穂の技量に感心するしかないのだろう。
美穂流の繋ぎ方で「チゴイネルワイゼン(美穂バージョン)」へと演奏を進めていく歌穂。器用にピアノの伴奏部分までも弾いていく。これぞ美穂バージョンの真骨頂だ。メインとなる楽節を中心に編曲されたこの美穂バージョンは第3部のクライマックスへ向け徐々に高速演奏でテンションを上げていく。歌穂は自分も酔いしれるように身体を動かし重音を響かせながら高速演奏を続けていく。最後のフレーズは目にも止まらない指使いと正確な弓当てにより生み出される極限のヴァイオリンの音で一気に締めくくられた。
余りの見事さ、素晴らしさに会場は沈黙を守ったままだ。そんな中でお辞儀をする歌穂の元へ走りよる影が!スタッフ数名が慌てて飛び出した。
「歌穂ちゃん!響子です!歌穂ちゃん!ありがとう!私の技を受け継いでくれて!」ステージ手前で絶叫するのは響子さんだった。それが分かるとスタッフの皆さんに安堵の表情が。天使姿の歌穂がステージ脇の階段を下りて響子さんの元へ。響子さんは歩み寄る歌穂をしっかりと抱き締めてくれた。
突然のハプニングに会場から拍手と歓声が巻き起こった。突然のプロの乱入に審査員の皆さんも総立ちとなった。
響子さんは大きな声で「ごめんなさい!進行の邪魔をしてしまいました!でも、私は嬉しくて我慢できなかったの!だって私のあの技法を真似出来るのは世界中でも歌穂ちゃんと・・・。」そこからは小声で歌穂の耳元で囁いた。「あなたのお父さん、光一さんよ。」
再び抱き合う2人。そしてこの事件はヴァイオリンコンクールの伝説となった。
この歌穂がもたらした激しい衝撃は審査員の皆さんにも及んでいた。理事長さんも学校長さんも苦悶されていた。
それは歌穂の演奏が学生、いや、アマチュアレベルではないからだ。『点数が点けられない!』審査員の皆さんはそんな状況に陥っていた。
「皆さん、ごめんなさい。プロともあろう者が興奮して会の進行を乱してしまいました。本当にごめんなさい。」と審査員席まで歌穂の手を引いて頭を低くしてお詫びをする響子さん。理事長さんを始めとする審査員の方たちもその心情がよく理解できた。昨日の里穂の演奏によって前理事長の流派が見事に受け継がれていることが良く分かったからだ。
「いや、響子さんのお気持ちは良く分かります。これはプロ、アマを問わずヴァイオリン界の大事だからです。アマの領域を超えている歌穂ちゃんの演奏に私たちは点の付けようがない・・・。」学校長さんはそう言って笑った。
そこへ信子が駆けつける。同時に優太ママも。
「皆さんごめんなさい。私たち歌穂の技量を見極めきれなかったんです。本当にごめんなさい。」2人でそう言ってお詫びをすると学校長さんが驚いて言った。
「プロの君たちが技量を見抜けないとは考えられないよ。」これに審査委員の皆さんも頷く。
「ごめんなさい。ママ、優太ママ。私隠していたわけじゃあないの。さっき弾いていたら自然に重音が弾けちゃったの。本当にごめんなさい。」この歌穂の発言に2人のママ、審査員の皆さん方、そして響子さんに衝撃が走る。「えっ?歌穂ちゃん初めて重音を弾いたの?」大人の皆さんが声を揃えるように問いかけた。
「そうか!優ちゃんの練習を見聞きしていたからだね!」優太ママにそう言われて頷く歌穂。
同じピアノルームで練習していた優太君のレッスンを身に着けてしまったということだ。
「歌穂は何にも謝ることは無いのよ。ママたちがいけなかった。歌穂の力量を過小評価してしまっていたの。
本当にごめんなさい。」そう言ってティンカーベル姿の歌穂を抱きしめる信子。
直ぐに学校長さんから大会の中断のお詫びと経緯の説明がなされた。会場からは「おおーっ!」という納得した旨の声が聞こえ拍手の嵐となった。
この驚きは応援に駆けつけていた楽器メーカーさん、芸能プロのお2人にも衝撃を与えた。さっそく芸能プロのスカウト部長さんが会場を飛び出した。それに続いて楽器メーカーの宣伝部長さんも同様に会場を後にした。
コンクールは再開されたが、出演する皆さんは歌穂の演奏に刺激されたせいなのか高得点の連続だった。これには審査員の皆さん方も「大誤算だ!」と嬉しい悲鳴を上げていた。
控室に戻った歌穂の周りには参加者の皆さんが集まって来た。驚きを通り越して感動しかなかったからだ。
優太君も同じ気持ちだった。いつの間にか自分の練習メニューを身に着けていた歌穂に感心するしかなかった。やはり歌穂は両親から受け継いだ遺伝子を持つ天才児だと心の底から思った。
いよいよ優太君の出番、今大会の大トリだ。
「優太お兄ちゃんがんばってね。」可愛らしいティンカーベル姿の歌穂の応援を受けにっこりと笑ってステージへ向かう優太君。大歓声でアナウンスがかき消されてしまった。
優太君がステージに現れると黄色い声援と物凄い拍手だ。さすがに“ヴァイオリン界の貴公子”と言われるだけのことはある。華麗な立ち位置からヴァイオリンを構える優太君。会場が注目する中、課題曲「カノン」が流れる。優太君らしい流れるような演奏。これが優太君の最大の魅力だ。会場の女性ファンの皆さんの目が潤んでいく。そして自由曲は、何と「トルコ行進曲」だ。会場内に驚きが走る。「ヴァイオリンで?」
『優太君がんばって!』美穂は目を閉じて祈るような気持だった。練習で美穂のレッスン室まで出向いて2人で演習した曲だ。美穂のピアノについて来れなかった優太君だったが次第に演奏スピードを上げながら到達できた超難解な技法と言えた。
軽快な演奏が始まった。息を飲むように優太君の演奏を見つめる会場の皆さん。
「ああーっ!」再び響子さんが声をあげた。
「えええーっ!」審査員の皆さんも驚きを隠せなかった。
高速の演奏の中で重音を使い巧みなビブラートで余韻を残すという大技を組み入れての演奏だからだ。
「さっきの歌穂ちゃんだけじゃあないわ!何なのこの子たちって!」マネージャーさんに止められるほどの声を思わず挙げてしまう響子さん。
一旦席に戻った楽器メ-カーの宣伝部長さん、芸能プロのスカウト部長さんが再び会場を飛び出していった。副社長さんは満面の笑みだ。
強烈なインパクトを残して優太君の演奏は終わった。
美穂は立ち上がって優太に拍手を送った。優太君もそんな美穂に笑顔を送った。審査委員さんたちも言うことは無いといった表情だった。
「響子さん、コンサートに来てくれたあの子たち、大活躍ですね!」マネージャーさんが響子さんに飛び付いた。「響子さん!あれ、ビデオ化しましょう!」
一旦通路に出た副社長さんが携帯電話で話をしていた。「帰ったら緊急役員会議だ。」その横で楽器メーカーの宣伝部長さんが檄を飛ばしていた。「“エチュード”のCMを3倍にしよう!」
こうして優太君と歌穂を取り巻く環境は大きく動き始めた。
総合優勝は優太君と歌穂だった。注目された得点数は2人とも“採点不能”、つまりアマチュアのレベルを超えているということだった。
会場内は歓声が渦巻いていた。そんな中表彰式が行われた。参ったという感じの学校長さん。総評は2位以下の皆さんへのものから始まり、最後にとんでもない記録を打ち立てた優太君と歌穂に最大の賛辞の言葉が送られた。「あと、美穂ちゃーん!ちょっとおいでよ!」そう言って会場にいる美穂を呼ぶ学校長さん。
皆が注目する中、スタッフさんに先導された美穂がステージに上がる。それを嬉しそうに迎える学校長さん。
「皆さん、今回、いや、昨日のピアノもそうだった。陰の立役者美穂ちゃんです。今回の「トルコ行進曲」そして「チゴイネルワイゼン」、更に昨日の里穂ちゃんの「チゴイネルワイゼン」そして美穂ちゃん本人の「カルメン幻想曲」はすべて美穂ちゃんの思いやり溢れる編曲でした。素晴らしかった。美穂ちゃん、あなたは本当に陰の立役者と言えます。素晴らしいものを聴かせていただきました。よって“審査員特別賞”を贈らせていただきます。おめでとう、そしてありがとう!」ホール内に拍手が鳴り響いた。
『これは音大とも協議が必要だな!』副社長さんは美穂の受賞を見ながらそう思った。
恒例の記念写真は優太君と歌穂を中心に行われた。美穂は一番隅っこで撮影に臨んだ。それを気にした2位と3位の男性2人が隙間を開けてくださり普段着ながら3人の並びが実現した。カメラのまばゆいフラッシュに動じることもなくフィルムに収まる歌穂は落ち着いた余裕の表情に見えた。そんな歌穂の背中に手を添えていたのは美穂だった。やはり表向きはしっかりしていたが、実はかなり緊張していたようだ。
歌穂は何時もの笑顔に戻り美穂、優太君と共にカメラに笑顔で収まっていった。
恒例となった美穂と記者さんたちの切れのあるやり取りに少し驚いた表情を見せる歌穂の顔が可愛かった。しかし、こんな可愛い子がプロの様な演奏をするとは!カメラマンさんや記者さんたちにはとても信じられなかった。
お昼を頂く余裕もなかったので携帯電話で連絡を取り合って音大の食堂へ向かう。既に16時近かった。
何時もの様に個室を借りて皆でのお喋りが弾んだ。
思い思いのものを食べ、デザートとお茶を頂いていると個室のドアをノックする音が。ドアの近くにいた伊藤さんが対応する。と「どうぞ!どうぞ!」と笑いながら話している。全員がドアを見ていると「こんにちわーっ!」という聞き慣れたアニメ声が!
