第2話転生しても、借金地獄

ふかふかのベッドで目を覚ます。

 ――最高だ。

 借金のことも、家賃の催促も、上司の理不尽も考えなくていい。

 夢のような寝心地に包まれながら、思わずため息がこぼれた。

 前世じゃ、四畳半の万年床。背中が痛くならない朝なんて、いつぶりだろう。


 桶に張られた水で顔を洗うと、ひんやりとした感触が肌を引き締める。

 さっき「マフィン」と名乗った執事が控えていた。名前はさりげなく確認済みだ。

 スーツ……いや、モーニングコートというのか。隙のない所作に、まるでドラマの中の人みたいだと思う。


「おはようございます、リーグレット様。本日の朝食をご用意しております」


「あ、うん。案内してくれ」


 食堂へ向かうと、息をのんだ。

 長いテーブルがどこまでも続く。まるで会議室のように広い。

 その中央に――ぽつんと、一皿だけ置かれていた。

 テーブルの両脇には十数人のメイドたちが整列している。

 みんな、怯えたように下を向いて、こちらを見ようともしない。


(……なんだ、このピリついた空気)


 皿の上には、黄色いスープと、白い何か。

 おそるおそるフォークを刺すと、執事のマフィンがギョッと目を見開いた。

 なにか作法を間違えたか?と思ったが、よくわからない。

 とりあえず口に運んでみると――。


 とろけるような、まろやかな味。

 バターとチーズの中間のような風味で、口の中が幸せで満たされる。


「……うまい!」


 思わず声が出た。メイドたちが一斉に肩を震わせる。

 続いてスープを口に含む。

 こちらはかぼちゃとコーンを足して割ったような、優しい甘さ。

 思わず頬がゆるむ。


(これが貴族の飯ってやつか……。)


 ふと顔を上げると、一人のメイドがこちらをちらりと見た。

 どこか怯えた目だ。気になって声をかける。


「なぁ、そこのメイドさん」


 メイドはびくりと肩を跳ねさせる。


「は、はいっ! わ、私でしょうか!」


「そうそう。あの料理、なんて名前何かわかる?」


「は、はい……! お、鬼羊の乳から作られた《マチュード》でございます!」


(マチュード……? ふーん、聞いたことないけど、この国の料理か。)

 「じゃあ、これを作ったシェフに伝えてくれ。“おいしかった”って」


 メイドはぽかんと目を丸くした。

 まるで、信じられないものを見るような顔だ。

 そして慌てて、深々と頭を下げる。


「は、はいっ……! た、たしかにお伝えしますっ!」


(そんなに驚くことか?)

これ人生で1度は言ってみたかったんだよね

貴族ライフ、最高じゃないか。


 「リーグレット様、お客様がお見えです」


 食後執事のマフィンが深々と頭を下げる。

 案内された客間は、やっぱり豪華。壁には高そうな絵画、机には金の装飾。

 “金持ちの家”という単語を、ここまで実感したのは初めてだった。


 やがて通されたのは、こぶとりで少し禿げた商人たち。腰を低くして、両手でごまをするように擦り合わせている。

「リーグレット様、今回建築予定の競馬場の予算についてのご相談でございます」

 脇の男が分厚い書類を数枚取り出し、机の上に並べた。


 目を通すと、なぜか文字は読めた。だが、数字を見た瞬間――目が回った。

「えっと……一、十、百、千、万……億……百億ゴールド!?」


 いや待て、インフレか?

 もしかしたらこの世界の物価はとんでもない水準なのかもしれない。

 そう思いながらページをめくると――

「馬の餌用りんご 一個:1000ゴールド」

 と書かれていた。


 俺が前世で買っていた訳ありリンゴは一個100円。

 つまり、この世界ではリンゴ一個=1000円ってことか?

 ということは……この競馬場、10億円!?


「じゅ、十億円ッ!?」

 思わず叫ぶと、商人たちがぎょっとこちらを見る。

「ど、どうされましたかリーグレット様?」

「い、いや……ちょっと虫が……」

 慌てて誤魔化した。だが内心は冷や汗だくだく、だ。


 この屋敷、そんな金あるのか?

 不安になりながら尋ねてみる。

「あの……支払いのほうは、大丈夫なのかしら?」


 商人は貼り付けたような笑みで答えた。

「ご安心を。領地を担保にすれば、またお金を借りられますゆえ」


 ――それ、借金じゃねぇか!

 脳裏に蘇る、前世の借金地獄。

 返しても返しても減らない利息、督促、絶望。


 「こ、工事の進捗はどのくらい?」

 「現在、六割ほど完成しております」

 (めちゃくちゃ進んでるじゃねぇか……!)


 「と、とりあえず! 今すぐ工事を止めてください!」

 「は、はぁ? 可能ではありますが……この競馬場はお嬢様のお誕生日記念に建てているのですよ?このままだとお誕生日に間に合わないかと」

 「構わない! 今すぐ止めてください!」


 俺が頭を下げると、マフィンも青ざめた顔で言う。

「おやめください、お嬢様! そのような真似を!」

 だが俺は止まらなかった。

「お願いします!」


 商人は困ったように笑い、しぶしぶ頷く。

「……わかりました。工事を中止させましょう」


 やっと一息ついた――と思ったが。

 冷静になって考える。

 六割完成で六億円、それに中止すれば違約金……合わせて十億円くらいか?

 ……完成させたのと変わらねぇじゃねぇか!


 「全く、何考えてたんだよリーグレットとかいうやつ……」

 商人たちがそそくさと帰っていく中、俺は頭を抱えた。

 どうやら俺は、転生しても借金体質から逃れられない運命らしい




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      次回もリーグレットの節約奮闘をお楽しみに!

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