第1章 第7話 想定外の事態

「ここが、試験会場のフジ中央高校……」




 結希のつぶやきが、俺の耳にも届いた。




 フジ市は再開発によって、街並みが大きく変更されている。


 広大な面積の中に、住宅街、商業施設、工業施設がいくつも存在しているのだ。


 そのためフジ市の高校の数は、12まで増えることとなった。




 それでも、シズオカ市、ヌマヅ市、ミシマ市の高校に通う者もいる。


 逆に他の市から、フジ市の高校に通うものも多い。


 人口増加によって、鉄道網も急速に発展していることが影響している。




 そして、フジ市の高校の中で、もっともランクが高いのがこの、フジ中央高校である。


 俺たちの第一志望が、ここだ。




 受付に向かい、身分証明書を提示する。


 何とかギリギリで、受理されたようだ。




「良かった。無事に試験が受けられるようで」




 舞がホッとした表情を見せる。


 ヒーローの責務を果たした結果、試験を受けられないというのは本末転倒だろう。




「それでは、結希に久郎、明と……ごめんなさい。あなたの名前を教えて?」




 最初から戦っていた少女は、守の手によりお姫様抱っこされていた。


 身じろぎし、目を開けた少女に舞が問いかける。




「私は、かなでです。この状況は……っっ!」




 目を覚ましたら、知らない人にこんな状態で運ばれている。


 驚いただろうし、居心地の悪さも感じているのだろう。




「ごめんなさい。今すぐ、下ろすからね」




 守が足をおろし、地面に立てるよう体勢を整える。


 彼女は、守に抱かれていることを知った時から顔が青ざめ、息遣いも荒くなっていた。


 もしかしたら男性に対し、トラウマがあるのかもしれない。




 緊張が走る空間を、のんびりとした声が打ち砕いた。




「わたしは、めあなの~! よろしくなの~!」




 ……え?


 気が付くと、コクーンの中にいた少女が、そこにいた。




 舞は奏と話すため、少し屈むような姿勢を取っていた。


 そしてこの子はちょうど、視線の延長線上にいたのだ。


 そのため、自分の名前を聞かれたのだと勘違いしたようである。




「あらら……気づかなかった。まあいいか。先生と一緒に来る?」




 舞が、少女に話しかける。




「わかったの~! いっしょに行くの!」




 嬉しそうに、少女……めあが答えた。




 まあ、この状況でついてきてしまったのは、ある意味当然のことだろう。


 目の前で繰り広げられていた死闘。


 何もできないまま、震える自分。


 どれだけの恐怖を、味わったことか。




 戦いが終わったとはいえ、そこに一人残されるのは耐えがたいだろう。


 バスに乗っていることに気づかなかったのも、あの状況では仕方がない。


 むしろここで、これだけ元気な挨拶ができることは、幸いだと言える。




「それでは改めて……四人は、こちらに来て。予備の機体に搭乗者登録を行うから」




 舞の指示に従い、俺たちは格納庫に向かうこととなった。




 格納庫のカギを舞が開け、俺たちは中に入っていく。


 そこにはディサイプルが6機、体育座りで並んでいた。




「人数分の予備があって、良かった。それでは、スマホを貸してもらえるかしら」




 俺たちはスマホを、舞に手渡す。


 凄い速度で入力を行い、俺たちと機体の「紐づけ」が完了した。


 これで、機体を操作することができる。




「登録完了。それでは、搭乗して!」


「待ってくれ。可能であれば、訓練服の着替えもあると助かる」




 俺たちの着ている訓練服は、既にボロボロの状態だ。


 この状況では安全面に、不安が残る。




「確かこの辺りに……あった。ただ、サイズが合わないかも」




 舞を含め、四人の視線が明に集中する。


 確かに、この身長だと男性用ならばともかく、女性用の訓練服は厳しいだろう。




「しゃーねえ、男性用で何とかする。こっちにくれ!」


「長い布があったから、これを使って何とかして。お願いするわね」




 とりあえず、着ること「だけ」ならば、何とかなりそうだ。


 長い布の用途は、言うまでもないだろう。




 渡された明は、その場でいきなり着替えを始めようとした。


 焦りまくる俺たち。




「待て! 俺は向こう側で着替える! 少しは考えろ!」


「僕も! 本当はカーテンがあれば、いいのだけれども……とりあえず、そちらは見ないから!」




 半ばパニックに陥りながら、俺たちは必死に奥を目指す。




「別に、あたしは気にしないぞ。時間の方が惜しいからな」


「あの……私もいます。お願いです。配慮してください!」


「わあ、すごいの。おっきいの!」




 おっきいって、身長? それとも別のもの?


 今まで静かにしていた、めあまで加わり大混乱状態だ。


 幸い奥の方に、陰になっている場所がある。


 俺たちはそこで、着替えを行うことにした。




「普通、逆ではないかしら……」




 舞が呆れたように、一言つぶやいた。




 訓練服を着用し、ホッとする。


 男の着替えは、訓練服でも短時間で終えられる。


 だが入り口の方を塞がれてしまったため、どうにもならない状況であった。




「悪い。そちらを力いっぱい、引っ張ってくれ」


「分かりました。しっかり締め付けておかないと、服に入らないでしょうし」


「がんばるの。もう少しで、入りそうなの!」




 頼む。思春期の男の耳に、そういう言葉を聞かせないでくれ。


 結希の方も、顔を真っ赤にしていた。




「よし、良いぞ~! 来てくれ!」




 ある意味拷問のような時間が、終わったようだ。


 ふらふらしながら入り口に戻ると、二人ともしっかり着替え終えていた。


 長身の明には、男性用の訓練服が似合っている。




「とりあえず、事務局には連絡したわよ。整備スタッフも、最優先で対応してくれると言っていたから。あと、これが対戦相手の紙ね」




 舞が俺たちに、一枚ずつ紙を手渡す。


 格納庫の中は暗いため、外で目を通すことにしよう。




 機体に搭乗し、送還措置を行う。


 整備スタッフに武器の装着や、バランス調整を行ってもらうためだ。




 外に出て、もらった紙に目を通す。




「え?! なにこれ?! 冗談でしょう?!」




 結希の悲鳴が、状況の深刻さを示している。


 可能ならば、俺も叫びたい気分だ。


 そこには、信じられないことが記載されていた。

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