「ああーっ!遥香お姉ちゃん!」全員が立ち上がって手を叩いて遥香さんを迎え入れる。遥香さんによると丁度個人レッスンが終わったところだそうでお茶でもと思って学食に来たらチーフのお姉さんから「皆さんが個室にいらっしゃるわよ!」と教えられたのだそうだ。久しぶりに会った音大生の遥香さんはすっかり大人びていた。お化粧もばっちりと決め高校時代とは全く雰囲気が違った。そんな遥香さんを3姉妹がじっと観察する。
「そうそう!外はすごい騒ぎだよ!優太君と歌穂ちゃんの演奏がどうだこうだって!」そう言いながら注文したミルクティーを一口頂く遥香さん。
「そうなのよ、遥香さん。2人とも演奏が見事過ぎて点数が付かなかったのよ!」美咲さんも少し興奮気味で遥香さんに説明する。
「ええーっ!じゃあ0点だったの?」
久しぶりの遥香さんの天然の大歩危に全員が大笑いだった。
「それでね、歌穂の演奏の後で響子さんが喜びのあまり飛び出してきちゃったの!わが妹ながらプロの響子さんをあんなに感動させるなんて!素晴らしいと思ったわ!」里穂がカップの中のミルクティーをスプーンでくるくるかき回しながらそう話した。
「えええーっ!あの冷静沈着な響子さんを!」信じられないと言って驚く遥香さん。
「響子さんと言えば、歌穂ちゃんのピアノ演奏の後お母さんの名前を当てて、今日のヴァイオリンの演奏の後も歌穂ちゃんに何か囁いていたわよね。」優太ママがそう話すと「うん。響子さんの技を弾ける人は私と光一さんだけと言ってくださったの。びっくりしちゃった。やっぱりプロの人って凄いんだなあって思ったの。」歌穂はそう言って少し嬉しそうに下を向いた。
「話は変わるけど、外が大騒ぎってどういうことなの?」美穂が遥香さんに尋ねた。
「そうそう、テレビの中継車が何台も来て、記者の人たちの数が凄いの。ホールから出てきた人たちに色々インタビューをしているみたい。」そう伝えてくれる遥香さん。
ほぼ同じタイミングで信子と若菜さんの電話が鳴った。2人で部屋の外へ出て行く。続いて伊藤さんにも着信が。
「何だか慌ただしそうね。」美咲さんが心配そうに漏らした。最初に戻って来たのは若菜さんだった。「今うちの副社長から連絡があって社内に新しい“クラッシック音楽部”が出来るそうなの。そこに皆さん全員で関わって貰えないかというお話なのよ。もちろん美咲さん、瞳さんもよ。2人とも考えておいてね。」
今度は伊藤さんが少し慌てて戻って来た。事務所に響子さんが見えて昨年末のクリスマスコンサートをビデオ化して販売するということだよ。5人とも未成年だから肖像権などの問題もあるからこれから協議を始めるそうだよ。」と嬉しい話を持って来てくれた。
「後はママかあ。何の話だろう?」里穂が呟く。
するとドアをノックする音が。そして信子が入って来た。どうやら誰かを連れてきたようだ。
「おじゃまするよ。」そう言って入って来られたのは理事長さんと学校長さんだった。全員で起立してお出迎えをする。空かさず優太ママが自分の席を開けると美穂と里穂が食器を片付ける。
「いやいや、お楽しみのところ申し訳ないね。」そう言って「信ちゃん、悪いけどホットコーヒー2つ頼んでくれるかな?」
動こうとする信子を美穂が遮る。「ママが居ないと話が進まないんじゃあないの?」
「美穂ちゃん!ごめんね!」そう言って両手を合わせる学校長さん。
「実は今回のコンクールで優太君と歌穂ちゃんの演奏について学部長を集めて会議をしていたのですが“殿堂入り”という扱いでコンクール参加を免除することになりました。その代わりに音大オーケストラの1員としてお迎えすることとなりました。2人にはソロのヴァイオリニストとして参加していただきたいと思っています。あと、美穂ちゃん、あっ、コーヒーありがとうね、そのまま聞いて欲しいんだけれど、美穂ちゃんにはソロピアニストとして同じ楽団に所属して欲しいんだよ。そして里穂ちゃん。里穂ちゃんにも来て欲しかったのだけれど既にサッカーリーグのマスコットガールの仕事が入っていて楽団とのスケジュールが合わないんだよ。だから今回はごめんね。」
「学校長さん、私も土日にスケジュールが入っているのですが・・・。」美穂が不安そうに尋ねる。
「いや、美穂ちゃんは里穂ちゃんと違って1年中ビッシリじゃないし、ソロピアノの仕事は毎週あるものでもないのが現実でスケジュールの都合は付け易いのだよ。」学校長さんはそう言ってコーヒーをすすった。
「あのう、私の方からも。」そう言って発言する若菜さん。「実は社の方から皆さん方の音楽CD発売の話が挙がっておりまして、副社長の方からご連絡が音大さんの方へ行くかと思っております。」その話に驚く8人。お互いに顔を見合わせて喜んでいる。
「そうですか。実は学内にもそう言う機運が盛り上がっておりましてな、それは今後が楽しみですな。」
そう言いながらお2人は帰って行かれた。
部屋に残った全員が喜びにあふれていた。
「あのう、最後の最後で申し訳ないのですが、里穂ちゃんにスポーツ飲料のCM依頼、これはのど飴の会社さんからです、が来ています。それと美咲さんと瞳さんに輸入高級ベッドのCM曲と出演の依頼が来ていますよ。」
「うふふ、歌穂には“エチュード”の第2作目のオーダーが来ているわよ。さっき千里さんから電話があったわ。あと、美咲さんと瞳さんは何処かの事務所とかに所属されているのかしら?」
こうして大きな歯車が動き出した。
コンクールが終わった後も7人の活躍は続いていく。
美咲さんと瞳さん姉妹は高級輸入ベッドのCMソングだけでなくCMそのものにも出演することになった。姉妹の演奏だけでなく醸し出す優美さが早くも話題となっていた。
里穂はスポーツ関係の番組などへのゲスト出演が増え、ついには自分のピアノ演奏をオープニングにした専用コーナーを持つまでになった。
優太君と歌穂は音大オーケストラだけでなく各音楽番組やコンサートに招待されていたが次第に自分自身のコンサートを開くまでとなった。
練習時間が少なくなることを考慮して楽器メーカーさんのご提供を受けて、優太君以外の全員が電子ピアノを持ち歩いていた。
芸能事務所は専門部署を設け7人のスケジュール管理とマネージャーを一人一人に着け、更に警備も数人で行うという鉄壁のマネジメントを行なっていた。
7人は全員が『セブンミュージック』の社員となり芸能事務所へ出向する形をとっていた。
4月末のゴールデンウイークに入ると優太君と音大オーケストラのコラボ演奏会ツアーが行われた。
初日は音大ホールで16時開演だ。優太君はこのコラボ演奏会でトリを務める。
控室で落ち着こうと瞑想する優太君の傍で優太ママの方が落ち着かなかった。
「おはようございます!」元気一杯で登場したのは楽団のコンマス郷野さんと指揮を務める学校長さんだ。
慌てる優太君に「そのまま、そのまま!」と笑って制止するお2人。更に落ち着かない優太ママを見てくすくす笑う。「みっちゃんでも落ち着かないことがあるんだね。」そう言って今度は大笑いするお2人。
「く、く、くっ!みっちゃんだって!」今度は優太君が大笑いする。一通り落ち着くとオーケストラの皆さんの元へご挨拶に向かう。
信子は歌穂と一緒に2階にある特別席に居た。ステージに向かって左右に縦に並ぶ個室の観覧席だ。歌穂は初めての個室に落ち着かない様子だった。
ステージ上では楽団による音合わせが始まっていた。様々な音色の飛び交う独特の雰囲気に初めて出会う歌穂は目を輝かせていた。
「おはようございます!」ノックの後、そう言って入って来たのは響子さんと遥香さん、そしてマネージャーさんだ。さっそくハグし合う響子さんと歌穂。もうすっかり仲良しだ。
「美穂ちゃんと里穂ちゃんは来れるのかしら?」遥香さんが心配そうに呟く。
「そうね、でも優太君の出番は17時過ぎだからどうにか間に合うかしら。美咲さんと瞳さんはCM撮影だし・・・。」里穂についてくれている香澄さん、美咲さんと瞳さんについてくれている若菜さんからはまだ連絡は来ない。
お客さんが入り始めた。
「そうか、美穂ちゃんは披露宴での演奏だったわね。すごく評判が良いみたいですよ信子さん。うちの女性スタッフが友人の結婚式に出席したんです。そしたら披露宴のピアノ奏者が美穂ちゃんだって、もう大騒ぎだったらしいですよ。記念写真まで撮らせていただいたって喜んでいます。」そんな話題で盛り上がる。
話が一段落すると信子は歌穂を誘ってお手洗いに。そんな2人を見送る響子さんら3人。
「いつもあんな感じでお手洗いに誘うんですよ信子さん。」そう言う遥香さんも響子さんを誘って2人の後を追う。
「あんなにリラックスしている響子さんを見るの初めてだわ。」マネージャーさんはそう独り言を呟いてくすっと笑った。
4人が戻りお茶を頂いていると幕が上がった。
ピアノの前には誰も座っていない。座っているはずの信子は歌穂のすぐ傍に居る。
「ピアノさん、寂しそう・・・。」小さな声でそう囁く歌穂。
「うふふ、そうね。でもね、歌穂、ピアノさんは今日はお休みの日なの。だから歌穂と一緒に見学するんだよ。」優しく歌穂に話しかける信子。
『そうか。こうして子供たちの気持ちに寄り添っているんだわ。だから皆、どの子も素直でのびのびしているのね。やはり信子さんの選んだ教育の道は間違ってはいなかったようね。』響子さんは横に座っている信子と歌穂をじっと見つめた。きらきらと目を輝かせじっと全身でオーケストラの音を小さな身体一杯に感じている歌穂。それは4年前の美穂の姿と重なるほどだった。そんな歌穂を見ていた響子さんが驚く。
歌穂は左指を動かして流れてくるヴァイオリンの調べを拾っているのだ。響子さん自身でさえ幼い頃でもやったことが無かった。楽譜を見てからヴァイオリンを構える、それが当たり前だと思っていたのだ。そう、昨年末のクリスマスコンサートの時に美穂が控室でやっていたエアーピアノのヴァイオリンバージョンだ。『それで練習場所にこだわらず練習が出来るんだわ。』改めて2人の練習にかける気持ちの重さを知った響子さんだった。
「遅くなりましたあーっ。」ドアを小さくノックして入って来たのは美咲さんと瞳さん、そして若菜さんだ。
挨拶もそこそこに後ろ側の席に座り演奏に聴き入る。
長かったマーラーの「交響曲第2番『復活交響曲』」が終わろうとする頃ドアをノックして美穂と伊藤さんが駆け込んできた。それに続く様に里穂と千里さんもどうにか間に合って到着してくれた。
小休憩の間のお喋りの花が咲く。そして休憩が終了して開幕のブザーが鳴り客席の照明が落とされる。
幕が上がるとスポットライトに照らされた優太君が立っていた。ホールの全ての視線が優太君に注がれる。
『優太君頑張って!』祈るように優太君を見つめる美穂。優太君のヴァイオリンはオーケストラの皆さんと一体化して演奏を続けていく。さすが十八番の「ホ短調作品64」だ。若干11歳の優太君がオーケストラの皆さんに負けない位の音量でヴァイオリンを弾いていく。ソロのパートでは重音を響かせる優太君。それを聴きながら「優太お兄ちゃん!すごおーい!」そう言って両手を叩く歌穂。ピアノの伴奏と違ってオーケストラを引き連れての演奏は迫力が違うと美穂は思った。しかしその一方でオーケストラに負けないピアノ演奏を考えていた。自然と美穂の指が動く。
「美穂お姉ちゃん、第1と第2ヴァイオリンをピアノで弾けばオーケストラに負けないよね?」歌穂がそう美穂に言った。これに反応したのは美穂だけでなく、信子と響子さんだった。「でも、ステージにはピアノを2台以上は置けなんじゃないかしら?」里穂がそう言って慌てて口を抑える。
「こらこら。今は優太君の演奏に集中しましょうね。」信子に注意され小声で「ママ、ごめんなさい。」と小声で謝る3人娘。
しばらく優太君の演奏が続いていたが「あっ!」歌穂が突然声をあげた。「たいへん!」そう言って自分のヴァイオリンを取り出し部屋の外へ飛び出していった。あっという間だった。そんな歌穂を里穂が追う。
信子は歌穂が何をしたいのかが今一つ分からなかった。
「あっ!そうか!」今度は響子さんが叫び声をあげた。
「信子さん!優太君の弦が切れそう!」そう言って立ち上がった。そんな響子さんの目と無言でこちらを見ている優太ママと目が合った。ジェスチャーでヴァイオリンを届けると表現する響子さん。それに無言で頷く優太ママ。するといきなり指揮をしていた学校長が片手でジェスチャーをした。スタッフさんがそれを見て振り返るとヴァイオリンを持った歌穂が息を切らして立っていた。「良く分かったね。」スタッフさんは微笑んで歌穂をステージ脇の階段へ案内してくれた。「あと3小節でお兄ちゃんの独奏が一旦切れます。その時に渡します。」そう言ってスタンバイをする歌穂。指揮者の学校長さんは横目で歌穂とスタッフさんを見てにっこりと笑った。
「よし!GO!」スタッフさんの合図と共に身を屈めてステージ中央の優太君の元へ。学校長さんの視線の先を見た優太君の目には自分のヴァイオリンを差し出す歌穂が居た。オーケストラの皆さん方もその光景を見て微笑んでいた。客席も「???」といった感じでこの珍事を見つめていた。歌穂がスタッフさんにお礼を言って貴賓室に引き上げて行った後の優太君の弾くヴァイオリンの音にオーケストラの皆さん方が驚愕する。全く音が変わらなかったからだ。その中で優太君と優太ママだけがにっこりと微笑んでいた。
