夢のカノン
ふみその礼
第1話 夢のカノン
最後の一音は初めの一音と同じだった
だからだれかはだれかの子供かもしれない
夜明け前の
そんな言葉を
目覚める前の夢に送る
遊びの時だ
追いかける影は
追いかけている影が好きだ
だから
それでいられたら
もうどちらもなくていい
ここで消えてしまえるほうがいい
赤いトランプと黒いトランプがあるよ
ひとが生まれてから教えられたのはそれだけ
数というものがあったり
記号が別々にされていたり
そんなつらいことの数々は
自分の来た道に
傷と血と墓標になって残る
トロリアンの背中を
何を忘れたかを忘れる
何を覚えていたかは
初めからそこにない
水の記憶の彼方からあなたは来た
だってそうだよね
わたしの奥の奥には
やっぱり水がある
あふれてくるゆらぎがある
から
やわらかく竹とんぼの飛ぶ故郷
ねむっているの?
待っているの?
ここにあった
八十年前
突然ち切られた青春
小川はまだあるよ
いつでも帰っておいで
砂浜にはたくさんのひとがいた
うつむいているひとはいなかった
だから
たのしい歌があったことも思いだそうよ
おばあちゃんは
いくつもいくつも歌を作ったよ
タケシはいつも最後まで聞いてない
すぐに行ってしまう
おばあちゃんは知っていたな
願うことは
こわい
そこはそんなところだった
いつもそうやって夢は始まる
大きな町ふるい町
どの家も映画館のように主張している
常にわさわさとたくさんの人
すれ違い
だれもわたしを見ていない
夕日の中の青や赤の反射がうつくしい
映画ならあざとすぎるくらいなのに
ここはずっと昔からそうだ
狭い路地に草深い
ひとがいるのにひとがいない
いないけれど
何かに追われている
角を曲がるとちいさな広場が
そこに干してあるもの
見るなよと言ってる気がして
また路地に入る
脇にある家のガラスの奥
埃っぽくただ日が差すだけのそこに
わたしはいなきゃいけなかったのかもしれない
のに
すてたのかすてられたのか
それが生まれたということなのか
走ればまたうつくしい夕日が差しこむ
道が見えてくる
透明な光の中
赤と青に分かれてゆれてくる
すこしうつむいた顔に見えて
葉影の様にも見える
カメラを向けなきゃと思うけど
気づく
自分は何も残せないこと
そして
わたしなんか
選ばれたものでもなんでもないのに
殺意を持って背後から追ってくるものたち
それは恐ろしいほどに心がなく
張りめぐらされる糸は
ずっとついてくる
お約束だとばかりに
それが夢であることの
せいいっぱいの誠意か
これも生のうち
いろいろなものに涙をし
叫び
怖れ
泣けよと
追いかけてくれるんだ
だからわたしは
腹の底から大声をあげて
すわり込む
泣いて
泣いて
飴色のちいずほどちいさくなって
溶けていくほどに
溶けおちるほどにわかる
だれのものでもない
深い愛に
わたしはまた砂浜にもどる
何ごともないように
遊ぶひとたち
子供たち
それは
夢の複写かもしれないけれど
わたしは
あなたたちのためになりたい
砂浜の
ちいさな
白いヤドカリは
こころから願うよ
あなたたちは
しあわせでいてほしい
これは
わたしに射されたひかりが
ここにあることのあかし
夢へ
ありがとう
また次の朝が
来ても来なくても
夢のカノン ふみその礼 @kazefuki7ketu
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