Section_4_4a「でも、きれいになって帰ってくるから」

## 1


三月の初め、学校では大規模な改修工事が行われていた。


図書室も例外ではなく、書架の入れ替えや照明設備の更新のため——


二週間ほど閉館することになった。


「寂しいね」


木下くんが、立入禁止のテープが張られた図書室の扉を見つめながら呟いた。


「でも、きれいになって帰ってくるから」


私がそう答えても、なんだか物足りない気持ちは変わらなかった。


図書室のない学校生活。


それは、思っていた以上に退屈だった。


昼休みに行く場所がない。


放課後の委員会もない。


航と過ごす時間も、自然と少なくなってしまった。


そして——


「来週から、また図書室が使えるようになります」


司書の先生がそう発表した時、私たちは心から安堵した。


やっと、いつもの日常が戻ってくる。


でも、同時に——


複雑な気持ちもあった。


航の転校まで、あと三週間。


図書室で過ごせる時間も——


本当に残り少なくなってしまった。


## 2


再開館の前日、私は航と一緒に帰っていた。


「明日から、また図書委員会が始まりますね」


「うん」


なんだか、久しぶりという感じがする。


たった二週間だったのに——


すごく長い間、図書室から離れていたような気がした。


「楽しみですか?」


航が聞いてくる。


「楽しみ」


私は正直に答えた。


「でも……」


「でも?」


「航くんと図書室で過ごせるのも——あと少しだと思うと」


あと少し。


その言葉を口にした途端、胸が苦しくなった。


三週間。


長いようで、きっとあっという間に過ぎてしまう。


「僕も、同じ気持ちです」


航が小さな声で言う。


「でも——だからこそ、一日一日を大切にしたいと思っています」


一日一日を大切に。


私たちが、最初に決めたこと。


短い時間でも、精一杯過ごそう。


そう決めたんだった。


「そうですね」


私も、改めて心に誓った。


残された時間を——


後悔のないように過ごそう。


## 3


翌日の昼休み、私は久しぶりに図書室の扉の前に立った。


改修工事が終わって、立入禁止のテープも撤去されている。


扉には、新しい札がかかっていた。


『本日より開館いたします』


たった一行の文字なのに——


なんだかとても嬉しくて、胸がときめいた。


扉を開けると——


「わあ……」


思わず声が出た。


図書室が、すっかり変わっていた。


書架が新しくなって、明るい木の色をしている。


照明も LED に変わって、柔らかい光が室内を包んでいる。


窓際には、新しい閲覧席も設置されていた。


ソファのような、ゆったりとした椅子だ。


「きれいになりましたね」


後ろから航の声がした。


振り返ると、彼も同じように感動した表情で室内を見回している。


「前より、明るくなった気がする」


「そうですね」


航がゆっくりと歩きながら、新しい書架を確認している。


「本の配置も、少し変わったみたいです」


確かに、以前とは違う場所に置かれている本もある。


でも、不思議と——


違和感はなかった。


むしろ、より使いやすくなったような気がする。


「いい感じじゃない?」


木下くんも図書室に入ってきた。


「おお、すげー。まるで別の部屋みたい」


確かに、別の部屋のようだった。


でも、本たちの匂いは——


変わらずそこにあった。


インクと紙の香り。


長い時間をかけて積み重ねられた——


静けさの香り。


その匂いを嗅いだ瞬間、私は安心した。


外見は変わっても——


図書室の本質は、変わっていない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る