Section_4_3c「きっと、素敵な文章だと思います」
## 8
家に着いて、お別れの時間。
「明日、原稿を提出するんですよね」
「うん」
「緊張しますね」
航が苦笑いを浮かべる。
確かに、緊張する。
自分の書いた文章が——
アルバムに載って、いろんな人に読まれる。
それを考えると、ドキドキしてくる。
「でも、きっと大丈夫」
私が言うと、航が首をかしげた。
「どうしてですか?」
「だって、航くんの気持ちがこもった文章なら——きっと、読む人の心に響くよ」
気持ちがこもった文章。
航の表情が、少し柔らかくなった。
「ありがとうございます」
「私の文章も——恥ずかしいけど、頑張って書いたから」
頑張って書いた。
航への想いを込めて。
「きっと、素敵な文章だと思います」
「本当?」
「本当です」
航が微笑む。
その笑顔を見ていると——
なんだか、勇気が湧いてきた。
恥ずかしくても、緊張しても——
自分の気持ちを込めた文章を、胸を張って提出しよう。
それが、今の私にできる——
精一杯のことなんだから。
## 9
翌日の昼休み、アルバム委員の先輩が原稿を回収しに来た。
「皆さん、書いてくださいましたか?」
図書委員のメンバーが、それぞれ原稿用紙を差し出す。
私も、緊張しながら自分の原稿を渡した。
航も、少し顔を赤らめながら原稿を提出する。
木下くんは、最後まで自分の文章を読み返していた。
「ありがとうございます」
先輩が原稿をまとめる。
「来月には、デザインができあがる予定です」
来月。
つまり、十二月には——
私たちの文章が、アルバムに載る。
それを思うと、今からドキドキしてしまう。
「楽しみですね」
曽我さんが言う。
確かに、楽しみだ。
でも、同時に——とても恥ずかしい。
みんなが、どんな文章を書いたのかも気になる。
特に、航の文章。
彼がどんな想いを込めて書いたのか——
早く知りたいような、知るのが怖いような。
複雑な気持ちだった。
## 10
その日の放課後、私は一人で図書室にいた。
カウンターに座りながら、今日提出した原稿のことを考えている。
あの文章で、よかったんだろうか。
もっと、ちゃんとした文章を書くべきだったんじゃないだろうか。
でも、今更考えても仕方ない。
もう提出してしまったんだから。
「お疲れさまです」
航が図書室に入ってきた。
「お疲れさま」
「一人ですか?」
「うん。木下くんは、今日は委員会お休みだから」
「そうでしたね」
航がカウンターの向こう側に座る。
いつものように、机を挟んで向かい合う形。
でも、今日は——なんだかいつもと違う空気が流れている。
「原稿、提出しましたね」
「うん」
私がうなずくと、航が少し緊張したような表情になった。
「実は……」
「何?」
「綾瀬さんに、見せたいものがあるんです」
見せたいもの。
航がカバンから、一枚の紙を取り出した。
それは——原稿用紙だった。
「これは?」
「アルバムに提出した原稿の——下書きです」
下書き。
ということは、没になった文章?
「本当は、これを提出したかったんですが——やっぱり、恥ずかしくて」
本当は提出したかった文章。
私の心臓が、ドキドキし始める。
そこには、きっと——
航の本当の気持ちが書かれているんだ。
「読んでもいいですか?」
「はい……」
航が恥ずかしそうにうなずく。
私は、ゆっくりと原稿用紙を受け取った。
## 11
そこには、こう書かれていた。
『図書室は、僕にとって特別な場所になりました。ここで、生涯忘れることのできない人と出会ったからです。本を通じて心を通わせ、言葉を通じて想いを伝え合う。そんな奇跡のような時間を過ごすことができました。静寂の中で育まれた感情は、きっと僕の宝物として、ずっと心の中に残り続けるでしょう。ありがとうございました。』
読み終えた時、私の目に涙が浮かんでいた。
生涯忘れることのできない人。
本を通じて心を通わせる。
静寂の中で育まれた感情。
全部、私たちのことだった。
航の、私への想いがこもった文章だった。
「航くん……」
私が顔を上げると、航が心配そうな表情で見つめていた。
「どうですか?」
「とても……素敵です」
私は、正直な気持ちを伝えた。
「本当に、素敵な文章です」
「よかった……」
航がほっとしたような息を吐く。
「でも、やっぱりこれは提出できませんでした」
「どうして?」
「あまりにも……個人的すぎて」
個人的すぎる。
確かに、そうかもしれない。
でも、だからこそ——
この文章には、航の本当の気持ちが込められている。
「私にだけ見せてくれて——ありがとう」
私が言うと、航が微笑んだ。
「綾瀬さんになら、見せたかったんです」
私になら。
その言葉が、胸の奥に温かく響く。
私は、航の特別な人なんだ。
彼の本当の気持ちを知ることができる——
唯一の人なんだ。
そう思うと、とても幸せな気持ちになった。
アルバムには載らない文章だけれど——
私にとっては、どんな文章よりも大切な言葉だった。
航の想いがこもった——
私だけの、特別な文章。
それを胸に秘めて、私たちの恋は——
また一歩、深いところへと進んでいく。
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