「ということは歌穂ちゃんが持っていたヴァイオリンは優太君と同じもの?」学校長さんは指揮棒を振りながら唱えるように小声で囁いていた。
案内係のお姉さんに付き添われて貴賓室へ戻ってきた歌穂と里穂。心配した信子が歌穂を抱きしめた。
「ありがとう歌穂。」そう言って歌穂に頬ずりする信子。響子さんに一部始終を聞かされていたのだ。
「歌穂ちゃん、良く気が付いたわね。えらいわ!」響子さんも褒めてくれた。歌穂は皆に褒められて恥ずかしそうに下を向いた。
「うわあ!殆ど切れかけているわ。」響子さんはそう言ってE線にそっと手を触れた。「キン!」と言って一番細いE線は切れてしまった。
優太君の演奏はいよいよ最後の山場に差し掛かった。
そして素晴らしい音のまま曲を締めくくった。
会場に向かって全員起立してご挨拶。すると指揮者の理事長さんが歌穂のいる貴賓室を指差す。そして全員が歌穂に謝意を能わす最敬礼をし、一斉に拍手をした。歌穂は驚いて何度もお辞儀を返して大いに照れまくっていた。
貴賓室にいた全員も歌穂に拍手を送ってくれた。
最後に、指揮者である学校長さんが事の顛末を会場の皆さんに説明した。会場からは「おおーっ!」という驚きの声が。こうして初日の演奏会は無事にお開きと
なった。
貴賓室を出て全員で控室へ向かう。ちびっ子たちだけでいるとすごく広い控室も大勢の男性楽団員さんたちが居るとかなり狭く感じる。さっそく皆さんの大歓迎を受ける歌穂。真っ先に歌穂を抱き上げてくれたのは学校長さんだ。さすがに他の女性の皆さんは廊下で待機となった。歌穂を抱き上げて嬉しそうな学校長さん。
「歌穂ちゃんは良―くお勉強をしているね。何でE線が切れそうだって分かったの?」そう歌穂に尋ねると「ヴァイオリンさんが教えてくれたの。急に半音高くなって教えてくれたの。」と、とんでもない答えが返ってきた。驚く楽団員の皆さんたち。
「そうかそうか。たくさん練習をしてきたから分かったのだね。立つ姿がとてもカッコいいからおじちゃんはこの間のコンクールで、一発で歌穂ちゃんのファンになっちゃったよ。」
「わあ!ありがとうおじちゃん!あの立ち方はパパに習ったんだよ。」そう言って自慢する歌穂。
「お父さんとお母さんのことは覚えているのかな?」
「うん。お母さんのことも良く覚えているよ。パパの名前は光一、ママの名前は五月だよ。」歌穂の発言に衝撃が走る。皆、顔を見合わせて驚いている。優太君もまさか歌穂がそこまではっきりと口に出すとは思っていなかった。
「そうか、そうか。実はおじちゃんは歌穂ちゃんが弾くピアノの音でママのことが、そしてヴァイオリンを構える立ち姿でパパのことが分かったのだよ。」学校長さんがそう言うと「ママも優太ママもすぐに分かったって、そして響子お姉さんも。」さらに「皆、すごいなあ。それだけで分かっちゃうんだあ。」と笑った。
「皆このことは他言無用にしよう。」学校長さんがそう言うと皆さんは「もちろんです!」と返事を返してくれた。「優太君は知っていたのかね?」と学校
長さんに聞かれた優太君は先日初めて聞かされたことを、そして美咲さんの留学の話を聞き、歌穂が自分の記憶の中から話し始めたことを伝えた。
「そうか!そうか!辛い思いもしたんだね。」そう言いながら歌穂を再び抱き上げる学校長さんだった。
GWは皆がレコーディングのためにスタジオに詰めっきりだった。美穂と里穂と優太君は途中で抜けざるを得なかったが歌穂はクラッシクの録音と同様及び文部省唱歌の録音で大忙しだった。しかし、ほとんどNGなしで乗り切りプロデューサーさんを始めとするスタッフさんたちを驚かせた。その歌穂のヴァイオリンの音に合わせて遥香さんがピアノを演奏する。
その音を合わせてカラオケを作成する。更にそのカラオケに遥香さんの歌声を合わせてちびっ子向けの歌唱集を作り上げるのだ。一方、美咲さんと瞳さんはピアノの重奏でクラッシックの名曲を収録していく。
このGW中にCD5枚を収録し販売することだ。「よい子のお歌集」「良い子のお歌カラオケ集」「魅惑のクラッシックピアノ編」「魅惑のクラッシックヴァイオリン編」そして美穂編曲の「ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64(ヴァイオリンとピアノ6台による初の試み)」というラインナップだ。
これらのCDは音大、楽器メーカーの協力の元、芸能事務所から“セブンミュージック”レーベルとして販売される。大規模スタジオに6台のグランドピアノが用意されての収録は想像を絶する大迫力だった。さすがに気の合った7人ということもあり、大きなNGもなく和気あいあいと録音が行われた。それと同時に映像も撮影された。収録に立ち会われた学校長さんを始めとする皆さんから色とりどりの衣装を身に纏った女子6人と唯一の男子優太君の艶姿にお褒めの言葉が投げかけられ、7人の雰囲気の良さも合わさって終始和やかに収録を終えた。
モニターで7人全員が仕上がり具合をチェックする。
「わあ!何で私がこの色のドレスなのかが良く分かったわ!」女子6人はVTRの色合いを見て計算された配色であることに感心していた。
5月を迎えると7人の忙しさは増す。学業優先のために仕事を割り振るのだが、仕事が休祭日に集中してしまうからだ。特に里穂は毎日サッカー関連のイベントに出演し、優太君は毎日夕方からのコンサートに出演、遥香さんは響子さんの伴奏役としてツアーに同行するといったGWの日程だった。
そんな中、遥香さんの卒業した学園高校主催の五月祭に出演するのは美穂と歌穂、そして美咲さんと瞳さんの4人だけであった。しかし、この4人だけでもレパートリーは豊富だ。特にトリを務める美穂と歌穂のコンビは大変珍しく学園高校の放送部、美咲さん、瞳さんの通う学院大学などからもテレビカメラを設置されていた。
歌穂は何故か大人気だった。それは優太君の音大コンサートでのハプニングの件が一斉にワイドショーなどで放送されたからだった。素早い身のこなしを見せてヴァイオリンを届ける歌穂とそれを見て微笑む指揮者の学校長さんを始めとするオーケストラの皆さん方の笑顔がアップで流れたからだ。そのため学園高校の体育館は押しかける大勢の観客に対応して立見のみとなっていた。美穂、瞳さん、美咲さんとピアノの演奏が終わり、美穂と歌穂のコンビによる「チゴイネルワイゼン」の演奏となった。
生徒たちだけでなく美咲さんと瞳さんも楽しみにしていたからだ。2人はソロでしかピアノを弾いたことが無いため特に楽しみにしていた。
舞台袖に椅子を4脚用意していただきそこを控えスペースとした。
いよいよ美穂と歌穂コンビによる初めてのセッションが始まった。アナウンスで曲名「チゴイネルワイゼン」が発表されると体育館内は大歓声に包まれる。
拍手で迎えあられ演奏準備に入る2人。
歌穂が美穂のピアノの方へ身体を向けると美穂が微笑みながら頷く。そして歌穂がビシッ!とヴァイオリンを構える。静まり返る体育館。
美穂の力強い序奏が始まる。それに続いて歌穂のヴァイオリンが続く。歌穂の小さな身体から美穂の力強いピアノに負けない位のヴァイオリンの音が発せられる。歌穂の前にはマイクが2本立っているが、あくまでもこれは収録用の物で体育館内に拡大させて流れされるものではない。広い体育館に美穂のピアノと歌穂のヴァイオリンの生音が流れていく。
歌穂の7歳とは思えないヴァイオリンの演奏テクニックに驚き、そして飲み込まれていく観客の皆さん。
それにテンポ良く美穂のピアノ演奏が花を添える。
さらに磨きがかかった歌穂の重音演奏に驚きを隠せない体育館内。そして響子さんを彷彿させる重音から次の音への繋ぎとして使われるビブラート。
「歌穂ちゃんって!」瞳さんが口を両手で押さえながら声をあげる。
「うん。間違いなく“天才”だわ!響子さんのプロの技を見聞きして直ぐに自分の演奏に取り入れて当たり前の様にそれを演奏する。」頷きながら歌穂と美穂を見つめる2人。いつしか歌穂の伴奏を務めてみたい!そう思う2人だった。
一方、伴奏をする美穂も歌穂の演奏テクニックの進歩の速さに驚いていた。コンクールで初めて披露した重音演奏。それから10日程しか経っていない今日、響子さんのプロの重音テクニックを披露する歌穂に恐ろしささえ感じていた。リクエストが来たら『カルメン幻想曲』に移ろう!と密に考えていた。
第3楽章の高速演奏に入って行く。ピアノの高速演奏に負けじと歌穂のヴァイオリンが唸りをあげる。行きを飲む体育館内。一分の狂いもなくピアノとヴァイオリンの音が流れる。そして圧巻のフィニッシュだ。
美咲さんと瞳さんが椅子から立ち上がって拍手を送る。体育館内は大きな拍手と共に「アンコール!」の嵐だ。一旦舞台中央で2人揃ってご挨拶。割れんばかりの拍手の中で美穂が歌穂に囁きかける。
「えっ!」驚く歌穂。「いいの?」目で問う歌穂に微笑みで返す美穂。そしてピアノの元へ戻っていく。
これに体育館内は大いに沸いた。
歌穂が再びヴァイオリンをビシッ!と構える。
静まり返った体育館内に美穂の力強い序奏が鳴り始めた。「カルメン幻想曲」だ。通常は優太君とのペア曲だ、だが、今日は初めての美穂と歌穂のペアリングだ。さすがに驚く美咲さんと瞳さん。
「え?美咲お姉さん、これって!」瞳さんがステージを見つめてそう言った。
「ええ。初めて聴くわ!」美咲さんもそう言ってステージを凝視していた。
歌穂の豪快な演奏が始まる。小さな身体から放出されるヴァイオリンの音色。とても子供が出しているとは思えない大迫力だ。そしてそれに取り込まれていく体育館の聴衆者の皆さん。そんな中美穂と歌穂は時折笑顔を見せながら演奏していく。そんな姿を見て羨ましく思う美咲さんと瞳さんだった。厳格な環境の元に育ってきた2人にとっては余りにも自由過ぎる美穂と歌穂の姉妹。しかも美穂は自分たちの従妹なのだ。
「楽しく演奏出来て初めて音楽!だって美穂ちゃんが言っていたけど、本当にその通りね。」そう言う美咲さんに大きく頷く瞳さん。
美穂と歌穂の演奏は第3部へと入って行く。ここから高速演奏が始まる。息を飲んで見守る美咲さんと瞳さん。美穂の高速演奏のピアノにしっかりとついていく歌穂。しかもそれだけではなかった。重音のみならず演奏の繋ぎの瞬時のビブラート、切れの鋭いピチカート、そしていつの間にか身に着けたオクタ-ブ演奏までも高速演奏で披露したのだ。ピアノを弾きながら美穂は思った。「間違いなく優太君の練習箇所を自分も身に着けているわ!」そう考えると嬉しくなってピアノの音も軽やかになっていく。
「あっ!ピアノの音が変わってきた!この音!どこかで聴いたことがあるわ!」歌穂はそう思いながら時折美穂をチラ見していた。『うふっ。ママと弾いているみたい!』そう感じた歌穂はにこにこと超難関技を繰り出していく。そして圧巻の内に演奏は終わった。
演奏を終えた歌穂が美穂の元へ走って行く。そしてそれを、両手を差し出して迎える美穂。そんな光景に大歓声と拍手が鳴り止まなかった。
舞台袖で2人を見守っていた美咲さんと瞳さんもお互いに抱き合って泣いていた。周りの生徒さんたちは何故泣いているのかが分からなかったが、居合わせた者全員が感動した演奏であったことは間違いなかった。舞台袖へ戻って来た2人を待ち構えていた2人が迎える。そして4人で涙する。
「すごい!最高だった!」そう言って美穂と歌穂を褒め称える美咲さんと瞳さん。
「相当練習したんでしょう?」そう尋ねた瞳さんを驚かせる言葉が返ってきた。
「ううん。今が初めて。ね!歌穂。」美穂の言葉に頷く歌穂。
「私は優太お兄ちゃんの演奏を真似しただけなの。」そう言って笑う歌穂。
「あら、私も里穂の演奏をそっくり真似したのよ。」美穂もそう言って一緒になって笑う。
それを聞いて呆れる美咲さんと瞳さん。
『やっぱりこの2人、天才だわあーっ!』
演奏を終えた4人は体育館の裏口から伊藤さんが控えるワゴン車へ乗り込む。送って頂いた実行委員会の皆さんにお礼を言って手を振る。こうして学園の五月祭の出演は無事に終了した。
なぜかにこにこしている伊藤さんに美穂が尋ねる。
すると、今回の4人の演奏をビデオカメラに収めたという。さっそく家に帰って見てみようということになった。
途中でお昼ご飯を仕入れることになった。
大型スーパーに寄って4人で買い物をする。
最初に野菜を買うことにした。美咲さんと瞳さんはあまり料理をしないとのことでスーパーでの買い物に興味津々といった様子だ。てきぱきと野菜や果物を選んでいく美穂と歌穂に感心することしきりだった。
大量の小松菜と人参、バナナとバレンシアオレンジなどを2人でカートにどんどん入れていく。玉子を仕入れて食パンを大量にカートに入れる。その足で鮮魚売り場へ。もうお馴染みの美穂と歌穂に鮮魚コーナーのおじさんやおばさんから声がかかる。
