第16話 守りたい人がいる幸せ
時計の針が午後を示す頃、日がゆっくり落ちていき、街が茜色に包まれる。ずっと訓練をしていた玲はクタクタになりながら机に伏せていた。
机に置かれた紙に昨日起こったエラーを記録する。
「次の雨はいつだろう…えっと…再来週までは大丈夫そうだね」
スマホで天気予報を調べる中、一通のメッセージが届く。誰だろうと疑問符が浮かび、メッセージアプリを開くと玲の顔が瞬く間にほころぶ。
" 兄貴、いつ帰って来れるの?俺もう会いたいんだけど? "
文を読みながら幸せに浸り、すぐに返事する。
会いたいのはもちろん玲も同じだった。
しかしまだ数日しか経っていない。「会うのはもう少し先になるだろう」と送信し、名残惜しそうにスマホを閉じる。
「お、兄貴から返事だ。」
家で勉強していたゆらぎは鼻歌を歌いながらスマホを開くが、玲の返事を見て落胆する。
毎日玲と同じ空間にいたゆらぎは数日会わないだけで寂しさを感じていた。どんなときも玲を頼って、敬って生きていたゆらぎにはこの現状が酷だったのだ。
「仕方ないよな…兄貴も忙しいんだし。俺も頑張らないと。」
" わかったよ。そのもう少し先まで頑張るね。体に気をつけて。無理すんなよ。 "
ゆらぎはスマホを置き、再び勉強に集中する。
分厚い本、書き古されたノート、角のない消しゴム。ゆらぎの机は散乱していた。それは頑張った証だろう。
「珍しいわね。あなたが勉強するなんて。明日は嵐でも来るんじゃないかしら?」
背後から聞こえる声に驚いて勢いよく振り返る。クスッと笑う母親にゆらぎは安堵したように肩の力を抜く。
「まあね。兄貴も頑張ってるから俺もなにか頑張ってみようと思って。頑張ってる人ってかっこいいじゃん。」
「そうね。その通りよ。あなたも玲も、頑張っている人はみんなかっこよくて素晴らしいわ。でもね、息抜きも必要よ。無理して頑張っても何もかっこよくないわ。」
「わかってるよ。でも無理してないし、もう少しで終わるから心配しなくていい。キリのいいところで辞めるよ。」
ゆらぎの言葉に頷き、母親はそっと部屋を出ていく。時計は19時を示している。いつの間にこんなに時間が経ったのだろうか。集中のし過ぎとは怖いものだ。終わった途端、どっと疲れが押し寄せてくる。
「はぁ……疲れた…こんなに集中したのまじで久しぶりだ…」
転がるように椅子から降り、倒れるようにベットに横たわる。そして再び鳴り響く通知オンに誘導されるようにメッセージアプリをタップする。
"署長に許可もらったから来週に少し帰るよ。あまり長居はできないけどね。"
「まじ!?来週兄貴帰ってくんの!?」
疲れが飛ぶような幸福感に思わずガッツポーズをする。彼の顔色はみるみるうちに良くなっていく。そして彼の脳裏に様々な考えが浮かんだ。何をしようか…そうだ、料理を振舞おう。兄貴の好きなハンバーグ作って…普通のだと面白くないな。巨大なハンバーグにして驚かせてやろう。それから…
「…あー。待ち遠しい。早く来週になれ。」
"楽しみすぎて寝れないかも"
ゆらぎの返事を確認した玲が呆れたように笑う。
そんな玲の横にいた柳はちらっと見えたメッセージを見て意外そうに目を見開く。
「そういえば成瀬くんには玲ともう一人、息子がいたんだったな。仲が良くていいじゃないか。」
「はい。僕の大事な弟なので。」
照れくさそうに笑う玲を見て柳は微笑ましそうに軽く笑っていたが、すぐに真剣な顔に戻る。
「…失わないためにも頑張らないとな。」
「もちろんです。僕の命に代えてでも守り抜くので。」
玲の決意に力強く頷く。
柳は頭をポンっと叩き去っていってしまった。
まるで「よく言った」と言われているようで玲は嬉しそうに口角をあげながら背を向ける。
「…明日もいい日を迎えられますように」
空に向かい、願うようにつぶやく。
"次の雨は再来週"
そのことに玲はすっかり油断していた。
天気は突然崩れる日もあるということを。
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