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少し呆れた笑いを含んだような伊原さんの言葉に、私以外の2人が凍りついた。
…状況をイマイチ理解できない私の頭が悪いんじゃないかと思う。
少しでも辞めようとしたことを…それを口にしたことを後悔する空気だ。
「もう学生じゃないですし、自分の仕事に責任を感じてもらいたいんですよ。あなたが辞めることが今うちの会社にとってどれだけ大きな損失になるか、あなたはわかってない」
伊原さんは平然とした表情で箸を動かしながら言ってのけた。
「伊原、そんな風に言わなくたって…」
「でも実際本当のことでしょ。遠藤さんたちは先生を甘やかしすぎです。1つ仕事を断ればそのあと仕事がこなくなる。こんなの子役の俳優でもわかる話ですよ」
そうだ…よく考えればわかる話だ。
趣味だからじゃない。
好きだからじゃない。
書けない時もある、じゃない。
小説を書くことは私の仕事だ。
これでお金をもらっている。
これで生活している。
私の本は私だけの力で出せたわけじゃない。
そんなの…わかっていたはずなのに。
だから伊原さんは有無を言わさず休業を断った。
私の意見を聞くことすらしなかった。
伊原さんは正しい。
私は間違っていた。
せっかく楽しく飲んでいたのに、そのあとはなんだか少しギクシャクしてしまった。
伊原さんだけは淡々としていたけれど、その言葉を強く否定しない遠藤さんと相澤さんを見ると、私は大切な収入源であることを肯定しているように思えた。
当たり前だ。
当たり前のことを、ただ言葉にして言われただけ。
喜ばしいことだ。
会社にとって手放させない存在だと思ってもらえているんだから。
あのあとどうやって3人と別れたのかは、あまり覚えていない。
ーー気づけば時はあっという間にすぎて行って、いつからこだまに行っていないのかも、どうやって今まで小説を書いていたのかも…わからなくなっていった。
桜は見る間もなく散り去り、春を感じることなく暑さを迎えることになりそうだ。
モヤモヤした気持ちは消えることがなくて、きっとこだまで美味しいご飯を食べれば解消されるであろう黒さも、晴澄に見られたくないと思うとなかなか踏み出せずにいた。
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