第14話 幼き日
「なぁ…俺めっちゃ怖かったんだけど…」
創の怯えた声が食堂に流れる。
玲は同意するように頷き食券機へと足を向け、創の目の前で財布を振った。
「……なにか奢るよ。こういうときは食べて元気出そう。」
「まじ?さすが玲〜。俺カツ丼にするわ。」
さっきまでの落ち込みはなんだったのか。
コロッと機嫌の良くなる創に玲は呆れ笑いを漏らす。食券を渡し席に座る二人の間にはまだ重い空気が彷徨っていた。
玲は落ち着かない心臓に手をかざし、さっきの戦いを振り返る。しかし思い出せば思い出すほど役に立てなかった事実が心に重くのしかかり、玲を悲しみに突き落とす。
そんな状態を察したのか、創は明るい声をあげた。
「まぁ俺らはよくやったよ。そうだろ?ポジティブに考えようぜ。恐怖心の中、当たらなくとも銃は撃てたんだ。俺らって超かっこい〜。」
「…そうだね。僕たちはかっこいいよ。」
前向きな言葉に玲の口角がわずかに上がる。
運ばれてきたカツ丼を頬張りながら二人は励ましあった。そんな背後に忍び寄る影。そして机に置かれた二人分のケーキ。顔を上げると柳が立っていた。
「食え。今日は頑張ったからな。甘いものを食べれば疲れも取れるだろう。」
差し出されたケーキは柄ではないほど可愛らしく飾り付けされていた。甘い香り、甘酸っぱい匂いが鼻をくすぐる。疲れが軽くなるのを感じ、玲は一切れ口に運ぶ。優しさが溶けるような味わいに思わず笑顔がこぼれる。
「美味しい…程よく甘くて食べやすいです。こんな美味しいケーキ一体どこに売ってるんですか?」
「それは私の手作りなんだ。そのくらいならすぐに作れる。いつでも食べさせてやろう。」
「そうなんですね。手作り……え!?」
驚愕する玲と創は椅子から勢いよく立ち上がり、疑心暗鬼の眼差しを向ける。こんな可愛らしいケーキが署長の手作りなんてありえないと呟く玲。
それが聞こえたのか柳は軽く首を振る。
「バカ者。見た目で判断するな。趣味は人それぞれだろ。私はスイーツ作りが好きなんだ。否定するなよ。」
「否定なんてとんでもない……ただ意外だっただけで…」
気まずそうに視線を逸らしケーキをもう一度口に運ぶ。何度食べても美味しい味にすぐ完食してしまった。まさか近寄り難いと思っていた署長がこんな素敵な趣味を持っていたとは…玲は感心しながらお礼を言う。お世辞ではなく、今まで食べた中で三本の指に入るだろう。
「いいっすね、柳署長。今度教えてくださいよ。俺も可愛いケーキ作ってモテたいんで。」
創の言葉にクスッと笑い、少し照れくさそうに頭を掻く。その姿はいつもの柳ではなく、心做しかとても嬉しそうに見える。
「いいな。教えてやろう。カップケーキなんでどうだ?お前達にも作れると思うが。」
柳の口からカップケーキという単語が出るとは思わなかった玲と創は目を見合わせる。
なんだかとてもほっこりするのは何故だろうか。
「今度必ず作ろう」と約束をし、三人は解散した。
その日の夜、疲れた体を癒すために早めにベッドに横たわりぼーっと天井を眺める。
今日を一言で表すと「不甲斐ない」その言葉が似合うだろう。しかしまだ1回目なのだ。誰もが初めから上手くいくはずがない。そう言い聞かせながら日記帳に挟んだ父の写真を見つめる。
"弱気になってはいけないよ、玲。人間は失敗して成長するものなんだから。失敗することは素晴らしいんだ。その分次はもっと良くなるよ。"
泣き虫だった玲が幼い頃、よく父から聞いた言葉だ。その言葉はお守りのように脳裏によぎり、玲を安心に導く。切なげに写真を見ては、昔の父が浮かび上がる。そうしている間にいつの間にか流れた涙が玲の頬を濡らしシーツにシミを作った。
「父さん…頑張るよ。」
最後にそう伝えて写真を大切にしまう。
ゆっくり眠りに落ちた玲の手にはまだ父の日記帳が握られていた。
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