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「映画化!?」
「んー」
再度驚くサトリさんの声に煮え切らない返事を返す。
「あんた…結構すごい人だったのね」
「映像化自体は一度したことがあって…でもその時は制作費もなくてVシネ?てかいうか配信限定だったんですよね」
「え、知らなかった。言いなさいよ」
「中途半端過ぎて逆に言いづらくて」
「で、今度は?」
「デビュー作の映画化でちゃんと有名な俳優さんたち使うって言ってましたけどまだ話が来てるってだけで迷い中…」
私はこの時点で少し酔っていた。
休業がうまくいかなかった話を晴澄に話すのはなんとなく気が引けて、シラフでは話せないと思ったから。
映画化の話を聞いても素直に喜べない。
そんなビビリな私を隠すためでもあったかもしれない。
「そんなの迷う必要ないでしょ」
「まぁ…そうなんですけど」
多分どれだけ悩んだって映画化の話は引き受けると思う。
こういうチャンスを自ら逃すほどバカじゃない。
「映像化って色々問題あるって聞きますけど大丈夫なんですか?」
水を持ってきてくれた晴澄が、今日初めてこの話題に関して口を開いた。
久しぶりに、晴澄を正面から真っ直ぐ見たような気がした。
「私は映像化に関しては無知だから…脚本もキャストも任せるつもりでいるし、作品は見るかもしれないけどどんな仕上がりになっても文句を言うつもりはなくて…。実写化の場合、原作者の収入は大して多くないし、そこに対して労力を注ぐのはもったいないように思うから」
「………」
「ただ、こういうのって自分の名前を知ってもらえるチャンスではあると思う。原作の重版や比例して他の作品も売れる。新作をこのタイミングで出すのも悪くないと思う…」
「……それ」
「まぁなんとかなるよ」
晴澄が心配してくれているのはわかる。
休業を考えていたはずが、いつの間にか仕事に拍車がかかっている。
この先を思うと少しげんなりする。
露出は考えていないけど、インタビューとかは前回の時も結構あったような…。
だけど、前に進む以外の選択肢が…もうない。
「とりあえずしっかり休んで寝なさいね、これから体力勝負でしょ」
「そうですね。今年も頑張ります」
結局そのあと店が忙しくなって、晴澄と2人で話す機会はなかった。
キッチンの奥から出てこない晴澄をわざわざ呼ぶのも申し訳なくて、サトリさんにだけ別れを告げて店を出た。
外は寒い。
寒いっていうか凍てついた空気がもはや痛い。
「槙江さん」
歩き出そうとした時、晴澄が店から出てきて私の名前を呼んだ。
「ん?」
「マフラー、忘れてますよ」
「ああ…どうりで寒いと」
「酔ってます?」
マフラーを受け取ろうとすると、その手をすり抜けて晴澄が直接首にかけてくれた。
近づいた瞬間感じた晴澄の香りが、なんだかくすぐったかった。
「ありがと」
「………」
「?何?」
晴澄は、さっきから何かを言いたげだった。
首にかけてくれたマフラーから手を離さず、そのままじっと私を見つめる。
こうして近くで見るとつくづく顔が整っていて、なんだか照れ臭くなって、意識せずともつい目を逸らしそうになる。
「槙江さんは…本当にすごい人なんですね」
「映画化のこと?私がすごいわけじゃなくて出版社が力になってくれてるんだよ」
「俺に…なにかできることないですか?」
「…え?」
「ちょっと…心配で」
過保護だな…晴澄は。
…果報者だな……私は。
仕事がある。
本当はそれだけでも有難いのに、
それを自分の勝手な理由で手放そうとして、
年下の男の子に…こんな風に心配してもらえて。
身体は寒いけど、心はとても暖かい。
「ありがとう。いつもごめんね、心配かけて」
「………」
「辛くなったら自分でここにくるから…。その時は、晴澄の美味しい手料理で出迎えて」
「っ」
「私は、それが今一番幸せ」
自然と笑顔が溢れた。
ここ最近で1番自然に笑えた気がする。
色々あったけど、
本当に色々あったけど、
あの時…晴澄に悩みを聞いてもらえてよかった。
晴澄がくれるたくさんの優しさが、
もう少し頑張ろうっていう勇気をくれるんだよ。
晴澄がくれるたくさんの言葉が、
私に自信をくれる。
知らないでしょう、晴澄。
そうやって晴澄が無意識にくれるものが、いつも心を軽くしてくれるのに、同時に苦しくもすることを。
知らないでしょ…晴澄。
私は、あなたがいるだけで救われる。
「じゃあ行くね」
手を離した晴澄に背を向けて歩き始めた。
だけどすぐにまた手を掴まれ、それを制される。
「槙江さん」
「…?」
「…応援してます。誰よりも」
「ーー、っ」
真っ直ぐな瞳で伝えられて、
涙が出そうになった。
ーー人生を、
やり直すことができるのなら、やり直したいと思っていた。
そういう風に自分に思わせているのも自分だし、誰を責めることもできず、途方もない願いのような気もしてた。
「ありがとうっ…」
だけど今は少し違う。
失った時間を取り戻すことはできないし、
もちろん今もまだやり直せたらって思うこともあるけれど、
こんな人生だからこそ、感じられた優しさがあることも知っている。
自分に劣等感を感じて、
その度に人に励まされて、優しくされて、
今この瞬間も、泣きそうになるくらいの幸せを与えてもらって、
ここまで生きてきた。
それをなかったことになんてできない。
辛くても、苦しくても、
先が見えなくても、
とりあえず進んでみようと思う。
このチャンスは、
私にしか転がっていないと信じてみたいから。
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