第4話 魔王、汁飛ばしによりカレーうどんと一体化す

〜魔界・王宮の朝〜


「おやめください陛下ァァァァァァァ!!本日は閣議ッ!!王族会議ッッッ!そして、午後から”地獄の税制改革説明会”なんですよォォッ!!」


魔界大臣・カール・ネビロスが悲鳴を上げていた。しかし魔王ヴァルセルグ・ザ・ディープグレイヴ三世は、悠然と玉座から立ち上がる。


「黙れカール。我には行かねばならぬ場所がある……」


「また人間界ですか!?また”かつやま食堂”ですか!?」


「本日は……カレーうどんの日だ」


「曜日感覚、完全に”定食屋ローテ”じゃないですか!!」




ヴァルセルグはゆっくりとマントを翻す。その背中には、「うどん啜り用タオル」が装備されていた。


「いや、準備万端か!!」


カールが土下座で止めに入る。


「どうか思い直してください……陛下が王位を離れすぎて、もう魔族の民も”代わりに副店長でもいいのでは”って言い出してます!!!」


「副店長とは誰だ!?」


「私ですぅぅぅぅぅ!!!」



しかしその訴えもむなしく、魔王はカールの肩をバシィッと叩き、


「安心せよ。我が認めた臣下であるならば……うどんの魂も共に味わう資格がある!!」


「いや、巻き込まないでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」



そして、次元の門がバシュウッと開き--

二人まとめて強制転送、かつやま食堂へ。





〜かつやま食堂〜


「……また来たな」


店の奥で腕組みしていたカツオが、いつものように笑う。その横で、ほのかが呆れた顔をしてカウンターを拭いている。


「……え、本当に来たの?昨日一緒にカツカレーとパフェ食べたよね?何ちゃっかりおかわり感覚でまたお店に来てるの?」


「うむ。今日のまかないが”カレーうどん”と聞いてな。もはや運命だ」


「誰がリークしてんのよその情報!!」



椅子に座らされ、ふわふわした目をしている大臣カール。


「……もう何も分からない……私はどこにいるんだ……なんでスリッパ履かされてるの……」


「黙って食え、大臣。今回主役は”うどん”だ」


「いや、主役”私”だったことないでしょこの世界線……」




ほどなくして出てきた丼--

見るものすべてを沈黙させる、黄金のとろみ、白き湯気、ツヤめく麺線。


・和風だしにスパイスが溶け合う、奇跡のスープ

・モチモチの讃岐うどんがもっちり鎮座

・豚肉と玉ねぎの旨味爆弾

・上にとろりと半熟卵、刻みネギ、そして香る七味


「…これが”日本”…」


「やっぱり陛下、国じゃなくて食べ物を評価していませんか!?」



レンゲを持った手が震えている。ヴァルセルグが第一口を運ぶ。


ズズズ……


「ッ!!!」


丼の湯気が、天に抜けた。


「これは……これは……!!出汁が……攻めてくる……そして、甘く許す!!スパイスの洗礼からの、慈悲ッッ!!」


「語彙が宗教寄りなんよ!!」


続いて麺。


「ズボボボ……!!むぉおぉぉ!!」


「ッァァァァァァァァアァァァァァァァア!!!」


ヴァルセルグとカール、汁を飛ばしながら同時に昇天。


「スープと麺が、まるで夫婦……!!互いを支え合い、補い合う、黄金のバランス!!」


「でも顔面が、家庭内汁害なんですけど!!」


「これぞ……真の夫婦喧嘩(うどん)!!」


「例えが家庭崩壊してんだよ!!」


丼がからになり、店内に静寂が訪れる。ヴァルセルグはゆっくりと立ち上がり、ほのかを見つめて一言。


「……床が……すまぬ。滑るな、これは」


「分かってんなら最初からタオル敷けやァァァ!!」


カールは椅子に倒れ込んだまま。カウンターの上で感想を書く。


「”うどんのスープに浸かりたい”……それだけを記して魔界に帰ります……」


「帰らないんでしょ!?また来る気なんでしょ!?」


そして、カツオがにっこり笑ってスタンプカードを差し出した。


<魔王様ご来店:二回目>

<ネビロス様:汁をかけた床すべり注意×2>



扉を出ていく二人の背中に、ほのかの声が飛ぶ。


「マジで次からタオル持参して来てェェ!!フローリングが死ぬ!!」


ヴァルセルグは静かに空を見上げる。


「……次は、”オムライス”か……ケチャップという奔流……」


「そろそろ魔王の食レポに”深層心理”混じりすぎ!!」


その日、かつやま食堂の床は、熱々の出汁でツルッツルだった--。

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