大口の代償

28

年が明けて初めて“こだま”に行ったのは1月の半ばだった。


年末年始は店が閉まっていたし、晴澄もレストランの繁忙期で忙しかったようだった。



私もこの年の瀬色々あった。



「え、あんた休業しようとしてたの?」


サトリさんはグラスを拭きながら少し驚いた様子だった。

少し離れたところで料理の仕込みをしていた晴澄も手を止めてこっちを見る。


「いやもともと無理だと思ってたんですけどね…うちの担当怖いし…」



意を決して長期休業を申し出た年末ーー。



「え、正月ボケですか?」


「いやまだ明けてないですし」


「寝言は寝てるうちに言ってください」


「寝てません」


「無理です」


「そこをなんとか…」


「先生、自分で自分が1番休めないって、よくわかってるんじゃないですか?」


「っ」


伊原さんは私のデビュー当時からの付き合いで、直接私の担当になったのは2年前から。

若いのに言葉がきついって編集部では有名で、

でも正確で、ハッキリものを言ってくれて、

なんだかんだ最終的には私の味方になってくれるような、そんな人だった。



「本気で休む時は、あなたが小説家を辞める時です」


「………」



その言葉に続く返しが、思い浮かばなかった。

全てが中途半端だと、バレてしまう間だった。


だけど…想像しないわけではなかった。

自分が小説家を辞めること。

引退すること。


今とは違う人生を、考えてみること。


「考えてます?でも駄目ですよ」


伊原さんは意地悪だ。

わかりきっていることを、あえて口にしてくる。

人の気持ちを見据えたように嘲笑しながら、欲しい時に優しい言葉をかけてはくれないのだから。



「…じゃあ他の話をしましょう。あなたがもっとここから離れられなくなる話です」


真剣な眼差しで、

まるで脅しのように聞かされた話は、本当に私をこの世界から逃げ出させてはくれなかったーー。


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