第1章 第9話 試合~漣~
俺たちは歩きながら、漣の試合について予想する。
「彼女は回復がメインだよね? そうなると、戦いとは違うやり方になっているのかな?」
「可能性はあるな。支援タイプのヒーロー見習いの場合、直接対決で決めるのは明らかに意味がないだろう」
それもまた、見学することにした理由の一つである。
ちなみにバスに乗っていたメンバーの一人、ツインテールの「奏かなで」は、既に試験が終わったというデータが入っていた。
使い慣れた槍が、巨大バグとの戦闘で折れていたため、どういう結果になったのか気になるところである。
グラウンドをそのまま利用しており、回復能力の測定とは考えられない。
そこでは、信じられないことが行われていた。
試合をしていたのは、まだ理解できる。
純粋な回復専門でなければ、試合による加点が期待できるからだ。
だが、そこで繰り広げられていたものは、明らかに異質なものであった。
漣1人に対し、相手は3人。
近接型が2人と、遠距離型が1人という、明らかにミスマッチなものであった。
「何を考えているのだ、運営は!」
俺は思わず、怒りをあらわにしてしまった。
1対1が基本となるヒーロー試験において、このような事態は通常あり得ない。
……まあ1対1とはいえ、教師と戦う事も同じレベルであり得ないのだが。
「でも見て! 彼女、全く動じていないよ!」
結希の言葉通り、この状況に文句の一つもなく、泰然とたたずんでいる。
そのまま試合が始まり、俺はそちらに目を奪われることとなった。
「まず先手。『フラッシュ・フラッド』」
近接型の一方に、鉄砲水が襲い掛かる。
相手は吹き飛ばされ、大きく後退させられることになった。
「次手。『ウォーター・ハンマー』」
その間に迫っていた、もう一方の近接型に巨大な「水の槌」が振り下ろされる。
頭部に直撃し、行動不能に陥ったようだ。
戦闘不能か、一時的な脳震盪かはともかくとして、これで1対2となる。
「三手。『ウェーブ・ウォール』」
漣と遠距離型の間に、水の壁が形成される。
しかもその壁はかなりの勢いで、遠距離型に迫っていった。
銃による攻撃体勢から、慌てて回避行動に変更を余儀なくされる相手。
「両駒狙い。『スプラッシュ』、そして『アクア・ジャベリン』」
吹き飛ばされた近接型の足元から、猛烈な勢いで水が噴き出す。
かろうじて相手は回避したのだが……噴き出した水は、そのまま槍の形状に変化して、ウォーター・ハンマーで行動不能になっている近接型に迫る。
機体の中心部を貫通され、誰が見ても確実な戦闘不能となった。
「そろそろ来る。『ウェーブ・シールド』」
回避を終えた遠距離型が、銃を放つ。
しかし水の盾を貫通することは、不可能であった。
ウェーブ・シールドは恐らく、「ウォーター・シールド」の発展型であろう。
波打つ水の盾は、静止した水の盾よりも遥かに防御力が高そうだ。
「そして、『ウォーター・フォール』」
遠距離型の頭上から、一気に濁流が襲い掛かる。
攻撃に集中していた相手は、ひとたまりもなく飲み込まれた。
地面にたたきつけられ、手足がおかしな方向に向いている。
これで、戦闘不能は2体。
近距離の最後の一人が、せめて一撃を、と言わんがばかりに突撃を行う。
しかし、漣の冷静さが失われることは無かった。
「王手。『ウェーブ・ライド』」
それは、色々とまずいのでは?!
なぜか慌てる俺たちをよそに、彼女は自分が生み出した波に乗って、近接型に突撃する。
波によって加速された漣の一撃が、近接型に突き刺さった。
彼女の魔法増幅は、錫杖によって行われている。
その後ろ側は槍のような形状をしており、それが装甲を貫通する。
開いた穴は、訓練用のリミッターがかかっていなければ間違いなく、致命傷になり得るものであった。
あまりにも、危なげない勝利。
漣は無傷、相手は3機とも戦闘不能。
戦闘特化のヒーロー見習いだったとしても、ここまで一方的な戦いにはならないのでは? と思わずにはいられなかった。
「彼女の強さ、おかしくない?!」
結希の言葉に、頷かざるを得ない。
彼女だけ、専用機を使っているのでは? という疑惑すら感じてしまうほど、圧倒的な試合であった。
しかもこの戦闘能力に加え、回復能力まで有しているというのだ。
総合評価は、どれほどになるのか予想できない。
見習いでないヒーローと比較してなお、凌駕するのではないかと感じるほどであった。
「ほかの二人も、同レベルだとしたら……三人とも、ここに割り振られるだろうね」
「だな。俺たちも何とか、定員の枠に入れるようにしなくては」
ヒーロー見習いから高校に入学することで、一人の「ヒーロー」として扱われる。
そして、入学する場所はすべての高校に分散されているため、一か所あたりの人数はそれほど多くない。
非効率的だと考えた者も、いるだろう。
事実、過去に一か所で訓練を行い、効率化が図られたことがある。
しかし、大量発生したバグの暴走により、全員が戦死するという痛ましい事件があった。
それからはリスク管理のため、分散して育成するという方向に変化しているのだ。
また、フジ市のどこでバグが発生したとしても、即応できるというメリットも存在している。
それはさておき、俺たちは漣に声をかけてみた。
一礼して、機体を送還する漣。
そのままこちらに向けて、歩いてきた。
「何とか、無事に終えることができました。ですが、他の仲間が気になります。歩きながら、説明しましょう」
漣の言葉に、不穏な気配を感じる。
1対3というだけで、明らかに異常事態だというのに、更に何かされていたというのか。
聞くと、かなり悪意ある妨害が起きていたようだ。
回復能力を測る名目で、次々とケガ人を回復させられ、魔力が減少したところで試合に直行させられた、とのことである。
機体の中に、非常時用の魔力回復ポーションがあったため、戦う事ができたとのことだ。
明らかに、今回のヒーロー試験はおかしい。
俺たちは、次に試験を受けるみかんのところに向かうことにした。
恐らくそこでも、異常な光景が繰り広げられているだろう。
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