バースデーケーキの墓標

K太郎

バースデーケーキの墓標

 今日は一段と気温が低く、この辺りでは珍しく雪が降っていた。

 私は目の前のホールケーキをぼんやりと見つめながら、妹がYouTubeで流した知らないバンドのライブ動画を聞き流していた。

 隣に座る妹は悪びれる様子もなく、この曲がどうだか、ここの演奏がどうだか、一方的に父親に話し続けている。


 事の発端は母がロウソクの数を間違えたことだった。妹は今日で16になるのに、母は勘違いして5本入りのロウソクを3袋しか買ってこなかったのだ。

 父は妹をなだめたが、妹は納得しなかった。だって今日は記念すべき彼女の16歳の誕生日で、16歳の誕生日はこれで最初で最後だから。

 話し合いの結果、妹の熱弁により買い間違えた母に問題があるということになり、たかがロウソク1本の為だけに母は買い物に出かけ、私はケーキをお預けされることになったのだ。

 妹は変なやつだった。ステーキの焼き加減にめんどくさいほどのこだわりがあって、バースデーケーキのロウソクの本数に異様な執着がある。

 妹は変なやつだから、私よりも頭のいい高校をたった2ヶ月でやめたし、学費が馬鹿にならない私立の通信制高校に転入したし、私が学校で勉強している間はずっと訳のわからない音楽を作っている。

 妹の自分勝手の後処理はいつも私たち家族がやらされてきた。両親は度々妹を叱っていたけど、最近は少なくなった。妹は変なやつで、妹は才能があって、それで、私は真人間だった。

 テレビで流れているライブ映像を見やる。小汚いライブハウスでスリーピースのガールズバンドがヘンテコな演奏をしていた。

 言ってることが訳分からないし、映像も画質が荒くてショボいし、今の音キモかったし、何がいいのか全く分からない異端ぶりたいだけのアングラ音楽だと思った。

 多分父も同じように思っていて、妹の話にただ相づちを打つことだけをしていた。

 そうして過ごしていると、母が身体を震わせながら帰ってきた。

 手を擦りながら小さなカバンから5本入りロウソク1袋を取り出して妹に渡すと、妹は上機嫌でロウソク16本をホールケーキへと無造作に刺していった。

 ホールケーキに敷き詰められた16本のロウソクを見て、私は昔に洋画で見た墓場を思い出した。

 広大なクリームの原っぱに、ロウソクの十字架が所狭しと並んでいるようだった。

 墓場の十字架の下には死体が埋まっているが、ロウソクの下には何が埋まっているのだろうとぼんやり考えていると、母にバースデーソング歌うよ、と声をかけられ私はその思考を隅へやった。


 バースデーソングを歌っているとき、ふと、私の脳裏には家族で星を見に行ったときのことが浮かんでいた。

 夏のよく晴れた日に、父が車を走らせて山奥まで連れて行ってくれたのだ。

 その日は星がすごくきれいで、私は嬉しくなってスマホカメラなんかで写真を撮ってみたりした。けれど、カメラは大きな星しか移さず、小さな星は夜の黒に呑まれてしまった。

 大きな星しか写っていない写真は、なんだか貧相でしょうもない感じがした。

 当時中学二年生だった妹は、私の隣でしばらくじっと星空を見つめてから急に泣き出してしまった。

 ついにはその場にしゃがみこんでしまって、結局その日はすぐに帰ることになった。妹は帰りの車でもべそべそ泣いていた。


「ごめん、泣いちゃってごめん。怖くなっちゃったんよ。あの星たちが、あたしのことじっと見つめてるように見えて。こんなことで泣いてごめん、普通じゃなくてごめん。普通だったら、あたし、みんなに迷惑かけなかったし、学校だっていけたし。だから、3年生からは、あたし頑張るから。頑張って、高校通えるようにするから。そんで、ちゃんと友達付き合いして、迷惑かけないようにするから」


 あの夜は妹が布団の中ですすり泣く声が聞こえていたのを覚えている。

 私は父が切り分けてくれたショートケーキを見つめながら、ロウソクの下には妹が埋まっているんじゃないかと感じた。

 きっと半年後の私の誕生日は土砂降りだろうし、ロウソクの数は4本なんだろう。

 それからロウソクの穴でぼこぼこのケーキをゆっくりと嚥下した。

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バースデーケーキの墓標 K太郎 @kyan_gorou

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