第1章閑話 その10 カラオケボックスその4

 何度も歌わせたことで、奏にはかなりの負担をかけてしまった。

 そのため彼女には休んでもらうことにし、他の人が歌うようになる。

 俺たちも持ち歌を披露し、しっかり楽しむことができた。


 こちらに来た舞も、何曲か披露する。

 しかし最初に歌った時と比べ、わずかにずれているように感じられる。


「舞、どうしたの? 歌うことに集中できていないみたいなの」


 めあの質問は、まさに俺たちが感じた事であった。


「歌うことに集中……ああ、そういうことだったのね。納得できたわ!」


 何か、吹っ切れたようであった。

 歌いたいとのことであったため、マイクを手渡す。

 そして、舞の歌が始まると……かすかに、空間に変化が見られた。


 舞の姿自体も、魔女のような少し変わった衣装のように見える。

 そして、プラネタリウムのような形で星空が展開されていく。

 歌の内容は、天使を殺しつつ星空を守る魔女という物騒なものであり、その歌の印象が空間に投影されているようであった。


「歌の方が、主になるのね。まだ奏の領域には程遠いけれども、極めればすごい力になりそう」


 結希の時も感じたが、舞の成長速度も化け物らしい。

 何度かの試行によって、歌による空間の具現化がある程度行われたようだ。


「魔法使いの先達として、このくらいは見せないとね。まだ、表面をなぞるだけでしかないけれども」

「先達、か。そういえば、舞は今何歳になるのだ?」

「久郎、女性に歳を聞くのは失礼だよ!」


 そうはいっても、気になるのだから仕方がない。

 わりと思うことを素直に口にするのは、俺の癖のようなものだ。


「今年で24歳。先日誕生日を迎えたばかりよ」


 そして舞は、あっさりと答える。

 ネットなどで検索すれば、すぐに出る情報だからであろう。


「9歳差か。十分射程圏内だな」

「久~郎~。そろそろボケでは済まされないよ~!」


 結希が怖いので、このくらいで止めておく。

 そもそも、俺は恋や愛という感情が、よく分からない。

 恐らくあの、小学生最後の年に、それらは失われてしまったのであろう。


「ねえ久朗、この曲はどうかしら?」


 にっこりしながら、舞がコード表を見せる。

 勧められた曲は、三角関係のドラマの主題歌であった。

 俺、奏、舞の三人で歌うことになるのだろうが……。


「その曲を、具現化させるのか?! 俺に死ねということか!」


 最後の部分で、二股をかけていた男性が刺されることで、歌と物語は終了している。

 奏の力があれば、ナイフの痛みを再現することは容易であろう。

 俺のボケに対して、舞も少し怒りを感じていたのかもしれない。


 ほぼ土下座状態で謝罪し、何とか歌うことを避けることができた。

 奏も苦笑いしており、この曲については熟知していたようである。


 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。

 さすがにそろそろ、終わりにするべきであろう。


「最後は、誰が歌うんだ?」

「僕が歌う! そして、奏さん、良いかな?」

「分かりました。もう一曲、頑張ってみます」


 結希が選んだ曲は、片思いの少女を歌ったものであった。

 ただ見つめるだけで、心を伝えられない少女。

 思いを秘めている彼女に対し、恐らく結希は『シンクロニシティ』を使うことで、自分の思いを届けているのだろう。


 ここで盗聴するのは、あまりにも失礼というものだ。

 俺は歌にだけ、集中することにした。


 歌い終わった結希と奏の瞳に、うっすらと涙のようなものが見える。

 それを指摘するほど無粋な者は、この場にはいなかった。


「楽しかったの。また今度、一緒に遊ぶの!」

「ええ。機会があれば、こういうのも悪くないわね」


 俺たちは店頭で、別れることにした。

 奏、舞もそれぞれの用事があるとのことであったため、ここで解散ということになる。


「奏、それじゃあね。次に合わせるときは、僕ももっと上手になっているから」

「はい。楽しみにしています」


 なんとなく、奏と結希は相性が良さそうだ。

 俺自身も、惹かれる部分がある。

 心を合わせた時の、あの凄まじい毒は勘弁願いたいところであるが。


 こうして、俺たちはカラオケボックスを後にした。


「バイバイ、なの」


 めあが、こっそりと口にする。

 誰にも聞かれないまま、その声は空に溶けていった。



 Side 奏


「ふぅ。……楽しかった、なぁ……」


 自分でも、驚いている。

 私にまだ、楽しいと感じる心が残っていたということに。


 自分は、楽しむことを許されないと思っていた。

 特に妹を失ってからは、より強くそれを感じ、自分の心を縛っていたはずであった。


「うん。楽しかった。でも、これはあくまでも一時的なもの」


 自分自身に言い聞かせる。

 私の手は既に、赤く染まっているのだから。


 あの人たちは、恐らく敵になると思う。

 その中でも一番厄介な、舞に能力を知られたことは、失態かもしれない。

 しかも、まだ完全とは言えないものの、能力の再現まで行っていたのだから。


「起きたことは、仕方ないよね。きちんと報告して、指示を仰ぎましょう」


 私は「家」に向かうことにした。


 その後ろを、人影がつけている。

 奏はそれに、気づくことはできなかった。


 だが、奏を責めるのは酷であろう。

 その人影は空を飛んでおり、足音一つ立てることがなかったのであるから。

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ブランシュ&ノワール 第1部 ~穢れたカラスと無垢な白鳥~ Takanashi @mark0909

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