第13話 この経験を超えていけ

濃い不安が漂う。柳は銃を構えながら玲と創に指示する。その口調は真剣そのものだ。二人はバグの咆哮でかき消されないよう、しっかり耳を澄ませる。


「いいか、撃てばいいってわけじゃない。無駄な発砲はバグを挑発してしまうからな。バグにはそれぞれ……」


「…弱点がある。主な弱点は頭、心臓、喉。しかしそれらはバグによって異なり、弱ったバグは急所が点滅し始める。そのためバグを弱らせ急所を見つけることが大事だ。…そう日記帳に書いていましたが…合っていますか?」


「…ああ、全くもってその通りだ。さすがだな。」


「おぉ…お前すげぇな…なんかめちゃくちゃかっこいいわ…」


褒め言葉に玲は軽く頭を下げる。これは全て父のおかげなのだから。玲は心の中で深く感謝する。


「……長話してる暇はないよ……みんな。」


ため息をつきながら深月が視線を下ろすとディテクトから警告音と共に夕陽の緊張混じりの声が聞こえる。


「バグ、行動開始です。弱点はおそらく頭。できるだけ頭部を狙い、弱らせて急所を突いてください。…皆様お気をつけて。」


音声が切れると同時にビルを破壊していたバグが円を描くように飛び上がり目の前に着地する。巨大な触手のようなものを動かし、威嚇するように大きな口を開く。

深い暗闇のような顔には目鼻はない。長い舌を垂らし、辺りのものを壊しながら触手を振り回すその姿はまるでビルだけでなく全てを崩壊しそうな勢いだ。

看板、瓦礫、道路標識。 様々なものが飛び交う。


「おい!避けろ!」


素早く身をかわす柳に視線を向け、我に返って慌てて避ける玲と創。こんな凶暴だとは思わなかった。避けることで精一杯な二人は戦うことなどすっかり忘れている。そんな二人を追い回すバグの頭を狙い、深月は落ち着いた様子で発砲する。正確に頭部を貫かれ、苦痛の声をあげるバグは少しの間静止する。その隙をつき、柳と深月は頭部を狙い続け、あっという間にバグの眉間が点滅し始める。急所を引き出したのだろう。


「玲、創。今だ。眉間を狙え。」


玲と創は銃を構え、焦りながら引き金を引く。

弾丸は見事眉間に命中したが、その弾丸は柳と深月が放ったものだ。バグが大きく後ろに倒れる振動で砂埃が舞う。視界が遮られる中、バグはノイズを纏いながら姿を消す。訪れる静寂。再びディテクトから夕陽の声が届く。


「無事シャットダウン完了です。バグのデータ削除も完了しました。お疲れ様です。帰還までしばらくお待ちください。」


気がつけばいつもの街。人々の姿。

玲は今あったことは夢だったのではないかと混乱する。しかし手の甲の傷を見る限り、どうやら夢ではないらしい。ここはまだ裏側の街なのか、そうではないのか…理解するのに時間がかかる。


「…想像以上にやばかったな…死んだかと思ったわ…」


創の声にふと顔を上げる。苦笑いする彼の顔は酷く引きつっていた。それは玲も同じだ。想像を超える戦いにすっかり疲労困憊していた。体ではなく精神が非常に疲弊し、力なくその場に座り込む。


「ご苦労だったな。渚、蚕。お前たちも無事で何よりだ。」


柳の言葉に二カッと笑う二人。

それと対照的に玲と創の顔は青白く、今にも壊れそうな人形のように俯いている。


目の前で体験して改めて思う。父さんは…警察官はとても偉大なのだと。そして何より、役に立てなかったことが何よりも悔しい。ただ逃げていただけの自分。指示をもらい発砲した弾丸も見事に外れた。その事実が情けなくて仕方がないのだ。こんなことを言ってももう終わってしまったことなのだから落ち込んでいてもより一層惨めになるだけだろう。


玲は弱い考えを振り払い、強く拳をにぎりしめる。

間違いなくこの経験からは学べることも多かっただろう。そう信じて立ち上がり、創の手を引っ張る。


「…少し話そう」



力なく頷く創を立たせて支え合い、そっと食堂に向かった。そんな弱々しい二人の姿に柳らは顔を見合わせる。


「……お前ら二人はよくやった。 落ち込むことなど何もないのにな。」



呆れたように小さく笑い、悲しげに消えゆく背中にそっと呟いた。

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