「毎度!お嬢さんたち!おや?今日はお友達も一緒だね。何探してるの?」知らない人に話しかけられ少し驚いた様子の美咲さんと瞳さん。
「うふっ、こんにちわ。今日はねえ、海鮮丼にしようと思っているの。」美穂が笑顔で答える。
「美穂お姉ちゃん、ホタテが美味しそうだよ。」歌穂がそう言ってホタテを指差す。
「歌穂ちゃんは良いものを見つけるねえ。」そう言っておじさんはホタテを手に取って見せてくれる。
「じゃあ、ホタテを10枚ください。」美穂がそう言うとおじさんはにっこりと笑う。「お嬢ちゃん毎度ありがとうね。さばいてあげるね。」そう言いながらホタテの入ったケースを調理場へ持って行った。その間に柵のものを手に取り吟味する2人。「おじさーん!紋甲イカもさばいてください!」と歌穂が追加注文を伝える。主婦以上の2人のやり取りを驚いた表情で見つめる美咲さんと瞳さん。
鮮魚コーナーの皆さんにお礼を言ってお菓子コーナーへ。駄菓子をほとんど食べないという2人に今度は美穂と歌穂が驚く。食べるのは頂き物のクッキーやおせんべいだという。明日家に寄って好きなだけ持って帰ってくださいとのことでお言葉に甘えることにした。そんな時歌穂が良いものを発見する。それは大きな“割れチョコ”の徳用袋のセール品だ。「うわあ!今日は安いんだね!」美穂と歌穂はそう言いながら籠の中に6袋も放り込む。それを呆れて見ている2人のお嬢様。「お2人ともあんこはお好き?」美穂にそう言われて頷く2人。さっそくお総菜売り場へ向かう4人。そこにはおかず類に交じっておはぎや大福などが並んでいる。
「うわあ!何これ?」2人が驚いたように指を差す。
それは大きなぼた餅だった。どうやらおはぎと言っても一口サイズのものを食べているらしく、このどでかいぼた餅に目をくりくりさせて驚いていた。
「今日は2人のママと優太君が泊りだから7個で良いわね。」そう言いながら巨大なぼた餅を7個かごに入れていく。
何時もの様にカードで会計を済ませる小学生の美穂に驚く2人。そして携帯電話で伊藤さんに連絡を入れる小学2年生の歌穂にも驚かされる。
カート3台を押してワゴン車へ向かう4人。伊藤さんが折り畳みコンテナを広げて待っていてくれた。
買った物を詰め込むと伊藤さんがカートを返しに行ってくれた。
家に着くと美穂はお客さんの2人をピアノルームへ案内する。初めて訪れるピアノルームに驚く2人。
特にグランドピアノに目をロックオンする。
「み、美穂ちゃん!このピアノって・・・。」絶句する2人。
「うふふ。弾いてみます?」そう言いながらカバーを開ける美穂。美咲さんは恐る恐るピアノ椅子に座り鍵盤に指を置く。澄んだ音が部屋に鳴り響く。
「綺麗な音。何だか嬉しくなっちゃうわ!」美咲さんはそう言いながら「エリーゼのために」を弾き始めた。
華麗な指の動きとピアノの音のマッチングに瞳さんも美穂もうっとりと聴き惚れてしまう。
続いては瞳さんが弾いてみる。「渚のアデリーヌ」を弾きながら自分でも目を閉じる程陶酔しているようだ。瞳さんの演奏が終わると美咲さんがスタンダードピアノを指差して言った。「このピアノは?」
「この子は学校の体育倉庫で泣いていたの。だから家に連れてきたんです。」そう言いながら「旅の夜風」を弾き始めた。軽やかな音を奏でるスタンダードピアノ。「音が違うのね。」瞳さんがそう気づいた。
「はい。中はプロ仕様です。老人ホームや保育園のピアノと同じ仕様です。」美穂が説明をしているとインターホンが鳴りランプが点滅する。歌穂からだ。
「お昼の準備が出来たみたい。」
3人がテーブルに向かうと歌穂と伊藤さんが食卓の準備をしてくれていた。
5人で昼食を頂く。「サンドイッチはハムチーズ、タマゴ、ツナマヨの3種類です。」そう言ってスープを渡してくれる歌穂。
「ありがとう!いただきまーす!」と元気な声をあげる3人。何時の間にか伊藤さんも自然と加わっていた。
「おいしいね!」口々にそう言いながらサンドウィッチを食べ比べる5人。
普段、こうして食卓を囲むことが無いという2人も次第に慣れて、自然とお喋りの輪に入って来れるようになっていった。
「美穂お姉ちゃん、もうすぐ2時だよ。」歌穂が壁の時計を見てそう教えてくれた。
「あら!もう行かなくっちゃあ!」美穂と伊藤さんは慌てて準備をする。
「お姉ちゃんたちはこれから結婚式場へ行くんです。だからレッスンルームは私がご案内しますね。」そう言ってにっこり微笑む歌穂。
3人で美穂と伊藤さんを見送ると早速地下のレッスンルームへ。地下に驚く2人を案内して階段を下りると部屋の入り口が2つ並んでいる。左右対称に造られたレッスンルームに入る前に非常口の説明を受ける2人。なるほどと驚いて1号室へ入る。それ程広くはないがスタンダードピアノが置いてありそこそこのスペースは確保されている。簡易デスクと椅子、ソファーまである使い勝手の良い空間に見えた。隣の2号室は同様の広さで1号室とは真逆の配置になってスタンダードピアノなどが置かれていた。
インターホンの使い方をレクチャーされて早速1号室に美咲さん、2号室に瞳さんが入り練習をすることになった。楽譜も揃えてあるためかなり効率良くピアノが弾けるのだ。
歌穂は後片付けを済ませてピアノルームでヴァイオリンを弾く。明日の学院祭での演奏の準備だ。何を弾くかはまだ決めていないが「チゴイネルワイゼン」「カルメン幻想曲」「ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64」は何時でも弾くことが出来た。その他の小曲集などもこの歳ですでにマスターしている歌穂だった。
時計を見ながら練習に励む歌穂。高速演奏を何度も復習し磨きを掛けていく。時折モニターで地下の様子をチェックする。2人とも何だか楽しそうにピアノを弾いている。それを見てほっとひと安心する歌穂だった。
澄み切った青空の元、美穂と歌穂を乗せた車は学院へ向かっていた。今日は美咲さんと瞳さんが通う学院の若葉祭だ。学院主催の全体行事とあって広い学院内は大勢の人で賑わっていた。10時開演の音楽フェスティバルは幼稚舎から大学までの女子の皆さんたちで大入り満員だった。中でも美咲さんと瞳さんのピアノのソロ演奏は大人気で黄色い声援が飛ぶほどだった。
もう慣れてしまった職員専用通路を大きな荷物を背負った伊藤さんに先導されるように歌穂、美穂の順で歩いて行く。大ホールの入り口で実行委員の数名の方が出迎えてくださった。
学院に通い始めて3年経ち、当時大学1年生だった皆さんはもう3年生、実行委員会の中核だ。懐かしいよもや話に笑い声が廊下に響く。ホールからはバンドの演奏するギターやドラムの音が漏れ聴こえてくる。
案内された控室には大量のお菓子やホットスナック、軽食が並べられている。最初は遠慮していた歌穂だがぱくぱくと遠慮なく頂いている美穂を見習ってたこ焼きを摘まんでみる。
「わあ!おいしい!」思わず頬が緩む歌穂。そしてそのたこ焼きを伊藤さんにも勧める優しい歌穂。
「うん!これはうまい!」目を細めながら伊藤さんも頷く。それに釣られるように美穂もたこ焼きを摘まんで口に入れる。「ほんとだ!すごく美味しい!」家事を担当する2人は顔を見合って微笑む。
「美味しいでしょ?」そう言って入って来たのは先に演奏を終えた瞳さんだ。「家政科の皆さんの出店のたこ焼きなんだよ。」そう言って自分も一口ほおばる。
「昨日は遅くまでお引留めしまして・・・。」小2らしからぬ歌穂の挨拶に大うけする瞳さんと美穂。
「あっ!それって新しいヴァイオリン?」歌穂のヴァイオリンケースを見た瞳さんが歌穂に尋ねる。
「うん。“エチュード”。今日はこの子と一緒なの。」嬉しそうな歌穂。
「この子は歌穂が色々アドバイスをして出来上がったんですよ。」美穂がそう説明する。
「わあ!すごーい!『監修:歌穂』って本当だったのね。うちの購買部に置いてあるよ。ヴァイオリン科のお姉さんたちが何時も試し弾きしているの。子供用とは思えないいい音だって皆さん言っていたわ。」瞳さんの言葉に少し恥ずかしいながらもすごく嬉しい歌穂だった。
「と、いうことは、ヴァイオリン科のお姉さん方も見に来てくださっているのね。」美穂がそう言うと歌穂も嬉しそうに頷いていた。
『普通なら委縮してしまうのに・・・。やはり歌穂ちゃんってヴァイオリンの申し子なんだわ!』
「お2人とも、そろそろ着替えてください。」伊藤さんに促されるように更衣室へ向かう美穂と歌穂。
「私も着替えようっと。」そう言って瞳さんも2人に続く。大ホールでは美咲さんがアンコール曲を弾き始めた。漏れ聴こえてくる美咲さんのピアノの音に少し焦りを感じる伊藤さんだった。
「おまたせーっ!」そう言いながら出てきた2人。
「2人とも素敵!」衣装ケースを持った瞳さんが続く。
美穂に譲ってもらったティンカーベルの純白の衣装を身に纏った歌穂。伊藤さんだけでなく実行委員の皆さん方も余りの可愛さに驚きを隠せない。
「か、可愛すぎる!」口々にそう呟いてしまう。
一方の美穂は真紅のノースリーブのロングドレス姿で、逆に小学生とは思えないあでやかさだ。
そんな歌穂に“エチュード”を手渡す伊藤さん。左手に“エチュード”右手に弓を持つ歌穂は眩しく輝いて見えた。舞台袖に着くと周りのスタッフさんたちから悲鳴にも近い歓喜の声が上がる。「かわいい!」「CMそのまま!」
2人の紹介をしながら登場を待つ美咲さんが一瞬固まる。「えっ?だ、だれ?」
そんな美咲さんの仕草に会場が湧く。
そんな中、美穂と歌穂が登場する。会場は騒然となった。皆立ち上がって拍手と声援を送ってくださる。幼稚園の皆は手を叩くのを忘れてポカンと口を開けて2人に見入っていた。
「あっ!」最前列に陣取っているヴァイオリン科のお姉さんたちが歌穂の手にする“エチュード”に気付く。
子供用とはいえかなり良い音を醸し出すことを知っている皆さんは期待するボルテージが上がっていく。小さな子供たちの中からは「私のと同じだあ!」という声が上がる。自分の持つヴァイオリンと同じヴァイオリンの演奏が聴けるのだ。わくわく感が堪らない。
2人を紹介した美咲さんが拍手をしながら舞台袖に引き上げると2人は深々と頭を下げてご挨拶をする。そして美穂はピアノへ歩み寄り何時ものルーティンでピアノに片手を添える。それからおもむろにピアノ椅子に座る。深紅のドレスと黒いピアノが良くマッチしている。
ティンカーベル姿の歌穂が美穂を見る。そっと頷く美穂。ビシッ!とヴァイオリンを構える歌穂。静まり返るホール内。
美穂のピアノが弾ける。静まり返っていたホールに美穂の演奏が静寂を突き破るように響き渡る。それに続く歌穂のヴァイオリン。
「うそ!あのヴァイオリンだよね?」そう言いたそうに顔を見合わせるヴァイオリン科のお姉さんたち。
「うまい!上手すぎるわ!」お姉さんたちは驚愕していた。7歳の女の子の演奏とはとても思えないからだ。しかも想像以上のキャパを発揮する“エチュード”。
身体全体でリズムを取りながら演奏する歌穂の姿はもうプロのヴァイオリニストそのものだった。
「わ、私たち以上かもしれない・・・。」「プロのコンサートにゲスト出演するだけのことはあるわ!」
それを裏付けるのが歌穂の高速演奏と超絶技法だ。
「小学生でオクターブ演奏が出来るなんて!」驚きの表情を隠せないお姉さん方だった。
歌穂十八番の「チゴイネルワイゼン」も第3部に差し掛かるとさらに高速演奏のスピードが増す。目にも留まらぬ指の動きと弓の速さに驚愕するお姉さん方。いや、舞台袖に控える美咲さん、瞳さん、実行委員の皆さん、スタッフの皆さんたちも驚きを隠せなかった。
「あんな小さな女の子がこんな演奏をするのか!」もう驚愕でしかなかった。美穂の演奏もノリノリだった。
リクエストの声も待たずに連続演奏で「カルメン幻想曲」へ入って行く。それを苦笑いしながら追随する歌穂。会場に鳴り響くヴァイオリンとピアノの旋律。
「クラッシックってこんなに凄いんだ!」この前にロックを演奏したパンク姿の女の子たちが会場の片隅でそう呟いていた。
そして圧巻の内に2人の演奏が終わった。と、同時に歓声と拍手が巻き起こる。
2人で揃ってステージ中央で深々とお辞儀をする。そしてお互い見つめ合う。満面の笑みで向かい合う姉妹に温かい拍手が鳴り止まなかった。そんな拍手に送られて舞台袖へ戻った2人を美咲さんと瞳さんがハグで迎えてくれた。4人で満面の笑みを浮かべながら控室へ戻る。そこで学院のアナウンス部と新聞部の取材を受ける。4人で交互に答えていく。練習のこと、学校のこと、将来のことなどの質問が飛んだ。
急に控室の外が騒がしくなった。実行委員の数人が部屋から出て何やら話を聞いている。
インタビューの最後に「楽器を習っている皆さんへ一言。」と聞かれた4人。美穂が代表することにした。
「まず基本を身に着けてください。うちの歌穂は今7歳ですが2歳の頃からヴァイオリンを始めています。だから7歳にして今日の様な演奏が出来ます。
基礎が出来ていればクラッシクは基よりジャズ、童謡、唱歌、歌謡曲とどんなジャンルの音楽を楽しむことが出来ますよ。」美穂の言葉に大きく頷く3人。これにてインタビューは終了し、最後に記念撮影となった。
