第1章 第10話 試合~みかん~
俺たちがたどり着くと、既にみかんの試合が始まっていた。
みかんに割り振られた試合会場は、森を模した遮蔽物の多いものであった。
問題なのは相手の数である。
何と、1対5という異常事態に陥っていたのだ。
「1対5?! あり得ないだろう!」
「もう、滅茶苦茶だよ。どうしてこんなことが起きるの!」
俺たちの問いに、漣が答えた。
「恐らく、全国ヒーロー組合の関与だと思われます。私たち「
「抗砂」という単語は、聞いたことがない。
しかし「全国ヒーロー組合」は、俺たちも良く知っている。
トウキョウに主たる事務所を置く、名前倒れの組織だ。
カントウ方面が、滅茶苦茶な状況になっていることは以前、述べたとおりである。
その一端を担っているのが、全国ヒーロー組合だ。
政権との癒着、中抜き、気に入らないヒーローに対する困難な任務の強制。
俺たちが所属する「ヒーローズネスト」とは比べ物にならないほど、悪辣な組織らしい。
法律上、全国のヒーローが所属する組織は、この組合の指揮監督下にあるとされている。
しかし、それを守る組織はほとんどない。
当然「ヒーローズネスト」も、この組織の指示には従わないことを明言している。
それだけ、立場を利用した一方的な命令が行われているということだ。
しかし、カントウ圏に住むヒーローたちはやむを得ず、所属しているらしい。
加えて、カントウ圏にあるヒーローが所属できる「組織に見えるもの」はすべて、この組織の傀儡でしかないようだ。
そのような状況であるため、トウキョウ方面のヒーローに関する情報は、非常に得にくくなっている。
「だが、ここはヒーローズネストの管轄だぞ。通常ならば、この状況は考え難いのだが」
「うん。僕も異常だと思う。恐らく、裏切り者がいるのだろうね」
結希の発言は、俺の危惧と一致していた。
そういう者が、しかも上層部にいると考えなければ、このような状況は起こりえない。
「でも見て! 彼女、この状況をむしろ楽しんでいるみたいだよ!」
結希の言葉により、思考から離れて試合の方に目を向けることにした。
彼女の武器は、黒いボールと白いボールの二種類だ。
相手はそれに翻弄され、近づくことすらできない。
「これは引力と斥力、だろうか? かなり稀有な力だな」
俺の知る限り、この世界において斥力が発生するのは「磁力と静電気力」の二つだ。
なにやら、排他律という形でもう一つあるらしいが、さすがに専門外である。
少なくとも自由に使える「万能な斥力」は、存在しない。
「あいつ」に聞いてみたが、そちらの世界でも同じとのことであった。
「うわあ。相手がまるで、ピンポン玉みたいな状態になっているよ……」
戦いの様子は、むしろ喜劇的なものであった。
彼女に攻撃しようとした、一体の近接型機体。
それを彼女が白いボールで迎撃し、その先にある白いボールで別の方向に加速する。
加速を三回ほど繰り返し、勢いがついたところで木に叩きつけられ、大ダメージを受けてそのまま膝をつく。
それこそネコとネズミの戦いを描いた、某アニメの一シーンのようだ。
次の相手には、黒いボールを用いて対処していた。
相手に向けて、次々と発射される黒いボール。
その重さに耐えかねて、膝をつく相手。
とどめに黒いボールを結晶化させ、メイスのように振るって殴りつける。
装甲がベコベコに凹み、どう見ても戦闘不能であろう。
見ていて、相手の方が気の毒になるほどの有様だ。
「彼女の機体は、むしろ相手が多い方が有利に働くようだな」
「汎用機で、これ……専用機になったら、どうなっちゃうのかな?」
思わず、結希と顔を見合わせてしまう。
フジ市、いやシズオカでも、俺たちはトップクラスの能力を有すると思っていた。
だが、どうやら井の中の蛙でしかなかったのだろう。
「にゃはは、ずっと私のターン!!」
試験中ということを忘れたかのように、実に楽しそうに戦っているみかん。
ただ、そこに油断があった。
「ようやく捉えたぞ! この抗砂め!」
残った最後の機体が、攻撃の間合いに入る。
彼女の戦い方を見る限り、かなり不利な状況であろう。
「距離さえ詰めれば、こちらのものだ! くたばりやがれ!」
持っているブレードが、ギラリと不気味な光を放つ。
訓練用の武器のはずなのだが、嫌な予感がする。
さすがに、それはないと信じたいのだが。
「にゃんと~、やる!」
その攻撃を、みかんの機体は簡単に回避した。
「実は接近戦もできたのにゃ。能あるネコは、爪を隠すにゃ!」
……果たして、どうツッコミを入れればいいのだろうか。
確かにこれだけの遠距離攻撃が可能で、加えて接近戦もこなせる。
それができるというのは、自慢しても許されるだろう。
だがネコはそもそも、爪を隠して行動する生き物だ。
出しっぱなしのネコというのは、一般的ではないと思う。
唖然とする俺たちをよそに、みかんは白いボールを手の中に発生させる。
それを使い、思いっきり「猫パンチ」を行った。
大きく弾き飛ばされた相手の機体は、後ろにあった大きめの黒いボールにより、まともに動くことができなくなったようだ。
「にゃあ。とりあえず物騒なものは、しまっちゃうにゃ」
相手のブレードを、みかんの機体が無理やり引き抜く。
「まったく
恒河社?
聞いたことがない単語だ。
これも後で、確認することにしよう。
試験が中断され、武器と機体の確認が行われた。
その結果、武器は本物であること、試合用のリミッターが外されていることが判明した。
これは、大ごとである。
不正行為を行ったヒーローは、刑の執行が終わっても三年間、ヒーローとして登録できなくなる。
そして今回行われたことは、間違いなく「殺人未遂」だ。
対戦相手は「終わった」としか、言いようがない。
結果みかんは、1人で5人を相手とし、無傷で勝利したことになる。
間違いなく、ヒーロー試験の記録が塗り替えられた瞬間だ。
「快勝しているのは良いが……漣、みかんと続けば、次は明も?」
「間違いなく、何かされると思う。試合前ならば、抗議が間に合うかも!」
「明の試合も、細工をされるでしょうね。確認に行きましょう」
みかんも機体送還後、すぐに俺たちについてきた。
何度連絡しようとしても、通じない運営が恨めしい。
明の試合開始までに、間に合えばいいのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます