第19話 笑顔、溢れる理由
「…仲がいいなこいつらは。」
「……見苦しい。早く起こしてよ。」
様子を見に来た柳と深月はぐっすりと眠り、起きる気配のない二人に近づいて見下ろし、うなだれるように寝ていた創の喉仏をグッと押す。
悲鳴をあげながら飛び起きた創に玲もビクッと身体を震わせる。
「起きろ。近くで事件が起きた。さっさと着替えて出てこい。」
事件という言葉に二人はそそくさと準備をする。
帽子を被りながら署前に急ぐと待っていたのは渚だった。
「お、来たね。近くで万引きの通報があったんだ。早く行くよ。」
渚に連れられ着いたのは古びたスーパーだった。
バックヤードに通された三人は椅子に座っていたガラの悪そうな男に足を向ける。
ふんぞり返った態度、まったく悪びれていなそうな表情。その姿は見るからに「早く帰らせろ」と物語っていた。そんな舐めた態度の男に渚は机を指でトントンと叩きながら冷たい口調で話す。
「随分と余裕そうだな。盗んだものはなんだ。自分の口から言え。」
「はぁ、めんどくせぇ。パックご飯、水、パン、惣菜。そんな大したもの盗んでねぇだろ。大袈裟だな。」
机に置かれた商品を見て創はぼんやりと何かを考え込んでいる。玲はそんな創を肘でつつく。
「なに見てるの。記録しないと。」
「そ、そうだな。すまん…」
事情聴取が終わり渚が犯人を連行していく中、二人は記録を読み返す。「16歳」という歳に玲は呆れたように腰に手を当てる。
「まだ学生だ。16歳なのに良し悪しもわからないなんて。…いや、学生だからこそしちゃうのかな。許されると勘違いしてるのかもね。」
「…どうだろうな。でもなんかあいつ、俺に似てるわ。だからって同情する訳じゃないけど盗んでいたものを見ると昔を思い出すよ。俺も食わせてもらってなかったから盗もうとしたことあるんだ。まさに同じものを。さすがに俺は万引きしなかったけどあいつが俺と同じ環境ならいろいろと思うものがあるな。」
「彼の状況は何も知らないけど万引きは許させることじゃないよ。それにしても…昨日言ったばかりじゃん。過去のことはもう忘れようって。」
「あ〜…そうだったな。悪ぃ悪ぃ。」
気まずそうに頭を掻きながら視線を泳がせる創に玲は深くため息をつく。記録を柳に報告し、再びパトロールに出かける。沈黙が続く中、創は一件のお店を見て目を輝かせる。吸い込まれるように店内に入っていく彼を追いかけ、創の肩を掴む。
「なんだよ、急に……何してるの…」
「いや、ここめちゃくちゃお世話になった店なんだよ!おばさん!」
部屋の奥から姿を見せたのは50代くらいの女性だった。創を見るなり嬉しそうに微笑み、優しく彼を抱きしめる。照れくさそうに笑っていた玲の戸惑う視線に我に返り、急いで離れてひとつ咳をする。
「昔ここでご飯食べさせてもらってたんだ。超美味いぞ。世界で一番好きなんだ。」
「あらあら。創ちゃんったら。しばらく会わないうちに口が達者になって。久しぶりに会いにきてくれたわね??」
「久しぶり」という言葉を強調しながら創の頭を指でつつく。はたから見たら本当の家族のように見えるその姿はとても暖かく、幸せそうな雰囲気を醸し出している。冷たい水と涼し気な店内。ご好意に甘えてご飯をご馳走してもらうことになった。
「パトロール中だ」と断るも「食べてから行きなさい」とまるで実家のような優しさをくれる。
「へぇ、玲くんって言うのね。創ちゃんが友達と歩いているところ初めて見たわ〜。しかも警察官にもなって…考えられないわね。本当に立派よ。」
「だろ?俺だってやれば出来るんだぜ。おばさんの料理も相変わらずめちゃくちゃ美味いよ。久しぶりに食べたら涙出そうだわ。」
ボリューミーな定食を食べ満腹になった二人は満足そうに笑い合う。そんな玲を呼ぶおばさんの声、創に背を向け、首を傾げながらおばさんの元に向かう。
「…まずはありがとう。創ちゃんがあんなに嬉しそうに笑っていることろ初めて見たわ。あなた、本当にいい人なのね。創ちゃんはああ見えて我慢することろがあるから…ずっと心配だったのよ。でもあなたがいれば大丈夫そうね。笑えてるんだもの。もしあの子の過去の話を聞いたのなら…あの子と仲良くしてあげてね。とてもいい子だから」
「…はい。もちろん。創は僕の良い友達です。彼の笑顔は僕が守ります。だから心配しないでください。」
「ふふ。本当にいい子。またいつでも来なさいね。待っているから。」
深く頭を下げ、店を出るとのんびりアイスを食べていた創がニヤッと笑う。そして玲の分のアイスを差し出し、二人並んで食べながら街を見渡す。
「何話してたんだ?おばさんと。」
「別に何も。創の黒歴史かな?」
創は驚いたふりをしながら冗談っぽく笑顔を浮かべる玲の背中を叩く。
「黒歴史?んなもんいくらでも教えてやるよ。」
眩しすぎるほどの太陽、二人を見守るように青く塗られた空が広がった下で、玲と創はパトロールから帰宅する。そんな二人から漂うアイスの甘い香りにサボりがバレ、こっぴどく柳に叱られた午前だった。
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