「失礼します。美咲さん、ヴァイオリン科の皆さんがお話ししたいと・・・。」実行委員会の一人がそう美咲さんに告げた。「私たちは大丈夫ですよ。」美穂がそう告げると「それじゃあお通しして。」と美咲さんが伝える。
「失礼します。お疲れのところ申し訳ありません。私たち学院大学のヴァイオリン科のものです。先ほどのお2人の演奏、すごく感動しました。たいへん厚かましいお願いなのですが、午後からヴァイオリン科の公開セミナーがあります。そこでオブザーバーとして御参加頂けないでしょうか?」
美穂と歌穂にとって嬉しいお話ではあったが伊藤さんから時間的に厳しいとの話があり残念そうなヴァイオリン科の皆さん。「この若葉祭は既に年間予約でスケジュールに組み込まれています。ただ、今回は午前中のみということで、あいにく次の仕事が控えております。他のエベント等のご予定がありましたら私の方へご連絡をお願いします。」申し訳なさそうにそう言って自分の名刺を渡す伊藤さん。その名刺を見て驚く皆さん方。
最後に皆で集まっての記念写真を撮る。伊藤さんにカメラを預けての数枚の写真撮りとなった。
車の移動中にお昼を頂くため用意していただいた軽食やお菓子類を頂いて帰ることにした。
美咲さんと瞳さん、実行委員会の皆さん方にお礼を言って結婚式場へ向かう。もう衣装は着たまま車に乗り込む2人。汚さないようにと割烹着を着せられる2人。お互いの姿を見て噴き出す。「これで心置きなく頂けますね。」伊藤さんがミラーを見ながら笑った。
結婚式場に着くと3人は事務室でご挨拶をして控室へ向かう。もう美穂は自分専用の控室を持っているほど出世していた。更衣室で着替える歌穂。何時もの演奏会の白いブラウスに黒いタイトスカートといったおなじみの格好に少し落ち着く歌穂だった。
サブマネージャーさんが入って来られた。今日は美穂の仕事終わりに歌穂のヴァイオリンとピアノの実技試験が行われる。ヴァイオリンが弾ける人を探しているということを聞いた美穂が歌穂を推薦したのだ。
まだ7歳ではあるが美穂の前例もあり試験を受けることとなったのだった。試験が始まるまでの約2時間、歌穂はヴァイオリンを構えエアーで弓を弾くイメージトレーニングに没頭していた。
あっという間に美穂の仕事が終わり事務室脇の会議室で歌穂の実技試験が行われる。噂を聞いて駆けつけてきたスタッフの皆さん方が廊下で聞き耳を立てている中ピアノの先生とヴァイオリンの先生を案内してマネージャーさんが部屋へ入って行った。
廊下で待っている歌穂に美穂が声を掛ける。
「歌穂、今の歌穂を見てもらっておいで!」そう言って背中を押した。
「歌穂さん!どうぞ!」中から歌穂を呼ぶ声が聞こえた。「よし!いけえーっ!」美穂が小声で檄を飛ばす。
にっこりと笑って歌穂がドアをノックした。
中から元気良く自己紹介をする歌穂の声が聞こえる。
「ピアノ歴は?」そう聞かれた歌穂がはっきりと答える。「昨年の9月から始めましたので9か月になります。」答える歌穂。
少しの沈黙が流れる。「9か月ねえ。何が弾けるのかな?」マネージャーさんが問いかけてくる。
「はい。『愛の喜び』と『結婚行進曲』が弾けます。」
その歌穂の答えに驚くピアノの先生。「そ、そうですか。」
「歌穂さん、ヴァイオリンはいつから?」今度はヴァイオリンの先生からの質問だ。
「はい。2歳の頃から始めています。」はきはきと答える歌穂。
「ヴァイオリン歴は長いのね。」そう言いながらにっこりと微笑むヴァイオリンの先生。
「それでは『愛の喜び『と『結婚行進曲』をそれぞれピアノとヴァイオリンで弾いてください。」
「はい。最初はピアノからでよろしいですか?」小学生らしからぬ言葉使いに好感を持たれるお3方。
歌穂はピアノ椅子に座りカバーを開ける。
歌穂の指が「愛の喜び」を奏でていく。
「えっ?本当に習い始めて9か月なの?」お3方は顔を見合わせて信じられないといった表情だ。
それは外で様子を覗っていたスタッフの皆さん方も同じだった。「何で弾けるんだ?」小さな声でお互いに囁き合っている。「歌穂ちゃん、上手くなりましたね。」伊藤さんが小声で美穂に囁く。頷く美穂。
演奏は「結婚行進曲」に替わった。「最初の出だしは力強く、第3小節から新郎新婦がヴァージンロードを歩き出すから音を弱めてゆっくりと弾くのよ。そうすると花嫁さんが歩きやすいから。」美穂のアドバイスを忠実に守り演奏をする歌穂。
お3方もその見事さにあきれ顔だ。『さすが美穂ちゃんの妹さんだ!』マネージャーさんはそう思いながら書類に赤ペンを走らせた。演奏が終わるとお3方の拍手が聞こえてきた。
「やりましたね、歌穂ちゃん。」伊藤さんは小さく手を叩いて喜んでくれていた。
続いてはヴァイオリンの音が聴こえてきた。
「えええーっ!」お3方の驚く声が聞こえる。
「愛の喜び」をしっとりと奏でる歌穂。その旋律に驚くお3方。さらにお3方は驚かされることになる。
「結婚行進曲」を重音、しかもオクターブ演奏で披露する歌穂。
「し、信じられないわ!」「な、何でこんな演奏が出来るの!」
歌穂の演奏が終わった。「ありがとうございました。」元気な歌穂の声が響く。
「すごいわね。もう基本を通り越してプロの領域だわ!」ヴァイオリンの先生がもろ手を挙げて褒めたたえてくださった。ピアノの先生も同様だった。「マイナスする要素が無いわ!」
挨拶をして部屋から出てきた歌穂を美穂が抱きしめる。「良く一人で頑張れたね。」美穂がそう言うと「うん。」と言って微笑む歌穂。居合わせたスタッフの皆さんたちから拍手が起こる。
少し俯いて恥ずかしがる歌穂の仕草に「かわいい!」という声が飛んだ。
翌日、信子の携帯に結婚式場のマネージャーさんから歌穂の採用の結果が伝えられた。ピアノ、ヴァイオリン共に合格ということだった。報酬はピアノが7万円、ヴァイオリンが何と30万円とのことだった。このヴァイオリンの査定はプロとして認められたものだそうで7歳にしてこの決定は結婚式場が開業以来初の出来事だという。契約書を送るとのことで歌穂の仕事は急展開を迎えることとなった。列車のデッキでこの話を聞いた信子は急いで優太ママと優太君、そして歌穂の居る座席へと戻った。今日は4人で高原町の音楽スクールの発表会にゲスト出演するのだ。その前に町役場、商工会、歌穂想い出の商店街へご挨拶に伺う予定でいた。
市役所ではお世話になった皆さんに、商工会では街の活性化に尽力してくださったと大歓迎して頂いた。
独りぼっちになってしまった女の子がこんなに輝いて帰って来たと皆さん大喜びだった。商店街でも同様だった。魚屋のおじさん、おばさんに八百屋のおばあさん、パン屋のおじさん、ケーキ屋の若女将、皆さんがとても暖かく歌穂を迎えてくださった。皆さん口々にヴァイオリンのCMを見てびっくりされたそうだ。
ブラウン管に明るく屈託のない笑顔を見せる歌穂を見て涙が出たとも話してくださった。
商店街を歩いて楽器店と音楽スクールへ向かう。途中すれ違う方々が気軽に声を掛けてくださった。
楽器店では優太君が久しぶりの春子さんと小春さんとの再会に大喜びだ。そして歌穂を2人に紹介する。
実物の可愛さに驚く2人。2人のママに散々話を聞かされていたという。まさかヴァイオリンのCMの子だとは思っていなかったようだ。そしてその“エチュード”の売り上げが好調だという。子供にやさしい軽さとデザイン、何より音が良いと春子さんも小春さんも太鼓判を押してくれた。ひとまず楽器店を出て高原ホテルへタクシーで向かう。
高原ホテルでは支配人さんを始めとする皆さん、レストランではコック長さんやウエイターやウエイトレスの皆さん方が温かく迎えてくださった。
特にコック長さんは歌穂が一目でお気に召したようで一生懸命日本語で話しかけてくださった。歌穂も終始笑顔で答えていた。
ランチはハンバーグだ。特製デミグラソースとジューシーなハンバーグの最高の組み合わせに舌鼓を打つ歌穂。もうすっかりナイフとフォークにも慣れてマナー良く頂けるようになっていた。焼きたてのフランスパンに手を伸ばし大きな口でほおばる姿は周りのお客さんたちから「かわいい!」と評判だった。
ランチを済ませて皆さんにご挨拶をしてタクシーで高原ホテルを後にする。次に立ち寄るのは霊園だ。
ここは歌穂の実父が眠るところだ。4人で共同墓地に眠る父親にお花を手向け、手を合わせる。それぞれが歌穂の現状を報告する。静かに目を閉じて手を合わせている歌穂の横顔を見た優太君が一瞬泣きそうになる。『皆で歌穂ちゃんを支えていきますね!』そう思うと涙がぽつりと落ちてしまう優太君だった。
お父さんにお別れを告げると町民ホールへとタクシーは向かう。楽屋入り口には大勢のファンが詰めかけてくれていた。スタッフに守られながら4人は楽屋へ向かう。黄色い声援に軽く手を振って応える優太君。
それを見て歌穂は『美穂お姉ちゃんの彼氏ってかっこいいんだあ!』と思った。
楽屋ではヴァイオリンの手入れをしながら演奏の打ち合わせを行なう。今日は、優太ママはマネージャーに徹するという。信子のピアノ伴奏で優太君の「カルメン幻想曲」、続いては歌穂の「チゴイネルワイゼン」をそれぞれ披露する。人気のある優太君が先に演奏してこれからの歌穂に繋げていくという美穂の演出だ。実のところ2人とも信子の伴奏は初めてだった。何時も美穂と里穂がそれぞれの伴奏を務めていたのだ。どんな演奏になるのかはまだ未知数だった。
「大丈夫!信ちゃんに任せなさいって!」そう言って笑い飛ばす優太ママ。少し気が楽になった2人だった。
ホール内は春子さんが言っていた通り親子連れで大入りだ。それを舞台袖で見てきた信子が急に提案した。
「ねえ、4人で「四季」弾きましょうよ。」
突然の提案だったがヴァイオリンの四重奏も悪くはない。「私、弾いてみたい!」初めての夏合宿を控える歌穂が目を輝かせる。「歌穂ちゃん大丈夫?私たちは合宿で何度も弾いているけど・・・。」優太ママがそう心配してくれる。
「大丈夫!「四季」は響子さんのビデオで聴いたことがあるの。」自信満々の歌穂。
『そうだ!歌穂ちゃんは美穂ちゃんと同様に聴いた曲を直ぐに覚えて演奏出来るんだっけ!』優太君はそのことを思い出して直ぐに賛成してくれた。
「これで決まりだね。私と優太ママが第2ヴァイオリンを弾くから2人は第1をお願いね。」信子が嬉しそうに言った。「分かったわ!それじゃあ出だしは私が合図を出すわ!」裏方に回ると言っていた優太ママだったがやはり嬉しそうだ。何より歌穂の加入で四重奏が出来る喜びを4人で感じていた。
さっそくスタッフの方に1曲追加したい旨を伝えると喜んで快諾して頂けた。
出番までの間、歌穂はエアーで第1楽章を練習していた。それを見た3人は思った。『美穂ちゃんと同じだ!』
音楽スクールの皆さんの発表会が終わった。
アナウンスに従って4人が登場する。優太君だけでなく歌穂の人気も驚くほどだ。特にこの高原町出身ということもあるのだろう。会場には桜さんを始め高原高校の皆さん方だけでなく何と高原ホテルの支配人さんとコック長さんも応援に駆けつけてくださっていた。
歌穂は夢の様だった。独りぼっちになって寂しさに押しつぶされそうになっていた自分が街の皆さんの前で演奏を披露出来る。『ヴァイオリンを弾くことは私の使命なんだ!』幼いながらもそう思うと高まる感情を抑えるのに必死だった。
アナウンスを受け優太ママが4人の紹介を行っていく。一人一人に大きな拍手を頂く。2人のママはスクールのヴァイオリン講師でもあるのだ。会場の皆さんはスクールとは雰囲気の異なる2人のママに驚きを隠せないようだ。
「じゃあ、構えて!」優太ママの号令がかかる。
ビシッ!と小さな歌穂が構えると「おおーっ!」という声が会場に巻き起こった。優太ママがカウントを数える。「さん、はいっ!」
4挺のヴァイオリンが鳴り響く。余りの迫力に圧倒されるホール内。ヴァイオリン四重奏による四季より「春」だ。優太君と歌穂の第1と信子と優太ママの第2がそれぞれ調和し、更に全体を調和させる。
歌穂の演奏の上手さに驚く3人。『まさかここまで上手いとは!』
4人がお互いを気遣いながらの演奏に会場のちびっ子たちもステージに釘付けだ。『自分もあんな風に弾けるようになりたい!』皆さんそう思ったことだろう。皆さんたちは4人の指使い、弓使いを食い入るように見つめていた。
『親子同志の発表会みたい!この柔らかい雰囲気!素敵だわ!』桜さんはそう思いながら感涙を流した。
「四季」の演奏が終わると会場から大きな拍手が起こる。4人はステージ中央で皆さんにお辞儀をして、信子はピアノの元へ、歌穂と優太ママは舞台袖へ引き揚げる。ステージ中央に残る優太君。そして信子に目で合図を送る。そっと頷く信子。白く長い指が鍵盤を舞う。「カルメン幻想曲」だ。『うわっ!ちがう!これがプロの音なのか!』出だしでそう感じる優太君。あっという間に信子の伴奏に乗せられてヴァイオリンを鳴らしていく。ホールに鳴り響くヴァイオリンとピアノの音が迫力満点だ!
