第1章 第15話 試合~久郎その1~
ステージに向かう前に、俺は訓練服のポケットからラムネの小袋を取り出す。
そして、中身を一気に口に放り込んだ。
これは、俺が試験のような困難に立ち向かう前の、ルーティンだ。
頭を使うときに、脳は大量のエネルギーを必要とする。
そのため、あらかじめブドウ糖を摂取しておくことで、最大のパフォーマンスを発揮できると考えている。
欲を言えば、ペプシの原液を用いた「炭酸抜きのコーラ」が欲しかったところだ。
とりあえず、こちらの準備は整う。
機体を呼び出し、アリーナに進んだ。
「最後の試験は、神崎久郎 対 藤花舞です。彼は御門祐樹の義兄弟であり、良い試合が期待されます!」
だから、ハードルを上げないでくれ!
心の中で叫びつつも、俺は機体の最終確認を行った。
武装、エネルギー等すべて異常なし。
さすがにここで、トラブルを起こすのは不自然だと考えたのだろう。
「これに対するのは、冬花舞。ディサイプルを使用していますが、それがどれだけ試合に影響するでしょうか?」
相対する緑色の機体が、手を振る。
機体の表面に、うっすらとオーラのようなものが見える。
気のせいというのは、希望的観測であろう。
「さすがに、教師が二連敗というのは避けなければね。私の全力をもって、戦うわよ」
相手の気合は、十分のようだ。
念のため、こちらが最終確認を行う。
「俺の勝利条件は、舞の機体に大ダメージを与えること。敗北条件は、機体の戦闘不能。これで合っているだろうか?」
「ええ。合っているわ。あと場外に、10秒以上いることも敗北条件ね」
条件、及び状況の確認は済んだ。
正直、俺が勝てるというビジョンは描くことができない。
だが「最後の手段」を使えば、届く可能性はあるだろう。
「両者構えて……始め!」
俺の方も、機体から音楽を流す。
選んだのは「Odileオディール」という曲。
白鳥の湖を、モチーフにしたアニメの挿入歌だ。
物語を再構築しており、黒鳥の少女をヒロインとしている。
原作とは異なる形であるが、結末は悲劇的であった。
美しくも寂しげな響きが気に入っており、俺はむしろこういう曲の方が、性に合っている。
「フィギュアスケートでも、始めるつもりなのかしら? まずはあいさつ代わりの、これからいくわね!」
舞の機体が保持している、波打った形状のナイフから緑色の光があふれ出す。
「クリスナイフ」と呼ばれるものであり、武器としてではなく、魔術の補助に用いられることが多い。
巨大バグとの戦いでも、使っていたものだ。
そのことからも、この戦いにおける彼女の真剣さが伝わってくる。
光がおさまった後には、機体の前にいくつもの緑色をした玉が浮かんでいた。
風属性下位魔法の「ウインドボール」だと思われる。
しかしこれだけの数をまともにくらえば、戦闘不能は間違いないだろう。
「お手並み拝見。『マルチプル・ホーミング・ウインドボール』……発射!」
魔法名に、嫌な単語が付け加えられていた。
こちらの機体に殺到する、風の玉。
動けばそれに追随し、迫ってくるこの魔法はほぼ、壁が迫ってくるようなものである。
回避は、現実的な選択肢ではない。
「迎撃一択、だな。すまない、フォローを頼む!」
俺は「あいつ」に呼びかけ、共闘することにした。
緊急事態の時に、こうして「あいつ」と共に戦っている。
巨大バグとの戦いの時に、公園入口のチェーンを利用するというのも実は、「あいつ」のアイデアだ。
より広い視野をもって戦うときに、かなり助かっている。
ただし、常用できるものではない。
脳にかかる負荷は、俺だけで戦う時よりはるかに厳しくなる。
二人分の人格が、フルに考えているのだから当然だろう。
ウインドボールの特性として、衝撃に弱いという点がある。
わずかな衝撃で破裂してしまうため、やり方によってはあっさり相殺できるだろう。
ただし、体を掠めただけで爆発するという側面もあり、明確なデメリットとは言い難い。
確実に仕留めきれるかどうかが、運命の分かれ道だ。
「ボール同士が近づいた瞬間も狙って……今!」
今回の試合では、両手に銃を装着している。
少しでも手数を増やすための策だ。
迫りくる風の玉を、次々と打ち落としていく。
誘爆を狙うことで、少しでも攻撃回数を減らすよう心掛けている。
完全に補充されているとはいえ、弾数は無制限ではないからだ。
だが近距離で撃ち落とした場合、爆風でダメージを受けることになる。
その見極めが、非常に難しい。
「!! 7、及び8!」
二つの玉が、死角から襲ってきた。
幸いそれに気づいた「あいつ」の警告があり、誘爆させて対処する。
二人で分担したとしても、視界そのものは、普通の人と変わりない。
だが注目する場所を変えることで、戦況を把握する上で非常に有利になっているのだ。
分かりやすい例を挙げるならば、対戦形式のパズルゲームで自分のフィールドとともに、相手のフィールドにも意識が向いている、という状態である。
「11……まずい! 次の魔法だ!」
魔法の展開速度が、非常に速い。
まだ最初の魔法が終わっていないにもかかわらず、次の魔法を放つ準備が整いつつある。
強力な魔法は、連続で使うことが難しい。
多数の攻撃を同時に行い、かつ追尾性能を持たせた魔法であれば、普通は一連の攻撃が終了するまではクールタイムという、猶予があるはずなのだ。
母であるミフユとの戦いで、ある程度クールタイムについて把握していた。
しかし舞の方が、圧倒的に短い。
恐らくクリスナイフによる補助が、大きいのであろう。
次の魔法も、かなり大技のようだ。
迫りくる玉に対処しながら、その技に対処できる場所は……舞のすぐ近くしかない!
「続けるわよ。『トルネード』!」
俺はブースターをフルに稼働させ、舞の近くに突っ込んでいく。
後ろの方で、残ったウインドボールの爆発音が連続して響いた。
明の戦闘から発想を得た、捨て身の突撃を使わなければかわせなかっただろう。
俺の背中に、凄まじい突風が吹き荒れている。
魔法による遠距離型は、近接攻撃に弱い。
こちらが得意とするところまで、踏み込むことができた。
しかし、突如として背筋に冷たいものが走る。
考える間もなく、俺は横に向けて飛びのいた。
「からの……『ダウンバースト』!」
寸前までいたところに、猛烈な突風が吹き下ろされる。
余波だけで、少し体勢が崩れるのを感じるほどだ。
直撃していたらと思うと、ぞっとする。
この距離であっても、こちらが有利と言い切れないのか。
厳しい戦いは、まだ始まったばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます