Section_2_4b「でも、僕も展示を作った一人ですから」

## 3


「お疲れさまです」


航が小さな声で挨拶する。いつもの彼とは、明らかに様子が違う。


「お疲れさま。大丈夫?」


「はい……すみません、遅くなって」


「クラスの方は終わったの?」


「いえ、まだ途中なんですが……展示の様子を見に来ました」


まだ途中。


つまり、また戻らなければいけないということ?


「無理しなくてもいいよ」


「でも、僕も展示を作った一人ですから」


責任感が強い航らしい言葉だった。


でも、なんだか義務的に聞こえてしまう。


「展示、好評みたいですね」


航が周りを見回しながら言う。


「うん。特に航くんの文章、みんなに褒められてるよ」


「そうですか……ありがとうございます」


ありがとうございます。


その言葉が、なんだかよそよそしく感じられた。


いつもなら、もう少し嬉しそうな反応をしてくれるのに。


「航くん、何か——」


「すみません、ちょっと戻らなければいけないので」


私が何か言おうとする前に、航が口を挟んだ。


「え?」


「クラスの方で、僕がいないと進まない作業があるんです」


僕がいないと進まない作業。


「そう……」


「また後で、時間ができたら来ます」


また後で。


でも、その「後で」がいつなのかはわからない。


「わかりました」


「失礼します」


航は軽く頭を下げて、足早に図書室を出て行った。


残された私は、なんだかもやもやした気持ちになっていた。


## 4


「なんか、中村くん慌ててたね」


木下くんが首をかしげる。


「うん……」


「クラスの方で何かトラブルでもあったのかな」


トラブル。


確かに、何か問題が起きているのかもしれない。


でも、それにしても——


航の態度が、いつもと違った。


私に対して、まるで他人行儀というか。


「奏ちゃん、大丈夫?」


彩乃が心配そうに声をかけてくる。


「うん、大丈夫」


でも、全然大丈夫じゃなかった。


なんで航は、あんなに急いで帰ってしまったんだろう。


せっかく今日という日を楽しみにしていたのに。


「もしかして……」


ふと、嫌な考えが頭をよぎる。


もしかして、航は私を避けているんじゃないだろうか。


この二週間、一緒にポップを作りながら、私はだんだん彼に対して特別な感情を抱くようになった。


でも、もしかしたらそれが航には重荷だったのかもしれない。


私が彼を見つめる視線が、迷惑だったのかもしれない。


「考えすぎよ」


彩乃が私の表情を見て言った。


「え?」


「今、すごく不安そうな顔してるけど、きっと考えすぎ」


考えすぎ。


そうかもしれない。


でも、心配は簡単には消えなかった。


## 5


午後になっても、航は戻ってこなかった。


図書委員の展示は相変わらず盛況で、私たちは来場者の対応に追われていたけれど、心のどこかで航のことを気にしている自分がいた。


「綾瀬さん」


曽我さんが声をかけてくる。


「はい」


「少し休憩されてはいかがですか? ずっと立ちっぱなしでしょう」


確かに、午前中からずっと来場者の案内をしていて、足が疲れていた。


「そうですね」


図書室の奥にある椅子に座る。


でも、体は休んでも、心は休まらない。


航は今頃、クラスで何をしているんだろう。


本当に忙しいだけなのか、それとも——


「奏っち」


木下くんが近づいてくる。


「どうしたの?」


「ちょっと外の様子を見てきたんだけど、航のクラスの映画上映会、すごい人気だよ」


映画上映会。


そういえば、航のクラスは映画を上映していた。


「どんな映画?」


「えーっと……『君の名は。』だったかな」


『君の名は。』。


有名なアニメ映画だ。確かに人気が出そう。


「航も、上映の準備で忙しいんだろうね」


「そうだと思う。機材の操作とか、けっこう大変だもん」


機材の操作。


航は理系だから、そういうのが得意なのかもしれない。


「でも、夕方には一段落するんじゃない?」


「そうだといいんだけど……」


本当に、そうだといいのだけれど。


でも、なんとなく嫌な予感がしていた。


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