「2人ともすごーい!」歌穂が目をぱちくりさせて舞台袖から熱い視線を2人に送る。
「2人ともノリノリだね。」優太ママも歌穂の傍でそう言って嬉しそうに2人を見つめていた。
今持てる技法をフルに発揮する優太君。会場からはため息さえも聞こえてくる。
第3部に入り高速演奏に入る。力強い弓使いで小刻みにスタッカートでヴァイオリンを弾いていく優太君。
「そうか!そう弾くんだあ!」歌穂はそう言ってにっこりと笑った。
『すごい!歌穂ちゃん。何でも自分のものにしていくのね!』プロの優太ママも呆れるほどの歌穂の熱心さだった。
大絶賛の拍手で優太君と信子の演奏が終わったことを知る歌穂。そんな歌穂に「歌穂ちゃん。自分が感じたままに弾いてね。」と言って送り出す優太ママ。
にっこり笑ってステージへ出て行く歌穂。途中で演奏を終えた優太君と片手でハイタッチ!これにホール内が湧く。
定位置に着くとホールの皆様に一礼し、更にピアノの信子の方を向いて一礼をする。これに起立をして一礼で答える信子。7歳の女の子のきちんとした礼儀作法にまたまたホール内に「おおーっ!」というどよめきが起こる。
歌穂が“エチュード”を持ってビシッ!と構えると静まり返るホール内。そして信子に視線を送る。頷く信子。信子のピアノが「チゴイネルワイゼン」を奏で始める。驚くホール内。「いやこれは難しすぎるだろう。」皆がお互いに顔を見合わせてそう思ったに違いない。
しかし歌穂のヴァイオリンがそんな思いを吹き飛ばす!出だしからプロ顔負けの演奏を魅せる歌穂。
「えええーっ!」驚くホールの皆さん方。まるでプロのリサイタルの始まりの様だったからだ。そして子供向けの“エチュード”の楽器としてのポテンシャルの高さを見せつける歌穂の演奏。「自分の“エチュード”もあんな演奏が出来るんだ!」目を丸くして驚き、そして喜ぶ子供たち。それを見てまた喜ぶ周りの大人たち。そんなホール内に歌穂と信子の演奏が響き渡る。
重音とオクターブ演奏を駆使して高速演奏の第3部へと突入していく2人。余りの高速演奏に目が付いていけないほどだ。しかもこの中に重音とオクターブ演奏が行われているのだ。舞台袖の優太君と優太ママも開いた口が塞がらないほどの見事な演奏だ。
「信子ママの演奏ってピアノに吸い込まれるみたいなんだ!生まれて初めてのあの感覚!忘れられないよ!」そう言ってあの感動を思い出す優太君。
「でも、それに呑まれず演奏出来た優ちゃんも立派なヴァイオリニストだよ!」そう言って優太君を抱きしめる優太ママ。そして歌穂の様に照れる優太君。
ステージでは歌穂と信子の超絶な高速演奏が続いていた。そして圧巻の内に演奏を終える2人。2人でホールの皆様にお辞儀をする。巻き起こる拍手の嵐。その中をヴァイオリン片手に信子の元へ走って行く歌穂。そしてそんな歌穂を両手で迎え入れ抱き締める信子。「歌穂!あなたって何という子なの!」そう言いながら歌穂にお礼を言う信子。2人でステージ中央へ手を繋いで向かう。大きな拍手に迎えられ2人並んでのご挨拶だ。そして幕引きと同時に舞台袖へと引き上げていく2人。それをハグで迎える優太君と優太ママ。
「何でママが伴奏をしてくれなかったかが良お―く分かったわ。ありがとう!そしてごめんなさい。」そう言う歌穂を再び抱き締める信子。
「さあ!お客様のお見送りに行くわよ!」
混雑防止のために後ろの出口だけを開けて時間をかけてお客様に退場していただく。今回は発表会ということもあり小さな子供たちも多かったからだ。
通路の両側に親子で並びお客様をお見送りする。皆さん暖かい言葉を掛けて頂き、握手を求められる。優太君も歌穂も片時もヴァイオリンと弓は離さない。皆さん歌穂の持つ“エチュード”に目を遣る。子供たちと同じものであることを確認したいのだろう。小さな子供たちは優太君と歌穂のお見送りに大感激で飛びあがってハイタッチをしてくれた。高原ホテルの支配人さんとコック長さんにお褒めの言葉を頂き少し照れてはにかむ歌穂を思わず抱き上げてしまうコック長さん。そんな様子を写真に収めていくカメラマンの皆さん。和気あいあいといったお見送りだった。
長いお見送りが終わると今度は町の広報部と地元新聞社のインタビューに応じる。今回の発表会についてもそうだが、やはりインタビューの中心は2人の小学生ヴァイオリニストについての話題が殆どでかなり強烈なインパクトがあったようだ。
駆けつけてくれていた春子さんと小春さんにご挨拶をして楽屋へ戻る。頂いたお花の前で記念撮影。お花はまだ町民ホール付近にいらっしゃるお客様に手渡しでおすそ分けをする。あっという間にお花は無くなってしまった。皆さん、手にお花を持ってのご帰宅だ。どのお顔も笑顔で満ち溢れていた。その足で4人はタクシーに乗り込み駅へ向かう。高原駅始発の特急で東京へ戻るためだ。駅に戻って来ると“樹林”のマスターご夫婦が待っていてくださった。列車でと言ってホットサンドと紅茶をポットごと持ってきてくださった。紙コップとミルク、砂糖もセットになっている。久しぶりの再会に話が弾む。出発時間が迫り、4人でお礼を言って改札内に入る。手を振り合いながらホームへと続くエスカレーターに乗ってもまだ手を振り合っていた。GWということもあり列車や駅は人でごった返していた。座席に座り窓に目を遣るとホームの人たちが手を振ってくれている。優太君と歌穂は列車がホームを離れてしまうまで手を振り続けていた。
頂いた紅茶でひと息をつく4人。今日は充実した1日だったねとしみじみと紅茶を頂きながら話に花を咲かせた。徐々に陽が沈んでいく山間の街々を幾つも通り過ぎて走る列車に揺られながらホットサンドを頂く。ほんのりと暖かいホットサンドの味もこれまた格別だった。
翌日は月曜日、午前中は老人ホームでの公演会だ。
しかし、遥香さんは響子さんのツアーに同行、優太君と優太ママは音大オーケストラでの演奏、美穂は結婚式場のピアノ演奏、里穂はサッカーのキャンペーンガールとしてそれぞれに仕事が入っていた。その為、老人ホームへ出向くのは歌穂と信子の2人だけだ。
お土産代わりに5月中旬に発売予定の『懐かしの歌全3巻』の先行版を持って歌穂と信子は揃って出かけて行った。
老人ホームで事務室に挨拶に行きCDをお渡しして、その足で掲示板に寄る。既に5人へのメッセージが大量に書かれた掲示板に目を通して代わりに返事を書く信子。そんな信子の目に涙がにじむのを見逃さなかった歌穂。無言のまま2人で控室へ向かう。
控室で着替えて開演前のヴァイオリンの試し弾きを行なう。それが終わると今日の曲順の打ち合わせだ。
今日は2人だけなのでヴァイオリンとピアノでの文部省唱歌がメインとなる。しかも今日は歌穂が初めて歌唱を披露する。歌唱は「春」の1曲だけだが歌穂は緊張気味だ。後は軽音楽から数曲演奏することになった。
2人でステージ裏へ移動する。何時もの進行と司会役を務める美穂が不在のため今日は歌穂が務めることになった。これは歌穂が美穂を見習ってやってみたいと言ったリクエストだったからだ。当然信子もマイクを持ってバックアップをする予定でいた。
事務のお姉さんの開演のアナウンスが流れ歌穂と信子がステージに登場する。そしてステージ中央でご挨拶を始める。
たった2人での開演だったが大入りのお客様方から拍手が起きる。一番前のお母さまは歌穂のヴァイオリンの実力をすでに熟知されておられるせいか満面の笑みで拍手を送ってくださっていた。
信子のピアノが何時も通りの「リンゴの唄」を奏でる。それに合わせて歌穂がヴァイオリンを鳴らす。会場の皆さんが一緒に歌ってくださる何時ものスタートだ。
続いて文部省唱歌を紹介しながら演奏していく歌穂と信子。久しぶりに聴く信子のピアノ、そして歌穂のプロ並みのヴァイオリンの演奏に大満足のお母さまだ。他の皆さん方も歌穂のヴァイオリン演奏にたいそう感心されて聴き入っていただいた。
「みなさんごめんなさい。どうしてもこの曲が弾きたいんです。」突然の歌穂のマイクの声に信子の指が震える。『歌穂!感じ取ってくれたのね!』
「聴いてください。「星に願いを」です。」そう言って再びビシッ!とヴァイオリンを構える歌穂。
ソロでの演奏が始まる。美しいメロディーを歌穂のヴァイオリンが奏でていく。お年寄りの皆さんが涙ぐまれる。歌穂は悲しいことが起きたことを自ずと悟ったのだ。『なんて感受性の強い子なのでしょう!』お母さまはそう思って歌穂を見つめていた。
公演も無事に終わって控室で帰り支度をする2人の元にお母さまが訪ねてこられた。
「お願いがあるの。2人の「チゴイネルワイゼン」を聴かせて欲しいの。信ちゃんと歌穂ちゃんのセッションも是非聴いてみたいのよ。」
3人で再びステージのピアノの元へ移動する。お母さまだけのスペシャルステージが開演する。
信子のピアノが鳴る。それに合わせて歌穂のヴァイオリンが続く。とても7歳とは思えない見事な演奏に目を閉じて頷きながら聴いてくださるお母さま。歌穂の超絶技巧の演奏にも顔色一つ変えずに聴き入ってくださっていた。第3部の高速演奏でも同様だった。歌穂の絶妙な指使いと弓使い。とても小学生とは思えない超絶技法だ。そして怒涛の様に演奏が終わる。
拍手をしながらお母さまは静かに2人に話しかけられた。
「信ちゃん、歌穂ちゃんを立派に育ててくれていて感謝します。歌穂ちゃん、あなた光一さんの娘さんなのね。立ち方、演奏の仕方、お父さまにそっくり。歌穂ちゃん、あなたはヴァイオリンを弾くために生まれてきたと言っても良いほどの才能を持っているわ。歌穂ちゃん、信ちゃんの娘さんになってくれてありがとうね。」お母さまはそう言って歌穂を抱きしめてくださった。
「信ちゃん、歌穂ちゃんをお願いしますね。」そう言って信子に微笑みかけた。
「はい、歌子先生。」信子も泣きながらしっかりと答えた。「歌穂ちゃんといい里穂ちゃんといい、美穂ちゃんに続いて嬉しい事ばかりだわ。」
帰りの車の中で信子は歌穂に言った。「歌穂、ママの子になってくれてありがとう!」
何時もの様に恥じらいながらにっこり笑う歌穂だった。
「歌穂、お昼は何が食べたい?」車を走らせながら信子が助手席の歌穂に尋ねる。
少し考え込む歌穂。「私、ホットケーキが食べたい!」
信子の車は何時もの大型スーパーに入って行く。
楽器店が入っている専門店街の3階にその店はあった。“パンケーキ専門店”と書かれた看板が目に入る。
小学生の3姉妹は3階の奥にまで来たことが無かったため歌穂には未知の世界に感じられた。
更にメニューを見て歌穂は驚くことになる。
その写真を見ると薄いホットケーキが10枚ほど重ねられ、その上に生クリームをベースにイチゴ、バナナ、メロン、リンゴ、マスカットなどのフルーツが所狭しと並んでいる。その写真に釘付けになる歌穂。
「ママ、今日はとても嬉しかったから歌穂にお礼させて頂戴ね。」メニューを見て決めあぐんでいる歌穂に優しく語り掛ける信子。
2人がメニューを閉じると同時にウエイトレスさんが注文を取りに来る。歌穂の傍に置かれた可愛らしいヴァイオリンケースを見て「あっ!」という表情を浮かべた。それでも平静を装ってマニュアル通りに接客をこなしていった。2人も何人でもございませんと装いながら必死で平静さを保っていた。
しばらくするとパンケーキとミルクティーが歌穂の前に並べられた。歌穂の大好きなバナナが敷き詰められその上には大量のホイップクリームが、そしてそれにチョコレートがかけられている。
「わあーっ!」歌穂の目が輝く。
「いただきまーす!」そう言ってフォークでチョコがかかった生クリームをすくって口に運ぶ歌穂。
幸せそうな表情の歌穂に信子は話しかけた。
「歌穂、ママね、とっても嬉しいことがあったんだよ。」
「えっ?何あに?嬉しいことって?」歌穂が信子に聞き返す。
「今朝ね、響子さんに電話をしたの。うちの歌穂をまたゲストで呼んでくださいって。」信子は静かに話し始めた。
「えっ!ゲストで?嬉しいっ!」喜ぶ歌穂。
「でもね、断られちゃったの。」そう続ける信子。
「そうかあ、私じゃあ優太お兄ちゃんの様に上手に弾けていないってことなんだね。」視線を落としパンケーキを見つめる歌穂。
「やだ!違うの!最後まで聞いて!あのね、響子さんに言われたの。『ヴァイオリニストの響子は2人もいらないわ!』って。どういう意味か分かる?歌穂。」
「う、うーん?何で響子さんが2人になるの?」まだこの言葉の言い回しを理解するには早いようだ。
「うふっ。そうじゃないの。響子さんは歌穂のことを自分の分身だと言っているの。つまり、歌穂は響子さんと同じレベル、もっと言うと“プロになりなさい!”っという意味なのよ。」信子は語気を強めて歌穂に説明をした。
「えええーっ!」絶句する歌穂。「歌穂がプロになるの?」手に持っていたナイフとフォークを落として固まる歌穂。信じられないといった表情で呆然と前を見ている。
「先ほどの歌子先生も歌穂の演奏を聴いて素晴らしいと褒めてくださったわ。改めて、歌穂!おめでとう!」信子はにこにこ顔で歌穂の両手を握り締めた。
「ちょっと待って!ママ!優太お兄ちゃんは?優太お兄ちゃんはプロにはなれないの?」優太君を気遣う優しい歌穂は信子に続ける。
「ママ、美穂お姉ちゃんと里穂お姉ちゃんはどうなの?」歌穂の素朴な疑問だ。
