Section_4_3b「図書委員会で——大切な人に出会えたことかな」

## 4


「何を書きたいの?」


私が聞くと、木下くんが少し照れくさそうに笑った。


「図書委員会で——大切な人に出会えたことかな」


大切な人。


それは、きっと彩乃のことだろう。


木下くんにとって、図書委員会は——


彩乃との距離を縮めるきっかけをくれた場所なんだ。


「素敵なことじゃない」


「でも、アルバムに書くのは恥ずかしいよ」


確かに、それは恥ずかしいかもしれない。


みんなが読むものだから。


「じゃあ、もう少しぼかして書けば?」


「ぼかすって?」


「『大切な人』じゃなくて——『大切な仲間』とか」


「仲間か……」


木下くんが考え込む。


「でも、仲間じゃないんだよな」


仲間じゃない。


確かに、恋愛感情は——仲間という言葉では表現できない。


「じゃあ、『特別な人』は?」


「特別な人……」


木下くんが呟く。


「それなら、間違いじゃないかも」


間違いじゃない。


彩乃は、確実に木下くんにとって特別な人だから。


「よし、それで書いてみる」


木下くんが原稿用紙に向かう。


今度は、迷わずペンを動かし始めた。


『図書委員会では、本のことだけでなく、人との繋がりの大切さを学びました。特別な人との出会いもあり、とても充実した時間でした。』


短いけれど——


木下くんの気持ちがよく伝わる文章だった。


## 5


「航くんは、もう書いたのかな?」


木下くんが呟く。


そういえば、航はいつ原稿を書くんだろう。


彼なら、きっと素敵な文章を書くに違いない。


いつも、言葉の選び方が上手だから。


「聞いてみる?」


「うん」


ちょうどその時、航が図書室に入ってきた。


「お疲れさまです」


「お疲れさま」


私たちが揃って返事をする。


「アルバムの原稿、書きました?」


木下くんが聞くと、航が少し困ったような表情になった。


「まだなんです……」


「まだ?」


意外だった。


航なら、もうとっくに書き終えていると思っていたのに。


「何を書けばいいか、迷ってしまって」


迷っている。


航にしては珍しい。


いつもは、文章を書くのが得意そうに見えるのに。


「どんなことで迷ってるの?」


私が聞くと、航がちらりと私の方を見た。


「本当に書きたいことと——書くべきことが、違うような気がして」


本当に書きたいことと、書くべきこと。


ああ、私と同じことで悩んでいるんだ。


航にとっても、図書委員会は——


私との出会いの場所。


恋が始まった場所。


でも、それをアルバムに書くのは適切じゃない。


だから、迷っているんだ。


## 6


「俺も同じこと考えてた」


木下くんが共感するように言う。


「本当に書きたいことって、なかなか書けないよね」


「そうなんです」


航がほっとしたような表情になる。


「でも、木下くんはもう書かれたんですか?」


「うん。でも、すごく遠回しにしか書けなかった」


遠回し。


それは、いい表現かもしれない。


直接的には書けないけれど——


言葉の奥に、本当の気持ちを込める。


「遠回しでも、気持ちが伝わればいいと思います」


私が言うと、航がゆっくりとうなずいた。


「そうですね……」


「航くんなら、きっと素敵な文章が書けるよ」


「ありがとうございます」


航が微笑む。


でも、まだ少し迷っているような様子だった。


「今日、家で書いてみます」


「無理しなくていいからね」


私が言うと、航が優しい表情になった。


「はい」


でも、その表情の奥に——


何か特別な想いが込められているような気がした。


航は、きっと——


私への気持ちを、どんな風に表現しようか考えているんだ。


それを思うと、胸がドキドキしてくる。


航が書く文章を、早く読んでみたい。


でも、同時に——


少し怖い気持ちもあった。


もし、そこに私への想いが込められていたら——


読んだ時に、顔が赤くなってしまいそう。


## 7


翌日の放課後、私は航と一緒に帰っていた。


「原稿、書けた?」


「はい……」


航が少し恥ずかしそうに答える。


「でも、うまく書けたかどうか……」


「どんなことを書いたの?」


「それは……」


航が言いよどむ。


「秘密です」


秘密。


なんだか、ますます気になってしまう。


「ちょっとだけ教えて」


「駄目です」


航が首を振る。


でも、その表情は——笑っている。


「どうして秘密なの?」


「恥ずかしいからです」


恥ずかしい。


ということは、やっぱり——


私のことについて書いたんじゃないだろうか。


「でも、みんな読むんでしょ?」


「はい……」


航の顔が、少し赤くなったような気がした。


「だから、余計に恥ずかしいんです」


余計に恥ずかしい。


私も、同じ気持ちだった。


自分の文章をみんなに読まれるのは——


とても恥ずかしい。


特に、そこに特別な想いが込められている場合は。


「私も恥ずかしいよ」


「綾瀬さんも?」


「うん。だって——」


私が言いかけて、やめた。


だって、航のことを想いながら書いたから。


そんなことは、とても言えない。


「だって、文章を書くの得意じゃないから」


嘘をついてしまった。


でも、航は疑わずにうなずいてくれた。


「そうですか……でも、綾瀬さんの文章はいつも素敵ですよ」


いつも素敵。


そんなことを言われると——


ますます恥ずかしくなってしまう。


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