第18話 傷に溺れる
無事に戻ってきた一同。時刻は起こされた時のままだ。深夜3時の空間に創の鼻をすする音だけが聞こえている。玲以外のものは皆、部屋に戻り二人だけが取り残される。肌寒さに身体を震わせ創を椅子に座らせる。
「コーヒー飲もう。温まるよ。」
玲が入れたコーヒーを受けとりながら創はまだ暗い顔を玲に向け軽く頭を下げる。
普段の創と随分と違う姿に玲は無言で見つめるだけだ。そんな玲に気づき、創は苦笑いをうかべる。
「さっきの俺、まじでだせぇ。」
安心させようと演技しているのか、偽った笑いを玲に向けるが引き攣ったような彼の笑顔を見れば誰もが嘘だとわかるだろう。玲は迷った挙句、重い口を開いた。
「…さっき、とても怯えているように見えたんだ。でも怯えていたのは多分バグにじゃない。きっと他の"なにか"に恐怖心を感じていたと思うんだけど……違う?」
「…玲には嘘も演技も通用しねえな…その通りだよ…言ったよな。昔押し入れに閉じ込められてトラウマになったって。俺は幼い頃、親父から暴力振るわれててさ…ご飯もろくに食えねぇ、八つ当たりは当たり前。毎日腐ったような日常だったんだよ。」
創は苦痛を感じているのか、頭を抱えながらも過去の自分を思い出すように話を続ける。
「母親はいないし、友達もいねぇ。そりゃそうだよな。毎日痣だらけで…死んだような顔で歩いてるやつと友達になりたい奴なんていないだろ。それから引きこもりになって…それでももちろん暴力はなくならなくてさ。ある日仕事で失敗した親父が八つ当たりで俺の首を締めたんだ。真っ暗な押し入れでな。その時の父親の顔は今までとは比にならないくらい歪んでて、マジで俺の事殺す勢いだったんだ。」
「……そっか。それが重なって錯乱状態になったんだね。」
「そうだ…でもだからといってあんな風にパニックになって迷惑かけていいわけがない…自分の私情を持ち出すなんて俺は本当に最悪だ…」
溶けるようにうなだれる創を見る玲の感情は複雑だった。確かにあのときの創は正確な判断ができていなかった。しかしこうやって彼の心境を聞くと彼の行動を否定するのも違う気がする。玲も創の立場なら同じようにパニックに陥るだろう。そう思いながらそっと肩をつつく。
「頑張ったね。今も昔も。でももう君は1人じゃない。ここでは過去に囚われなくていいんだ。ここに君を恐怖に陥れる人はいないよ。トラウマは簡単には消えないと思う。だから僕が塗り替えてあげる。君がずっと笑えるように。もう二度と傷つかないように。」
創は驚いたように目を見開く。
過去のことは誰にも話したことがない創だったが玲の誠実な言葉に心にすっと光が差したような気がする。今までずっと独りだった。この広い世界に自分だけがいないような気がして毎日必死で生きる意味を探していた。自分には不要なものだと思っていた心が明色で満たされるような感覚に思わず涙がこぼれる。慌てる玲を横目に創は泣きながら笑う。
「…そうだな。ここでは俺も笑えてる。それすら信じられないのに…玲の今の言葉、完全に心に響いたよ。お前がいたら過去なんて忘れられそうだ。ありがとうな。お前と出会えてよかったわ。」
力ない笑みにまだ不安げな玲。創の過去を壊すことが自分にできるだろうか。友達として創にできることはなんだろう。玲は一つ提案する。
「今度の非番、柳署長に許可をもらって一緒に出かけよう。もちろん創の行きたいところにね。」
「……マジで?俺と一緒に出かけてくれんの?」
創の顔に笑顔が広がる。その笑顔は偽りのない本当の笑顔に見えた。嬉しそうな創に玲もまた、嬉しさに溺れる。
「当たり前だよ。"友達"だからね。さぁ、どこに行こうか。」
創は玲と肩を組み、興奮したようにプランを立て
る。創が笑えている。その事実に心がいっぱいだ。
楽しそうに話す二人の背中にゆっくりと日の出が浮かび上がる。話に夢中になりながらも、気づけば二人は寄りかかるように眠っている。
暖かな陽だまりが影を作る。
時刻はもう5時を示していた。
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