「そうね、美穂は来年には中学生になるわ。音大付属の中学校に通うか、普通の中学校に通うか、遥香さんの様に私立の中学校に通うかを自分で決めることになるわ。でもママは美穂の実力では音大付属しかないと思っているの。そこだと飛び級で大学の授業を受けることが出来るのよ。美穂には十分その実力があると思うの。次に里穂だけど、歌とピアノ、スポーツと3拍子揃った才能を持っているの。だからしばらくは様子を見ることにしているのよ。芸能プロの副社長さんも同じ意見なの。つまりタレントさん向きということかしら。あなたたち3人はそれぞれの道を歩き始めているの。だから歌穂は自分の進む道をしっかり見つめていて欲しいの。お約束だよ。」信子はそう言って歌穂を優しく見つめた。
パンケーキ屋さんを出て1階下の楽器店へ行ってみることにした。白いヴァイオリンケースを肩から下げている歌穂に通り過ぎる人がそっと手を振ってくれる。店頭にはアルバイトのお姉さんが一生懸命ピアノの説明をしていた。会釈をしてその横を通り抜け店の奥の事務室へ向かう。コンピューターの画面を見ていた店長さんが直ぐに2人に気付いて駆け寄って来てくれた。
「“エチュード”の売れ行きはどうですか?」自分が開発に関わった商品の売れ行きが気になる歌穂からの質問だ。
「はい。現在予約を8挺頂いています。うちの規模の店舗としてはかなり良い売れ行きです。」そう言って笑顔を見せる店長さん。「良かったあーっ!」と喜ぶ歌穂。完全予約制の販売である“エチュード”だが売れ行きは上々と聞いて信子も一安心だ。
「あと、6月に駅前通りにスクールがオープンするんですよ。」そう聞かされて驚く2人。是非オープニングセレモニーに参加したいと思いスケジュール帳を取り出す信子。それを覗き込む歌穂。
「ああーっ!だめだわ!歌穂は6月の土曜日の午後と日曜日は全日“エチュード”のCM撮影だわ。」残念そうな信子。「お姉ちゃんたちは?」歌穂が再びスケジュール帳を覗き込む。
「美穂は土曜日の午後に1本、日曜日の午前に1本、午後に1本の仕事が入っているわ。里穂は土曜日の午後は製薬会社の打ち合わせ、日曜日はCM撮影ね。」信子にそう言われてため息をつく歌穂。
「6月になったら学校の帰りに寄ってみますね!」
歌穂の前向きな言葉に感謝する店長さん。
翌日は信子と歌穂は芸能事務所を始め楽器メーカーさんへプロとしての活動開始を報告に訪れた。
最初に訪れたのは芸能事務所だ。予約した時間に訪れて副社長室へ通された。出されたお茶を見つめながら2人で待つ。少し経って副社長さんが部屋へ戻って来られた。忙しい所に無理に時間を取っていただいたお礼を2人で述べる。
「いやいや、ご丁寧にどうも。まあ、余りお気を使われないように。」そう言って着席を勧めてくださった。
「今日は歌穂ちゃんの件ですかな。」副社長さんは微笑みながら歌穂に視線を投げた。
「はい。私、歌穂はプロとしてヴァイオリンを演奏すると決めました。今後とも宜しくお願いいたします。」7歳の女の子の決意表明の見事さに驚く副社長さん。
「そうですか!そうですか!それが良い!一番良い!ねえ、信子さん。」副社長さんはそう言って笑った。「はい。そこで、副社長さんに歌穂のプロモーションをお願い出来ないかと思いまして。」信子が切り出す。「そうかね、そうかね。」上機嫌で内線電話を掛ける副社長さん。直ぐに企画部長さん、宣伝部長さんが呼ばれ、より具体的な打ち合わせとなった。
既にある程度の知名度がある歌穂をさらにプッシュしていくことで大筋の方向性が決まった。後は歌穂の土日のスケジュールをどう裁いていくかだ。結婚式場の仕事はこちらの芸能事務所を通すので調整もし易い。
「歌穂ちゃん、お写真を撮りますからこちらへ。」広報部のお姉さんが歌穂を連れて写真室へ。そこで宣材写真を数パターン撮影してもらう。あっという間に数十枚の写真が撮られていく。さすがにCMでの撮影を経験しているだけあってとてもスムーズにカメラに収まっていく歌穂。
再び副社長室へ戻って来た歌穂。特に衣装替えはしなかったが、何時もの公演用の衣装がヴァイオリニストのイメージにぴったりだ。
さっそく撮り終えたばかりの写真が披露される。
「おう!これは、これは。」皆が感心する。証明書用の物からヴァイオリンケースを肩から下げている姿、ヴァイオリンと弓を持って佇む姿、どれも歌穂の可愛らしさが良く分かる者ばかりだ。
「これってもう写真集ですね。」宣伝部長さんがにこにこ顔で言うと「そちらの方も検討しましょうよ。」編集部長の女性もそう言って太鼓判を押してくださった。皆さん写真をピックアップしたいのだがなかなか決められない。
「改めてゆっくりプロにお願いして撮り直そうじゃないか。」副社長さんの提案に皆さん賛成する。取り敢えず経歴書を作成することとなった。
「これからどちらかへ行かれますか?」広報部のお姉さんにそう尋ねられ「楽器メーカーさんの方へCMの打ち合わせに。」と答える信子。
「わかりました。直ぐに作ります。」そう言って広報部のお姉さんは走って出て行った。
「信子さん、歌穂ちゃんは演奏が上手いだけではなく、ビジュアルも可愛いからビデオの発売も考えたほうが良いですね。」広報部長さんの提案だ。
「楽器メーカーさんにもそのお話をなさってみてください。私も娘にプッシュしておきますから。」副社長さんもそう言ってくださった。あっという間に歌穂の写真集とミュージックビデオの話が実現に向けて走り始めた。
「お待たせしました。歌穂ちゃんの経歴書です。」そう言いながら出席者全員に出来上がった経歴書を配っていく。そこには愛らしい歌穂の写真が輝くように載せられていた。
「か、かわいい!これって本当にクラッシク事業部の経歴書なのか?」
「アイドル事業部と間違われそうなくらい可愛いなあ!」口々にそんな嬉しい感想が話される。
何だかくすぐったく感じる歌穂だった。
芸能プロさんを後にして楽器メーカーさんの本社へ向かう。受付で入館証を頂きエレベーターに乗り会議室へ向かう。
エレベーターホールで出迎えに来てくれていた早紀さん、千里さんと合流して会議室へ。そこでプロになった旨を報告した。お2人は驚いたものの直ぐに歌穂に「おめでとう!」と祝福の言葉を掛けてくださった。
開発、企画、宣伝の各部より部長さんと課長さんが出席され会議が始まった。冒頭に早紀さんから歌穂がプロになった旨が報告されると皆さん、わが事のように喜んでくださった。立ち上がってお礼を言う歌穂に、更に拍手を頂いた。
会議の案件は“エチュード”の評判が良く売れ行きも好調とのことで少し上の年齢の皆さん向けに“エチュード・ジュニア”を開発することになったとのこと。
「ちょっと難しい曲を弾いてみようかという方たちが対象ですね。」信子が歌穂の横顔を見ながら発言する。「“エチュード”の高音重視の設定を低音重視に変えると思っていいでしょうか?」歌穂の質問に開発部の課長さんが答えてくださった。「はいその通りです。」
「9月までに試作品を完成させたいのですがどうでしょうか?」歌穂のてきぱきとした7歳とは思えない質問が会議室に響く。「はい。試作品は第1次から第3次を基本として製作をいたします。6月7月8月と言った締めで皆さんにお披露目をいたす予定でおります。」開発部課長さんがそう説明をしてくださった。
『歌穂ったら優太君の専属契約前に協力してもらおうと考えているのね。』
その日の夜中、ふと目を覚ました歌穂はお水を飲もうとリビングへ降りて行った。リビングの時計は0時を示していた。冷蔵庫から冷たい水が入ったポットを出して乾いた喉を潤す。
ふと気付くとインターホンの表示ランプが点いている。近づいて表示を切り替えると地下の2号室の様子が映し出された。「えっ!里穂お姉ちゃん!」思わず声をあげる歌穂。インターホンの画面にはピアノを弾く里穂の姿が映っていた。歌穂は急いでピアノルームを開けようとしたが既に防犯アラームが設定されていることに気付いた。「そうだ!」そう思うと歌穂は2階の自分の部屋へ駆けあがり勉強机の上の“エチュード”を持って降りてきた。
「里穂お姉ちゃん!私も練習する!」インターホンでそう叫んで地下への階段を全力で降りていく。
部屋では驚いたように演奏の手を止めた里穂が入り口を見つめていた。
「里穂お姉ちゃん!里穂お姉ちゃん!」そう泣きじゃくりながら里穂に抱き着く歌穂。
「ちょっと!歌穂!どうしたの?」訳が分からず戸惑う里穂。「今日はピアノ弾かなかったからね、1日さぼると指の動きが悪くなるでしょ。」そう言って笑いながら涙を流す里穂。「ごめんねえ!心配かけちゃって!」しばらく2人で抱き合って泣いた。
「里穂お姉ちゃん、私、美穂お姉ちゃんと仕事をすることになったの。ごめんなさい!」歌穂はそう言ってまた泣き出した。
「歌穂はおバカさんねえ。私こそごめんなさいね、一緒に演奏出来なくて!」そう言って里穂もまた泣き出した。
「あのね、美穂お姉ちゃんが伴奏してくれた時、里穂お姉ちゃんとママの顔が目に浮かんだんだよ。」涙をティッシュで拭き合いながら歌穂が里穂にそう話しだした。
「歌穂、それって美穂お姉ちゃんの歌穂への思いやりなんだよ。美穂お姉ちゃんは歌穂が演奏しやすいように私の弾き方を再現してくれていたのよ。さすが美穂お姉ちゃんだわ!」里穂はそう言って歌穂の涙を拭ってぁげた。
「えっ!そうか!そうだったのね!美穂お姉ちゃんありがとう!」歌穂はそう言ってまた泣き出した。
「歌穂。落ち着いたら美穂お姉ちゃんに『自分の演奏でお願いします!』って答えてあげてね。美穂お姉ちゃん喜ぶわよ!きっと!」里穂はそう言って再び歌穂を抱きしめた。
一通り涙を出し切ると2人で演奏することにした。
里穂が鍵盤を叩く。直ぐに歌穂が追い付いて音を鳴らす。「チゴイネルワイゼン」を久しぶりにこのコンビで演奏するのだ。演奏していて里穂が気付く。
『やだ!歌穂ったら上手になり過ぎだわ!』
伴奏をしながら歌穂のオクターブ演奏に驚きを隠せない里穂。そして怒涛の第3部へと入って行く。
とてつもないスピードで高速演奏をする歌穂の確かな技術力に感動する里穂。重音、ツタッカートなど、どれをとっても見事としか言いようが無かった。
『本物のプロになったのね!おめでとう!歌穂!』
GWも終盤の土曜日ということもあって保育園は登園する子供たちは少なく、逆に見物に訪れる親子連れの方が多かった。
事務室を訪れCDを贈呈する。喜んでくださる皆さんのお顔を見ているだけで美穂と歌穂は幸せな気分になれた。
会場の体育館に行くと大勢のお客さんたちに拍手で迎えられた。何時もと異なる雰囲気に少し驚く2人。しかし、そこは美穂と歌穂、動揺することは全くなく淡々と準備を進めていく。
歌穂がピアノの前に座ると「おおーっ!」という声があがる。美穂は体育館の入り口で園児たちのお出迎えだ。定刻の11時となった。美穂が歌穂に合図を出す。
歌穂が「さんぽ」を演奏し始める。流れるような優しい弾き方が印象的だ。観客の皆さんから驚きの声が上がる。歌穂とピアノの印象が薄いからだ。「ピアノも上手いんだあ!」そんな声が聞こえてくる。
元気よく入ってくる園児たちに手を振って迎える美穂。中にはハイタッチをしてくれる子もいてとても楽しそうだ。入場が終わるとピアノを美穂に譲る歌穂。
美穂はおもむろに挨拶を始める。その間に歌穂は舞台袖で“エチュード”を伊藤さんから受け取る。そして舞台中央へ。ヴァイオリンとピアノによる童謡の演奏だ。歌穂のビシッ!とした構えに少しざわついていた体育館内が静かになる。童謡の始まりは「ぞうさん」だ。ヴァイオリンでの童謡は皆さんもあまり聴かれたことが無い様で驚きの言葉が飛び交っていた。
園児の皆は大きな声で歌ってくれてとても嬉しそうだ。さらに保育士のお姉さんたちも一緒になって歌ってくださる。美穂のピアノに合わせる様に歌穂のヴァイオリンはツタッカート演奏で童謡を奏でていく。
『やだ、歌穂ったら私に合わせに来てくれている!』
そう思うと美穂は何時もよりにこにこ顔になるのだった。2人の演奏は次々と続いていく。そのあまりの上手さに驚きの声が上がる。最近はビデオカメラが普及し始めており2人の映像は瞬く間に評判となって広まっていった。
童謡が終わると今度は「アンパンマンの歌」を弾く2人。何時もの通りちびっ子たちは大喜びだ。
それから「ドラえもんの歌」で締めくくる。そして今度は美穂のピアノと歌穂のお見送りで公演のお開きとなった。改めて今日いらしてくださった皆様にご挨拶をすると大きな拍手を頂いた。
保育園の皆さん方に見送られて次は結婚式場へ向かう。今日は13時と16時から美穂の演奏が入っていた。
お昼に頂くハンバーガーを仕入れて結婚式場へ。
最初に事務室でご挨拶をする。
丁度マネージャーさんがいらしてしばし雑談となった。出して頂いたお茶を頂きながら話が進んでいく。
「そうだ!さっき芸能事務所にFAXを送ったんだけど、歌穂ちゃん!さっそく6月から仕事が入っているよ。」マネージャーさんの嬉しい言葉に大喜びの歌穂。「良かったね!」と我が事のように喜んでくれる美穂に思わず抱き付く。その横で伊藤さんが予定表を自分の手帳に書き写していく。
控室で改めて3人で喜び合う。歌穂単独のケースもあれば美穂とのペアのケースもある。プロとなった歌穂のスタートとしては最高のものとなった。
控え室でハンバーガーを頂きしばしの休息だ。
