第22話 知らないふり、貫く
日はあっという間に過ぎるものだ。約束の日、二人は玲の家に向かう。少し緊張気味の創。菓子折りを持ちながらブツブツと呟いている。
「菓子折りいらないって言ったのに…」
「はぁ?手ぶらで行けるわけないだろ…」
言い合いながらも足は刻一刻と家路に進む。
暖かい日差しが二人を完全に包む頃、玲がピタリと足を止める。彼の指さす方向を見ると"成瀬"と書かれた表札が見える。
「ここが僕の家。たぶん、みんないると思う。」
ドアを開け放ちながら「ただいま」と玲は言う。
後に続くように恐る恐る玄関をまたいだ瞬間、ドタドタと大きな音を立て階段を駆け下りてくるひとつの影。その影は素早く玲に飛びつきぎゅっと抱きしめる。
「兄貴〜。おかえり。意外と早く会えてよかったよ。」
突然の登場に創は菓子折りを落としそうなほど驚き、どうにかバランスをとって立て直す。
無事だった菓子折りにほっと安堵のため息をつき、再び玲に視線を戻す。まるで彼がいないように繰り広げられている光景に思わず顔をしかめてしまう。
そんな視線に気づいた弟、ゆらぎは目を細めながら創の頭の先からつま先の先まで凝視する。
「こ、こんにちは…」
ゆらぎの目つきに蚊の鳴くような声しか出ず、さり気なく玲の背中を肘でつつき助けを求める。
「僕の弟だよ。ほら、挨拶して。」
「…ゆらぎです。兄貴の友達?」
「ま、まぁな。玲と同じ警察官。名前は創って言うんだ。よろしく。」
簡易的な挨拶を交わし、二人の間に奇妙な空気が流れる。そんな居心地の悪い雰囲気を吹っ飛ばすように玲の母親が嬉しそうに歩いてくる。
玲は母親を見るなり微笑み口を開く。
「ただいま。母さん。友達も連れてきたよ。創って言うんだ。」
「あらまぁ。おかえり。玲。創くん。」
母親が言う「おかえり」に創の瞳が揺れる。
彼にとって「おかえり」は滅多に聞けるものではなかったからだ。言われ慣れていない創はぎこちなく頭を下げ、手に持っていた菓子折を渡す。その手は酷く震えていた。いつも父親の機嫌を伺ってきた創にとってこの時間が地獄のようだ。
「まぁ!私が好きなやつだわ。創くんありがとう。後で一緒に食べましょうね。」
予想外の反応だったのか創は安心したようにうなだれる。家に招かれた創は最初はぎこちなかったものの徐々に適応し、いつの間にかゆらぎとも会話を交わすようになった。しばらくしてゆらぎの部屋でゲームしていた三人。トイレに行くという玲を見送り、創とゆらぎの時間が舞い降りる。玲がいないと続かない会話に頭を抱えながら話のタネを探そうと必死になる。そんな創の目に入り込んできたのはゆらぎの机。乱雑に置かれたものに目をこらす。
「なぁゆらぎくん…あれって…」
「あぁ。うん。兄貴のこと驚かせようと思って。隠すの忘れてた。」
慌てて机の上を片付けるゆらぎに複雑な気持ちを抱えながら創はその様子を見守る。
もし玲が知ったら…そう思いながら片付けるのを手伝おうとゆらぎの机に手を伸ばす。
「…内緒だから兄貴に言わないでね。驚く顔が見たいんだ。お前口軽そうだから言いそうで嫌だな。」
「軽くねぇよ。でも…驚くかね、それ。玲のことだからブチギレるかもしれねぇぞ?」
「うるさいな。知ったような口聞くなよ。兄貴は怒ったことないし逆に喜ぶと思うけど?いいから内緒にしとけよ。これはサプライズなんだから。言ったらまじで潰すからね。」
乱暴な言葉に呆れながら頷く。ギスギスした空間に
タイミングよく玲が戻ってきた。二人は何事も無かったかのように微笑みながらゲームを再開する。
楽しく、居心地のいい時間は過ぎ去り、戻ならければならない時間が迎えに来る。
名残惜しそうに玲にしがみつきながらゆらぎは離れようとしない。母親に叱られ、ようやく玲から離れたゆらぎは創に近づき、手を振る振りをしながら耳元で囁く。
「最後に言うけどまじで内緒にしてね。俺とお前の約束だから。」
「わかってるって…案外しつこいなお前…」
「こらこら、ゆらぎ。そろそろこっち来なさい。玲、創くん気を付けてね。またいつでも待ってるわ。それじゃあ…また会える日まで。」
署までの帰り道、夕焼けが姿を現す。
「いい日だったね。明日からまた頑張ろう。」
玲が向けたグータッチに拳を当てる。
夕日を浴び、赤色に濡れた地面に二人の影は仲睦まじく、そして美しく映し出されていた。
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