Section_3_3c「実は、ずっと考えていたことがあるんです」

## 7


「ありがとうございます、綾瀬さん」


曽我さんが深々と頭を下げる。


「いえ、私も勉強になりました」


「勉強?」


「曽我さんも、私と同じように悩んでいるんだなって」


同じように悩んでいる。


確かに、悩みの内容は違うけれど——


根っこの部分では、似ているのかもしれない。


人との距離感って、難しい。


「今度、もしよろしければ——生徒会の資料整理、手伝っていただけませんか?」


曽我さんが遠慮がちに聞いてくる。


「もちろんです」


私が即答すると、曽我さんの表情がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます。とても助かります」


「こちらこそ。曽我さんの仕事ぶりを間近で見られるなんて、貴重な経験です」


「そんな、大げさな……」


曽我さんが照れたように俯く。


この表情も、普段は見ることができない貴重なものだった。


「あ、そろそろ委員会の時間ですね」


時計を見ると、もうすぐ四時だった。


航も、そろそろ来るかもしれない。


「そうですね。私も、生徒会の方に戻ります」


曽我さんが資料をまとめ始める。


「でも、本当にありがとうございました」


「いえいえ」


「今度は、私からも何かお役に立てることがあればと思います」


何かお役に立てること。


曽我さんなら、きっと的確なアドバイスをくれるだろう。


「その時は、ぜひお願いします」


「はい」


曽我さんが微笑む。


今度の笑顔は、とても自然で——温かかった。


## 8


曽我さんが図書室を出て行った後、私は一人で考えていた。


人との距離感。


確かに、難しい問題だ。


近すぎても遠すぎても、うまくいかない。


でも、今日の曽我さんとの会話で——


お互いに歩み寄ることで、ちょうどいい距離を見つけられるんじゃないかと思った。


完璧な人なんて、本当はいない。


みんな、何かしら悩みを抱えて生きている。


そして、その悩みを分かち合えた時——


人と人との間に、本当の絆が生まれるのかもしれない。


「お疲れさまです」


扉の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。


航だ。


いよいよ、私たちも本当の話をする時が来たんだ。


「お疲れさま」


私が振り返ると、航が少し緊張したような表情で立っていた。


でも、以前のようなよそよそしさはない。


むしろ、何かを決心したような——強い意志を感じる表情だった。


「木下くんは?」


「今日は部活があるそうです」


部活。


ということは、私たちだけということ?


「そう……」


「あの……」


航が口を開く。


「先ほどのメッセージの件で——」


メッセージの件。


ついに、本当の話が始まる。


私は息を呑んで、航の次の言葉を待った。


## 9


「実は、ずっと考えていたことがあるんです」


航が真剣な表情で話し始める。


「文化祭の日のこと?」


「それもありますが——もっと根本的なことです」


根本的なこと。


何だろう。


「僕は、綾瀬さんに対して——」


航が一瞬言いよどむ。


でも、すぐに意を決したような表情になって——


「特別な感情を抱いていることに気がついたんです」


特別な感情。


私の心臓が、大きく跳ねた。


これは——告白?


「でも、同時に怖くもなって」


「怖い?」


「僕のような人間が、綾瀬さんに気持ちを伝えても——迷惑になるだけじゃないかと」


迷惑になる?


そんなこと、あるわけない。


「だから、文化祭の日は——距離を置いた方がいいのかもしれないと思って」


距離を置く。


またその言葉だ。


でも、航の場合は——私を守るために、距離を置こうとしたんだ。


「航くん……」


私が何か言おうとしたとき、航が手を上げて止めた。


「最後まで聞いてください」


「はい……」


「でも、メッセージのやり取りをして——やっぱり、ちゃんと話すべきだと思ったんです」


ちゃんと話す。


私も、ずっとそう思っていた。


曖昧なままでいるのは、お互いにとって良くない。


「僕の気持ちを——正直にお伝えしたいと思います」


航の表情が、とても真剣だった。


そして、私は——その答えを、もう心の中で用意していた。

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