その後は、美穂の演奏ぶりをモニターでチェックしながらエアーでヴァイオリンを弾く歌穂。天才肌ならではの練習方法だ。美穂が演奏を始めるタイミングなどを収得していく。その様子を見守っていた伊藤さんが思わず呟く。「歌穂ちゃんってやはり天才なんだなあ!」
次の仕事の合間が約1時間ある。その間に美穂は一息入れるためにおやつを頂く。糖分を補給するために大好物のアンパンを準備する伊藤さん。それを美味しそうに食べる美穂とその様子をじっと眺める歌穂。美穂の一挙手一動作を学び取ろうというものだ。
『この様子だと歌穂ちゃんはすぐに披露宴の演奏が出来そうだなあ!』そう思いメモに記す伊藤さんだった。
2度目の披露宴が無事にお開きとなり帰り支度を始めた時だった。
控え室のドアをノックする音が。
「美穂ちゃん!お疲れさまーっ!」そう言って入って来たのはウエディングプランナーの美鈴さんだった。
着替え中の美穂に替わって伊藤さんが用件を尋ねると今相談中のカップルがピアノだけでなくヴァイオリンも加えたいとのこと。出来れば今から聴かせてもらえないかというリクエストだった。
「分かりました。」着替えを終えた美穂がそう返事をする。「歌穂、準備をしましょう。」
「ご希望の会場はどちらですか?」美鈴さんに尋ねる美穂。
「それが・・・。今、披露宴の真っ最中なの。」困り顔の美鈴さん。サブマネージャーさんはその披露宴に就かれているし、マネージャーさんは会議中でどうしようかと思って。」困り果てている美鈴さんに美穂が提案する。「この宴会場でやりましょう。お二人をご案内してください。」
まだ後片付けが続いている宴会場のスタッフの皆さんに訳を話して了承を頂く美穂。歌穂は既に“エチュード”を構えている。
「どうぞこちらです。」美鈴さんが会場の正面入り口を開けた。突然「結婚行進曲」が鳴り響く。驚く3人。
気を利かせてくれたスタッフがスポットライトでお2人を浮かび上がらせる。感激のあまり泣き出す女性。そして本番さながら男性に支えられて高砂の席へ。
驚いたのは3人だけではなかった。後片付け中のスタッフの皆さんたちも同様だ。ヴァイオリンが加わるだけでこんなにも劇的になるのかと唖然とした表情で手を休めて見守っていた。そして拍手でお2人を迎えてくれた。それに感動して今度は男性が泣き出してしまった。こうして美穂と歌穂のデモンストレーションは感動的なものだったと結婚式場内に広まって行った。
翌月6月の第1週の土曜日、午前中は美穂と歌穂のコンビで老人ホームへ伺う。
何時も通りに掲示板をチェックしメッセージを書く。
「歌穂!“プロおめでとう!”のお祝いが凄いわよ!」そう言って歌穂の肩に手を置く美穂。
張られているメッセージ一つ一つに目を通す歌穂の頬に一筋の涙がこぼれる。「うれしい・・・。」絶句する歌穂。「歌穂、今日も一生懸命弾こうね。」
控室でお礼のレターを書く歌穂。それを横で見ながらなかなか出演出来ない遥香さん、優太君、里穂の近況を知らせるレターを書いていく美穂。このきめの細かいファンサービスに改めて感心する伊藤さん。そしてそのメッセージを掲示板に貼りに行ってくれた。
しばらくして伊藤さんが1組の親子連れを案内してきた。まだ小さな3歳くらいの女の子だ。手には“エチュード”をしっかり握り締めていた。
「歌穂ちゃん、あのう・・・。」伊藤さんの言葉を遮るように歌穂がその親子に話しかける。
「あら、こんにちは。おや?何処が弾けないのかな?」
歌穂の問いかけに驚くお母さん。「どうして?どうして分かるんですか?」
「うふふ。私も小さい頃、弾けない時は同じ顔をしていましたから。」そう言って女の子の傍で膝をついて話を聞く歌穂。「弾いてみて!お姉さんに聴かせてくださいな。」歌穂の言葉に頷いて「きらきら星」を弾き始める女の子。音が濁っていることが自分でも気に入らないようだ。
「そうだね。まず、構え方が良くないわね。背中を伸ばして、そうそう。そして顎はね・・・。」そう言いながら女の子に構え方を覚えてもらう。そして再度演奏すると見違えるほど良い音が出るようになった。
「どうしても弦を抑える左手に集中し過ぎて姿勢が崩れてしまうんですよ。」そう母親に説明する歌穂はとても7歳とは思えない程の先生ぶりだった。
「うふっ。じゃあ一緒に弾いてみようか?」そう言って自分も“エチュード”を構えて合図を出す。2挺の“エチュード”が「きらきら星」を奏でていく。
上手に弾けた嬉しさに満面笑みの親子。お礼を言って帰って行った。美穂と伊藤さんは一部始終を見て唖然として何も言えなかった。『これなら教材ビデオも可能じゃないか!』
何時も通り公演が始まった。相変わらずの盛況ぶりだ。
観客の中に先程の女の子を見つける2人。「呼んじゃおっか!」そう言って顔を見合わせて微笑む。
美穂が挨拶を初めて曲紹介となったその時「今日の最初の曲は「きらきら星」です。弾ける子はいるかなあ?あっ!はい!そこの女の子!」そう言って先ほどの女の子を指名する美穂。すかさず歌穂が迎えに行く。
「わーっ!」という歓声と拍手の中母親に背中を押され、歌穂に手を繋がれてステージに上がる女の子。
「一緒に「きらきら星」を弾いてくれるよねー。」という美穂の言葉に大きく「うん!」と頷く女の子。
「それじゃあ、一緒に弾こうね。」歌穂がそう言いながらリードをしていく。「さん、はい!」歌穂の掛け声と同時に2挺のヴァイオリンと美穂のピアノによる「きらきら星」の演奏が始まった。余りの本格さにどよめきが起こる会場内。無事に演奏を終え歌穂と並んで会場にお辞儀をする女の子。その愛らしさに会場から大きな拍手が。驚いた表情の女の子に笑みが戻る。
女の子は嬉しそうに母親の元へ帰って行った。
可愛い演奏の後は懐メロの演奏だ。何時もの「リンゴの唄」をヴァイオリンとピアノのバージョンで弾き進めていく。何時もと違う「リンゴの唄」の音色に大喜びの入居者の皆さん。「旅の夜風」「湖畔の宿」「いつでも夢を」などの懐メロを小学生の2人が見事なまでに弾き続けていく。お母さまも涙を流しながら聴いてくださった。お母さまは美穂の気持ちを察した。なぜ美穂はプロ宣言をしないのか!
『美穂ちゃん!あなた!音大の中学校に来てくれるのね!』
演奏会が終わってステージで後片付けをしていると先ほどの親子が挨拶に来てくれた。
「さっきは上手だったよ。」美穂が女の子に声を掛ける。女の子はそう褒められて嬉しそうだ。
「先ほどは突然指名してしまってごめんなさい。」歌穂は母親にお詫びを入れる。
「いいえ!とんでもない。こちらこそ勝手なお願いを聞いていただいてありがとうございます。」そう言って頭を下げる母親。
「いえいえ、こちらこそ。」と小学生とは思えない言葉使いで2人が頭を下げる。
「お嬢さんはヴァイオリンを習っておられるんですね。」美穂が歌穂と何かお喋りをしている女の子のことを母親に尋ねた。
「はい。駅前に今度出来た音楽スクールに通い始めたばかりなんです。」そう答える母親。それに驚く3人。
「それじゃあ弾き始めたばかりなんですか?」驚いた歌穂が母親に尋ねた。
「はい。皆さんの公演を聴いていて自分も始めると言い出したんです。それで駅前の音楽スクールへ。」
そう言って話を続ける母親。「来週も楽しみにしているんですよ。」
「来週ってことは保育園の?」美穂がそう言うと「はい。そこの園児なんです。」と母親は答えた。
2人と別れて控室に戻ると若菜さんが待機してくれていた。歌穂のCM撮影へ向かうためだ。どうせ向こうで着替えるからとそのままの衣装で慌ただしく出発する歌穂に軽く手を振る美穂。そんな美穂は結婚式場の演奏の仕事に伊藤さんと向かうのだった。
歌穂と若菜さんは何度か訪れた郊外にある撮影スタジオへ向かっていた。途中のコンビニでお昼に食べるサンドィッチを仕入れ車内で食べる歌穂。一緒に買って貰ったポテトを運転する若菜さんの口へ運ぶことも忘れなかった。周りの車から見れば年の離れた姉と妹の様に思えるような仲良しな2人だった。
スタジオに着くと早紀さん、千里さんを始めとする何時ものプロデューサーさん、監督さん、助監督さん、音声さん、スチールカメラマンさんたち、メイクさん、スタイリストさん、スタッフの皆さんへご挨拶をして回る。皆さん口々に「プロになったんだって!おめでとう!」と祝福の言葉をかけてくださった。
一同が集合し撮影の手順の確認を行う。今回は夏がテーマということで歌穂は白いブラウスに白い裾が広がったスカートに白いサンダルといういでたちで“エチュード”を弾くというものだ。セットには砂浜が再現されその出来栄えに歌穂は驚きを隠せなかった。それ程リアルなセットだった。さっそく着替えとお化粧となった。
その間に現場の準備が着々と進む。全くミスが無い歌穂だけに皆が安心して臨むことが出来る。様々なカメラが歌穂の演奏する姿を捕える一発撮りだ。
歌穂が登場すると期せずして拍手が起こる。
「よろしくお願いします!」大きな声で挨拶する歌穂に皆さんは「こちらこそ!」と笑顔で答えてくださる。
最初は浜辺のセットでの演奏シーンだ。
「歌穂ちゃんの好きな曲を弾いて良いよ。」助監督さんの言葉に「それじゃあ四季の「夏」を弾きます!」と答える歌穂。カメラが回り始める。歌穂が何時もの様にビシッ!と“エチュード”を構える。静かにメロディーを弾き始める。「上手い!確かにプロだ!」居合わせた全員がそう思った。弾いているのは7歳の女子小学生だ。だが目を閉じて聴き入ればプロの演奏でしかないのだ。歌穂の演奏に皆が酔いしれていた。
「夏」の演奏が終わると拍手が巻き起こる。見事な一発OKだ。歌穂の顔に笑顔が戻る。皆でとれた映像と音声を10台近くのモニターで確認する。真剣な目でモニターを見つめスピーカーからの音に耳を済ませる。「よおーし!OKだあ!」監督さんの声が上がると拍手が起こった。
プロデューサーさんと監督さんが何やら話をしている。「よおーし!この勢いで明日の分もいくぞおーっ!」急遽、明日に予定されていた歌穂のセリフ撮りも行われることになった。部屋のセットで“エチュード”の夏場のお手入れを勧めるという設定だ。「暑い夏は特に念入りにね!」と言いながら“エチュード”を専用ウエスで拭くというシーンだ。お化粧直しをしながらセリフの指導を受ける歌穂。皆に囲まれて笑いの絶えない現場にプロデューサーさんは感心するばかりだった。毎週発声練習をしているおかげで数回の練習を経て本番となった。照明と音声の調節が終わりカメラを回さずにリハーサルが行われる。
「暑い夏は特に念入りにね!」という歌穂の姿がとても可愛い。おもわず「かわいい!」という声があちこちから漏れ聞こえてくる。
「おーい!皆、本番の時は黙っているんだぞーっ!」監督さんのゲキに大笑いの現場。
『何でこの子たちとの仕事ってこんなにやり易いんだろう?』
監督さんを始め現場の皆さんの共通した思いだった。
続いてのスチール撮りも順調だった。今や4姉妹専属のカメラマンさんがノリノリで撮影をしてくれた。楽しいお喋りをしながら歌穂の笑顔をカメラに収めて行った。助手の皆さんも「可愛すぎる!」と太鼓判を押すほどだ。そんな様子を若菜さん、早紀さん、千里さんの3人はにこにこと見守っていた。
こうして夕方遅くには全ての撮影が終わり、明日日曜日はお休みとなった。全員で一本絞めをして撮影終了を祝った。
皆さんに拍手でお見送りを頂き、若菜さんの運転で、歌穂、早紀さん、千里さんを乗せた車はわが家へ向かった。早紀さんと千里さんは初めてのわが家訪問だ。
途中で伊藤さんと香澄さんに連絡を取りながら一旦わが家へ戻る。早紀さんと千里さんをピアノルームに案内する歌穂。その広さもあるが、皆さん驚かれるのがやはり年代物のグランドピアノだ。お2人も釘付けになって唖然としていた。楽器メーカーのお2人だ。当然どういう代物かは容易に分かったようだ。遠慮するお2人に替わって歌穂がグランドピアノを演奏する。丁度練習中の「愛の喜び」を弾いて差し上げる歌穂。ヴァイオリンだけでなくピアノも上手に熟す歌穂に驚きの色を隠せないお2人だった。
歌穂がピアノを弾き終える頃に「お茶にしませんか?」という若菜さんの声がインターホンから聞こえてきた。3人でリビングへ向かう。今日も里穂が頂いたハト麦茶を美味しく頂く。“エチュード”の話題を中心にお喋りに花が咲いている頃に美穂と伊藤さんが結婚式場から帰ってきた。
「わあーっ!お久しぶりです。」そう3人で挨拶をして盛り上がる。再びお喋りに花が咲くのだった。
さらに約1時間が過ぎた頃、里穂と香澄さんが賑やかに戻って来た。皆で今日の出来事を報告し合っていると流石にお腹が空く。「ここはうちが奮発して!」と早紀さんと千里さんが上寿司を注文してくれた。お寿司が来る間に美穂と歌穂が茶碗蒸しを作り始めた。料理に疎い4人のお姉さんたちはじっと2人の様子を眺めていた。小学生ながらの高級割烹の調理場のような動きを見せる2人に感心する事しきりだった。
明日は日曜日、信子、優太ママ、優太君は泊りの公演のため今日は地方のホテルで外泊だ。お寿司をつまみながら茶碗蒸しを頂くという女性らしいパーティーは夜更けまで続いた。
ああ!昭和は遠くなりにけり!!第13巻 @dontaku
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