第17話 アリエルの秘密

「なあ、アリエルちゃん。あの夢は何なん。あれって和馬やよな」

 いつもにこにこと笑顔の母さんが必死の形相でアリエルの肩をつかんでいる。

 母さんの言葉から推測するに僕と同じ夢をみたようだ。

 僕は若干眠気の残る頭を左右に振る。

 手短に鷹城玲奈と豹塚瑠璃に確認する。

 どうやら二人とも僕と同じ夢をみたようだ。

「あのアリエスという女性はアリエルに似てますね」

 鷹城玲奈は感想を漏らす。

「あっそれ、ボクも思ったよ」

 森の民エルフの姫巫女と呼ばれたアリエスという女性はアリエルを大人にしたような感じだ。

 いや、それよりもあの頰に傷のある甲冑の男性は僕の兄和馬で間違いない。さすがに肉親を見間違うことはない。

 僕が知る十八歳の兄和馬よりは年をとっているような気がする。

 だが、和馬に間違いない。

 あの夢が仮に現実だとしたら和馬は異世界転移したということか。


「梨香様、手をお離し下さい。禁則事項のいくつかが解除されたのでお話しいたします。これは瞬様にも大きく関わりのあることでございます」

 アリエルは母さんにそう言い、軽く頭を下げる。


 僕は母さんの肩に手を置き、アリエルから離れるように促す。

 母さんは渋々といった表情であったがアリエルから離れた。


「皆さまが見たのは私たちの世界カナンを救った勇者カズマ様と聖女アリエス様の若き日の姿です。勇者カズマ様とそのお仲間がたはカナンの地に破滅をもたらそうとした幻魔王を討伐し、私たちを救ったのです」

 アリエルはそこまで言うとふっと小さく息を吐く。

「その勇者ってあたしの息子やよな」

 母さんが真剣な眼差しでアリエルに尋ねる。

「そうです。勇者カズマ様は私たちの世界カナンを救っていただくために異世界から召喚いたしました」

 アリエルの言葉に母さんが噛みつく。

「ほんならあんたらが和馬をさらったんか」

 母さんの声には怒気が含まれている。

 母さんが怒っているので僕は逆に冷静でいられる。

 和馬兄さんが異世界に召喚されたのなら、少なくとも死んてはいないということではないか。

 今の今まで居場所すらわからなかったのだから、大きな進歩とも言える。


「それで兄さんはまだその異世界カナンにいるのかい?」

 僕は母さんの肩を抱く。

 母さんは小刻みに震えていて、涙を流している。

 鷹城玲奈の胸の谷間の亜空間からハンカチを取り出し、それを母さんに手渡す。

 母さんはありがとうなと言い、ハンカチで涙を拭う。


「はい、カズマ様はカナンの地にあるシオン国の王となりました。名君としてシオン王国を治められたカズマ様ですが帰郷への思いが強くなり、賢者ミカエラ様に相談されました。そしてミカエラ様はカズマ様を転移させる計画を立てました。それがバベル計画です」

 僕も母さんもアリエルの言葉に聞き入る。

 おそらくこれはバベルの塔の存在理由だ。

「賢者ミカエラ様の研究でカズマ様をもどすには地球にはカナンの地にあるマナが圧倒的に足りないとのことです。あなた様方が神霊石と呼ぶエネルギー結晶体のことです。なのでミカエラ様はこの世界にダンジョンをつなげたのです。マナを地球に満たすためです。不思議なことに勇者カズマ様を転移させることはできないのですが、ダンジョンとこの世界をつなげることには成功しました。ダンジョンに潜む魔族をこの世界の住人が討伐することにより、徐々にマナが充満していきました。そして最終段階としてこのバベルの塔をこの世界とつなげたのです」

 そこまで言うとアリエルは僕と母さんを交互に見る。そして微笑をむける。

「バベルの塔をつなげることに成功しましたが、幻魔王の残存勢力がその計画を邪魔したのです。このバベルの塔にカズマ様に味方した十柱の女神を封印したのです。十柱の女神の力が無ければカズマ様をこちらの世界に送り届けることは出来ません」

 なんとなく話が見えてきた。

 これは希望のある話だ。

 何故、アリエルが僕たちにエリアマスターと呼ばれるモンスターを倒して、女神の解放の望むかその理由がわかった。

 兄さんをこの世界に帰還させるには残り八柱の女神を解放しなければいけないのだ。


「母さん、兄さんは生きている。このバベルの塔を攻略したら兄さんにまた会える」

 僕は母さんの肩を強く抱きしめる。

「そうなん、そういうことなん」

 母さんはきょとんとした顔をしている。

 あの夢のせいで母さんは冷静な判断力を無くしているようだ。

「ええ、お母さま。アリエルの話の流れではそういうことになりますね」

 鷹城玲奈が僕に同意する。

「そうみたいね。アリエルちゃんが案内人ナビゲーターをしているのもそういうことでしょう」

 豹塚瑠璃が補足の意見をのべる。

 アリエルはこくりと頷く。

「それでアリエルさん、あなたは何者なの? 見た感じあなたもあのアリエスという人物と何かしらの縁があるみたいだけど」

 鷹城玲奈がアリエルに尋ねる。

 森の民エルフの姫巫女と呼ばれたアリエスとアリエルはとても似ている。それに名前も似ている。アリエスとアリエルなんて一文字違いだ。

 これで関係ないなんてのは信じられない。


「私は聖女アリエスの娘です。そして父はかの勇者カズマです」

 アリエルの言葉はあまりにも衝撃的であった。

 母さんは腰を抜かしていた。

 僕は母さんの体を抱き支える。

 えっ、ということはアリエルは僕の姪で母さんからしたら孫になるのか。

「私は梨香様と瞬様をこのバベルの塔に導くために賢者ミカエラ様の手により派遣されました。私の実体はまだカナンの地にあり、この体はかりそめのものです。故にバベルの塔から離れられません。マナの薄い他のところではこのかりそめの体を保てないのです」

 母さんが衝撃をうけているのをよそにアリエルは話を続ける。

 しかし兄和馬はエルフの美女と結婚したのか。むちゃくちゃ羨ましい。それにこんなに可愛い娘がいるだなんて。


「あらためて梨香様、瞬様がたにお願いがあります。このバベルの塔に囚われた残り八柱の女神を解放し、我が父カズマの帰還を叶えて欲しいのです」

 アリエルは深く頭を下げる。

 もちろんアリエルの願いに異を唱えるつもりはない。それは母さんも同じだろう。

 鷹城玲奈と豹塚瑠璃はどうだろうか。

 彼女らは言わば他人だ。

 そこまで関わらなくても良いといえば良い。

 しかし、彼女たちがいなければバベルの塔の攻略の難易度は増すだろう。

「ボクは良いよ。お兄ちゃんの助けになるならね」

 豹塚瑠璃はウインクする。この仕草可愛いな。

「面白そうじゃないの。わたくしも力を貸しますわ」

 自慢気に鷹城玲奈は爆乳の前で腕を組んだ。


 こうして僕たちのバベルの塔攻略の目的が決定した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る