第3話 魔王、二度昇天する
「ぉおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
カツカレーの一口目を口に入れたヴァルセルグは、テーブルを両手でバァンと叩き、天を仰いだ。
「これは……!これはもはや…!”地獄の業火を宿した神の福音”ではないかっ!!」
「お客様、お静かにお願いします」
今日、魔王ヴァルセルグは再び人間界に現れた。理由はもちろん、「カツ丼の次に気になっていた”カツカレー”」である。
向かったのは、藤原カツオが「俺が心底リスペクトしてるライバル店」と評した洋食屋<キッチン・サワダ>。
カツ丼に続く宿命の一皿、それが--カツカレー。
ご飯は山のようにこんもりと盛られ、黄金に輝く揚げたてのロースカツが堂々と乗り、その全体に漆黒のルゥがとろりと降り注ぐ。その艶、その香り、そして--熱。
「まず……香りだ。鼻を刺すような刺激ではない。だが確かに、五感の全てに語りかけてくる…この”気配”……!」
「魔力探知してんの?」
「次に……舌に触れた瞬間の衝撃だ!サクッという衣の音が、己の脳髄にまで届く。そして来る……肉の柔らかさとルゥの熱が絡み合い、舌上に戦争が起きる!」
「戦争すな。平和に食べて」
「甘い……だが、あとから燃え上がるような刺激……!これはまるで口内に業火に抱かれながら舞う聖女……!!」
「何食べてんの?神話?」
もはや周囲の客はドン引きし、ほのかは半分寝そうになっていた。
「わかったからもう少し静かに食べて。スプーンは武器じゃないよ」
「いや、これはもはや神具……!!」
「よし、いったんその神具置こうか」
完食後、ヴァルセルグは余韻を残しつつぼそっと呟いた。
「……これが”カレー”……人間界、恐るべし……」
「いやそれ普通にそこらへんで誰でも食べてるからね?」
そして次の目的地へ。
それは、ほのかがついでに付き合ってくれたカフェーーー<喫茶ぽるぽる>。
目的は、彼女が何気なく口にした「あそこのパフェ、美味しいよね」の一言。
「”パフェ”?それは新たなる聖遺物か?」
「違う、そうじゃない。スイーツ。甘くて、キラキラしていて美味しいの。小学生でも知ってるよ」
しばらくしてテーブルに届いたのは、高さ30cmの”スペシャルプリンアラモードパフェ”。
「……美しい……」
ヴァルセルグはスプーンを取り、慎重に一口すくった。そして、一口食べた瞬間、魂がどこかへ行った。
「………」
静かに、椅子から立ち上がり、ふらりと窓辺に寄る。
「この……この甘み……」
手すりを掴む。拳が震えている。
「この口溶け……そして、あとから広がる果実の酸味と瑞々しさ……」
窓の外、空を見上げて呟いた。
「これは……死後の世界……我、昇天せり…」
「待て、今まだ生きてる。しっかりしろ」
「いや、これは現世ではない。こ、これは甘味界の天国……スイート・ヘル……!」
「なんで”地獄”に戻るんだよ。せめて”スイート・パラダイス”にして」
「これを作った者は誰だ……人か?神か?菓子神か!?」
「菓子神って概念初めて聞いたと。たぶんただのバイトの店員さんだよ」
その後もヴァルセルグは、「このゼリーの透明度は水晶の涙」「バニラアイスの口溶けは天使のため息」など、3000文字相当食レポポエムを披露したが、ほのかはすべて聞き流した。
カフェを出る頃には、ヴァルセルグの目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「………日本には、まだまだ……こんなにも未知の味が眠っているのか……」
「そのへんのスイーツ本にだいたい載ってるよ」
「いや……これは、己の魂で味わう旅だ……!我がグルメ巡礼の道は、いま始まったばかり!」
「第3話にして始まったばかりなの?」
二人が歩く商店街の夕焼けには、今日もおかしい風が吹いていた。
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