第1章閑話 その9 カラオケボックスその3
音楽が流れ、奏が歌い始める。
その瞬間に、俺たちはおびただしい数の鎖によって拘束され、動けなくなった。
それは、悲しい少女の物語。
自らの意志を持つことを許されず、ただ命じられるがままに生き続ける。
他人のおもちゃにされ、道具として心も体もすりつぶされていく。
まるで操り人形のように、すべてを支配され穢されていくその姿は、あまりにも哀れであった。
「この鎖、術式干渉しても解けない! 私が何もできないなんて……」
辛うじて、顔だけは動かすことができる。
舞が何らかの魔法を使おうとしているようだが、それは圧倒的な歌の力により、打ち消されてしまったようだ。
“ダメだよ、奏! 僕は知っている。奏は本来、自由に生きられるだけの力があることを!”
“その通りだ。お前は操り人形ではない。一人の人間だ!”
必死に呼びかける、俺と結希。
俺たちにとっては、既に単なる「歌」には聞こえなかった。
それほど彼女から放たれる絶望感は強く、気を抜いたらそのまま意思を奪われそうなほどである。
無意識に、シンクロニシティを発動させていたようである。
俺たちの叫びにこたえ、彼女の歌に力が込められていく。
自らの意志を持って、生きることを決意した少女。
もう、誰も束縛することはできない。
彼女の背中から、光の羽が見えるような幻覚とともに、歌が終わる。
俺たちを拘束していた鎖も崩れ落ち、自由を取り戻したという思いを抱いた。
しかし、歌の終わりと同時に羽は消え、再び彼女は鎖に囚われる。
解放されたのは、俺たちだけであった。
本来この曲は、歌い手が解放されるものである。
だが、彼女を縛り付ける鎖はそれほどまでに、強力なものであるということなのだろう。
「私の知識の範囲を、超えているわね。しいて名付けるとしたら、空唱具現……」
「それ以上は、まずいぞ!」
さすがにそれは、いくら何でもダメな名前だろう。
慌てて舞を止めた俺に対し、めあがジト目でつぶやいた。
「約束された勝利の歌、の時点でアウトなの」
確かに。
めあの正論に、膝をついて崩れ落ちる。
「能力名はさておき、これはとんでもない力ね。バグに対しては、効果があるのかしら?」
「すみません。バグに対する効果は、確認できませんでした」
それは、本当に残念である。
とはいえ、指向性を持たせてバグだけに効果が及ぶようにしなければならないため、このままでは使用不能であるのも事実だ。
「となると、味方の強化に使うのが正解だと思うわ。そういう歌は、使えないのかしら?」
「今のところ、ほとんど……ごめんなさい」
あれ? と俺は感じた。
「それは違うぞ。少なくとも、結希と共に歌っていた時は、俺たちに力がみなぎっていた」
「え? それは、あなたたちが彼女と『シンクロニシティ』を試した結果なの?」
舞の問いかけに、俺たちは答える。
「ああ。俺の場合は、選曲ミスでかなり苦しい思いをしたが」
「僕の方は逆で、力がみなぎるような感じを受けたよ。久郎もあれ、感じたよね?」
結希の言葉に、肯定の意を示す。
その結果に、舞はかなり悩んでいるようであった。
少し考え込み、舞は奏に質問を投げかけた。
「この二人以外とは、歌ってみたの?」
「いえ、私も初めての経験で、戸惑っているところです」
それを聞いて、舞が頷く。
その上で、奏に提案した。
「ねえ、試しに私と一緒に、歌ってみない? もしかしたら、より深くその能力について分かるかもしれないから」
「舞と、ですか? 知っている曲でしたら、協力いたしますが……」
奏は戸惑いながらも、承諾した。
自分の能力が、どれだけの力を有しているのか、今日この時まで完全には分かっていなかったのだ。
検証する必要性を、感じたのであろう。
二人はその後、コード表を見ながら「惹かれ合うもの」という曲を選択した。
奏の言葉に従い、世界が描き替えられる。
格子によって、閉ざされた世界。
閉塞感の漂う中、意に染まない行為を繰り返さざるを得ない二人の女。
その中で二人、奏と舞は、互いに惹かれ合っていく。
「凄まじいとしか言いようがないな。この俺ですら、茶化す気にすらならない」
「だね。この悲惨な世界観では、共依存にならざるを得なかったと分かるよ」
歌が終わる。
恐らく舞は、彼女の心と触れ合ったのだろう。
少しだけ、顔色が悪い。
「わたしとの間でも、しっかり発動したわ。『シンクロニシティ』とは別の能力としか、言いようがないわね」
研究所で調べたときには、奏のこの能力は「単独で」使う場合として測定された。
だが、本来この能力は「他人と共同して使う」ことによって、真価を発揮するものだったようである。
さすがに全員を集めて検査したのではないため、この見逃しを責めるのは酷であろう。
その後、めあと奏の共鳴を試してみた。
しかし、こちらは上手くいかなかったようだ。
幻想の世界は展開されたものの、そのまま奏だけが歌うという状況であった。
一体、めあと舞の差はどこにあるのだろうか?
「推測でしかないけれども、一定以上の歌唱力が発動に求められるのかもしれないわね」
それは、十分可能性のある仮設だ。
めあは可愛らしい声であり、歌声も綺麗ではあるものの、俺たちのような「専門家」には到底及ばない。
また、舞と俺たちが感じたものを比較した結果、俺たちの方がより強く奏と共鳴していたことも判明した。
元々『シンクロニシティ』を能力として有していたことが、大きいのであろう。
「彼女の真価を見ぬけず、フジ中央高校に来させなかったのは痛恨ね。この力があれば、結希と久郎ははるかに強くなれるはずだから」
「それは、彼女に対して失礼だと思うぞ。俺は彼女を道具として使う気はない!」
「僕も、怒るよ? 彼女は意思のある、人間なのだから」
俺たちは、本気で怒りをあらわにした。
事実としてそうだったとしても、この言葉を許すわけにはいかない。
「ごめんなさい。つい、研究者としての癖が出てしまったわ。反省しています」
奏に対して、謝罪する舞。
「別に、気にしていません。そういう目で見られることは、想像していましたから」
奏の方は、さほど気にしていないようであった。
「じゃあ、まためあが歌うの! 難しいことを考えていたら、つまんないの!」
「そうだよ! 僕もまだ、歌い足りないと思っていたんだよ!」
どうやら、めあは空気をあえて「読まない」ことで、場の雰囲気を和らげているようだ。
ここからは、素直に歌を楽しむことにしよう。
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