『節約貴族、前世の節約知識で立ち上がる!』  〜この領地、残高ゼロから再建します〜

藤野シン

第1話転生先は破産令嬢でした

 ――ふかふかだ。

 あまりにも柔らかい感触に、思わず溜息が漏れた。


 こんなベッドに寝たのはいつ以来だろう。

 いつもは四畳半のワンルーム、万年床に突っ伏して寝落ちる毎日。

 背中が痛くない朝なんて、社会人になってから一度もなかった。


 ……それにしても、どうしてこんなに静かなんだ?

 スマホの通知も、隣の部屋のテレビの音も聞こえない。

ここどこだ?

俺に限ってワンナイトなんてありえない

 ぼんやりとした頭を掻きながら、昨晩の記憶を手繰る。

 確か――仕事帰りに信号を渡っていて、眩しいライトが……。


 あ。

 俺、車にはねられたんだっけ。


 となると、ここは病院か?

 最悪だ。国保しか入ってないし、入院なんてしたら請求書で即死だぞ。

 どうしよう、退院した瞬間に借金生活確定じゃないか。


 青ざめていると、穏やかな声が聞こえた。


「おはようございます、リーグレット様」


 ――誰?


 リーグレット? そんな洋風な名前、俺じゃない。

 俺は真田雅功(さなだまさのり)、26歳、貧乏フリーター。

 病院の先生、患者間違えてるぞ。


 恐る恐る目を開けると、目の前に立っていたのは――

 黒いモーニングコートに身を包んだ男だった。

 完璧に磨かれた靴、白い手袋、背筋の通った姿勢。


 え、執事……?


 視線を巡らせると、部屋中が金と白の装飾で輝いていた。

 天井にはシャンデリア、壁には絵画、カーテンは真紅のベルベット。

 そして、俺が寝ているのは――どう見てもキングサイズのベッド。


 ……ここ、病院じゃないよな。


 まさか、事故の衝撃で脳みそがバグった?

 いや、それとも何かの手違いで超高級個室に入れられた?

 もしそうなら、請求額が怖すぎて生きて帰れねぇ。


 もうこうなったら、目の前の人に頼るしかない。

 医者っぽいし、目の前が死にそうな人間を助けてくれるだろう。

こうなったらいちかばちかだ――。


「あの……すみません。お金、貸してもらえませんか?」


 「――は?」


 男は完璧な表情を保ったまま、ピクリと眉を動かした。

 次の瞬間、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まる。


駄目だったか。やっぱりだめだよな。こんな見ず知らずの男に金を貸してくれるわけがない。


「お願いします、支払いを……もう少しだけ待ってください。必ず、用意しますから。内臓の一つや二つ売って金は必ず!」

俺は医者に何言ってんだ

訳のわからないことをのたまっているうちに、執事は眉をひそめてこちらを覗き込んだ。目は心配そうだ。


「記憶が混濁しているようですね。乗馬中に落馬して頭を打たれたと伺っております。もうしばらく、安静に――」


そう言い残して、執事は部屋を静かに出て行った。


「乗馬……?」


頭の中が少しずつ冴えてきて、周りの状況が把握できるようになる。どうやらここは病院ではないらしい。なら、なぜ俺はここに? そして、胸のあたりがやたら重い。。


視線を下へ向けると、視界の下半分がまるで違う世界で覆われていた。なんだこれ、ぷにぷにしてる……触ってみる。


こ、これは……胸だ!


思わず股間付近に手を伸ばし確認するが、あるはずのものがない。代わりに、明らかにあるはずのないもの――谷間を作る柔らかい膨らみ――がある。


「女になってる!? え、なにこれ、なにこれ何で!?」


脳が処理を追い越してしまっている。事故の手術のついでに性転換手術までされたのか?

 そんなタバコ買うついでに肉まん買うみたいなノリでやるか。やらないだろ。


慌てふためいていると、視界の端に大きな鏡が目に入った。恐る恐る、鏡の方へ歩み寄る。心臓が跳ねる。


鏡の中に映っていたのは――おとぎ話に出てくるような、金髪の少女だった。光を受けて金色に揺れる髪。陶器のように白い肌。整った顔立ち。だが、その美しさはどこか鋭さを含んでいて、威圧すら感じさせる。


「……誰だお前は」


自分の声とは思えない、少し高めの声が出た。長年聞き慣れた男の低い響きはどこへ行ったのか。だが、確かな感覚がひとつだけある。身長が違う。俺はたしか170センチくらいだったはずだが、鏡の中のその娘はどう見ても160センチ前後だ。


──つまり。


記憶を遡ると、あの瞬間が蘇る。信号の光、金属の衝撃、目に飛び込む無数の色。あれは死の間際の感覚だった。

思わず口をついて出た。


「これ、入れ替わってる!?」

「いや、誰に!」

思わず自分で突っ込んでしまった

「転生ってやつか?俺、死んだのか?」


真実が突きつけられると、妙に冷静になった。借金のこと、万年床での惨めさ、あのクソ親父のこと。全部、ひとまず保留にできるかもしれない。


(もしかして借金はチャラか? 親父の残した負債も、消える?)


頭の中で期待と不安がぐるぐるする。ひとつだけ確かなのは――今ここにいるのは、間違いなく「リーグレット」という名前の女の子の身体だということ。


「よし……」と、知らず知らず声が震えた。


「俺の人生ずっとついてなかったけど、やっと運が回ってきた――この人生、無駄にしてたまるか。最高の貴族ライフを送ってやるぜ!」


この時は、前世を超えるさらなる借金地獄が待っていることを俺はまだ知らない




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        次回もリーグレットの節約奮闘をお楽しみに!

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