第1章 第14話 試合~結希、決着~
静まり返った会場。
その中で、審判が動き出した。
「試合終了! 勝者、古賀まも……えっ?」
判定が下されそうとした、まさにその時である。
守が機体を送還し、審判に駆け寄った。
そのままその手をとり、首を振る。
判定が下されぬまま、守は結希に向けて声をかけた。
「確認のための質問だ。なぜ、盾に阻まれると分かっていてなお、突きしか使わなかったのだ?」
これは、会場の誰もが感じていたことだろう。
俺も、明らかにおかしいと思っていた。
「その盾を壊すのが、目的だったからです。ヒーローマガジン3月号、リコール対象の欄。まさにその盾が、対象の型番でした」
俺はようやく、この盾をどこで見たのかを思い出した。
ヒーロー、及びヒーロー見習いにとって必読書の一つである「ヒーローマガジン」。
後ろの方にあり、普通は読み飛ばすところに掲載されていた「リコール対象」の項目だ。
この型番の訓練用シールドに、構造上の弱点が確認されたこと。
そのため長期使用の際は、注意するようにということが、先月号に記載されていた。
もっとも、リコール対象としての重要度はB判定。
訓練用であることと、経年劣化で分かったということもあり、交換対応は行われなかった。
だが、その部分に欠陥があることは事実である。
結希はそれを覚えていて、盾を破壊するという手段を選んだようだ。
ちなみに結希の学問の成績は、中の上といったところである。
しかし、興味を抱いたことに対する知識は、時に俺すらも凌駕する。
今回はそれが、発揮されたようだ。
「確かに、その型番のようだな。データベースと照合し、今気づいたところだ」
普通は、このレベルの知識だろう。
重要度A以上ならばともかく、B以下のものまで覚えている者は少ない。
「さすがに、想定外としか言いようがない。こちらも見てくれ」
守が、もう一方の盾を観客席に示す。
そちらにも、大きなひび割れが走っていた。
もう一回「百舌」を受けていたら、恐らく破損していたであろう。
「信じられるだろうか。試合中に放たれた突きの回数は、300を超えている。そのすべてが、弱点に突き刺さっていたのだ」
常軌を逸した、正確性と言えるだろう。
突きしか使わなかった、のではない。
突きだけで、相手の防御を正面から貫いたのだ。
最後の「隼」への動きは、とどめを刺すためのダメ押しだったのだろう。
ここまでダメージを受けた盾であれば、たとえ防御したとしても砕け散るだけだ。
その後は、いかようにも料理できる。
会場に、どよめきが走る。
これがもし、固定された盾に対するパフォーマンスだったとすれば、まだあり得ることかもしれない。
しかし、自分より技量が高い相手を前に、弱点を狙い続けることができるかと言われれば、否と答えるものがほとんどであろう。
「質問を続けよう。なぜ、盾を破壊することにこだわった? これだけの技量があるのなら、他の戦い方も可能だったはずだ」
守の問いに、結希が答える。
「試合開始の時に、機体のエネルギーが半分を切っていました」
これは、整備スタッフの大ポカとしか言いようがない。
いや、整備スタッフ内に例の組織に所属する者がいたとしたら、あえてその状態で試合に挑ませたのかもしれないが。
「そのため、動き回ることは困難でした。消費が比較的少ない、突きによる盾の破壊。これが、唯一の勝ち筋だと判断したためです」
淡々と述べているが、これはとんでもないことだ。
フェイントや崩し技を使うのは、戦いの基本である。
それが封じられた状態で、盾を壊すという発想が浮かぶだろうか。
針の穴を通すような、正確な攻撃を何度も繰り返して、ようやく生まれる勝ち筋。
俺にはまず、できないやり方である。
「分かった。審判、この戦いは私の負けだ」
守が、審判に語り掛ける。
「状態が万全でない機体において、なおこれだけの戦果。万全であれば、最後の一撃は確実に決まっていただろう」
それは、ほぼ間違いない。
あの流れであれば、確実に結希がとどめを刺していただろう。
「そして、シールドの破壊。この攻撃ですでに、腕に大ダメージを受けていた」
実際、腕をかばう動きを行っていた。
傷みから、どうしてもそうせざるを得なかったのだろう。
「そして私の敗北条件は、一定以上のダメージだったはず。そうだろう?」
剣道には「小手」という、有効部位が存在する。
ならば実戦においても、腕をかばうほどのダメージを与えたことは、十分評価されるべきだろう。
なお、ブザーが鳴らなかったのは盾で防御した際の誤動作防止のため、腕部にセンサーが設置されなかったためである。
「えっと、僕はどうすれば……?」
戸惑う結希。
それに対し、守は機体の送還を指示したようだ。
機体が送還された途端に、割れるような歓声が起こった。
結希の髪は汗によって、ワックスが完全に落ちている。
つまり、美少女にしか見えないということになる。
「判定します。勝者は、御門祐樹です!」
審判の声に、歓声がさらに高まる。
今までの試合でも、とんでもない戦いはいくつも繰り広げられてきた。
しかし、ヒーロー見習いが、教師という現役のヒーローを倒す。
この衝撃は、それらを上回るであろう。
「頑張れよ。新たなヒーロー」
守が呆然としていた結希に対し、声をかけ、肩に手を置いた。
もはや絶叫と呼べるほどの歓声が響き、観客席は半熱狂状態のようだ。
「……この後に、俺が試合?」
思わず、頭を抱えてしまった。
結希の大金星の後に、俺と舞の戦い。
しかも俺が考えた切り札は、結希のような称賛を得られるものではない。
俺の心情は、ほぼ処刑場へ向かう罪人のようなものであった。
正直、逃げ出したい。
だが、やるしかないのもまた事実。
とりあえず、エネルギーの異常などがないことを確認する。
状態は、万全。
あとは、覚悟を決めるだけだ。
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