薄明の彼方
Naml
屋上の先客
佐伯航は毎日、意味のない繰り返しに押しつぶされそうだった。
終わりの見えない業務、延々と続く報告書、
そのすべてが胸の奥を締めつけて、息苦しかった。
いつしか、何のために生きているのかもわからなくなっていた。
朝、目が覚めて、また同じ一日が始まる。
そんな無意味さに、ただ虚ろに耐えているだけだった。
ある日、どうにもやり場のない気持ちを抱え、
ふと会社の屋上へ足を運んだ。
そこは、誰にも邪魔されずに静かにいられる場所だった。
死にたいわけでも、生きたいわけでもない。
ただ、ここに来れば、少しだけ世界が遠くなる気がした。
十三階にある屋上の扉を開けると、冷たい風が顔を撫でた。
薄暗い屋上に立つと、遠くの街のざわめきが小さく聞こえる。
灰色の空は夕暮れに染まりかけていた。
そこに、ひとりの女性がいた。
白石芽依。
彼女もまた、明るく振る舞いながらも、どこか壊れかけた心を抱えているように見えた。
二人は言葉少なに、その場所の空気を共有した。
芽依は時折、遠くを見るように視線を泳がせた。
静かな時間がゆっくりと流れた。
彼女が、ぽつりと呟く。
「ここは…最後に来る場所、なのかもしれませんね」
佐伯はその言葉を飲み込み、沈黙を守った。
やがて芽依は、静かに鉄柵の方へ歩き出した。
佐伯もすっと立ち上がり、その背中を見つめた。
風が強く吹き、彼女の髪を揺らす。
芽依の姿は、ふっと空に溶けていくようでもあり、
そのままここに残っているようにも見えた。
佐伯は目を閉じ、深く息を吸い込む。
何が起きたのかは、彼の胸の中でだけ揺れていた。
屋上の扉は、静かに閉じられた。
薄明の彼方 Naml @kita_
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